グランプリシリーズ最終戦NHK杯で演技する髙橋大輔(右)と村元哉中 11月27日、大阪。NHK杯のリンクに立った髙橋大輔は、パートナーの村元哉中(かな)と視線を交わす。瞬間、ふたりの顔がほころぶ。競技前で心中穏やかではないはずだが、緊張を観…



グランプリシリーズ最終戦NHK杯で演技する髙橋大輔(右)と村元哉中

 11月27日、大阪。NHK杯のリンクに立った髙橋大輔は、パートナーの村元哉中(かな)と視線を交わす。瞬間、ふたりの顔がほころぶ。競技前で心中穏やかではないはずだが、緊張を観客に伝えてはいけない。花が爛漫に咲き誇るような表情を見せた。

「楽しもう、落ち着いて」

 村元が、髙橋に優しく諭すように声を掛けていた。村元はアイスダンサーとして、五輪も経験。髙橋はシングルスケーターとしては世界トップで戦ってきたが、アイスダンサーとしては初陣だった。

 リズムダンスは、映画「マスク」の曲を演じた。髙橋は、主演ジム・キャリーのコミカルだが人情味あふれる役を演じきった。舞台「氷艶」などで役者活動をしてきた積み重ねも奏功したか。イエローのパンツも、水玉のネクタイも、サスペンダーも見事に着こなしていた。 

「(リズムダンスは)リフトに入るときに足を取り損ねて、ごめんって。取りこぼしはありました。でも、初めてにしては上出来だったんじゃないかと......そう思いたいです!」

 演技後、髙橋は彼らしく、正直で謙虚に心中を語っている。

「(シングルスケートは)ひとりで挑むのが楽な部分と緊張が高まる部分があるんですけど。(アイスダンスは)自分のメンタルがうまくいっていないところで、(村元)哉中ちゃんがフォローしてくれて。そこはふたりの助け合いで、アイスダンスのよさなのかなって思います。今はカップルのよさを見つけている段階で。カップルですけど、ライバルでもあり、負けないように気持ちを持ちながら、お互いで化学反応を起こせればいいかなって思っています!」



アイスダンスデビューした髙橋。シングル時代とは違った新たな一面を見せた

 そう語った髙橋は、アイスダンサーとしての一歩目を刻んだ。

 昨年9月にインタビューをした時、髙橋は頬がこけ、痩身が際立っていた。当時は33歳という年齢で復活2年目のシングルスケートを戦い抜くため、食事とトレーニングで体重を制限していた。年を取るたびに瞬発力は衰える。ジャンプを跳ぶには、重さ(=余分な肉)をすべてそぎ落とさなければならなかった。体脂肪率は5%以下で、高校生の頃の体重まで戻していた。

 アイスダンサーとして再びリンクに戻ってきた髙橋は、まず体つきが変化していた。例えばパートナーを持ち上げるリフトを成功させるには、単純に筋肉もつける必要があった。

「食事の面から、肉体改造はしました。シングルの時はなるべく体重を増やさないように、と気をつけていましたが、アイスダンスでは、食べて、食べて、という感じで。筋肉をつけるために、食事やトレーニングのやり方を変えて、リフトもできるようになってきました。でもリフトの途中で呼吸が止まったり、余裕がなかったり、そこは課題ですね」

 ほとんど一からのスタートだった。滑るのが一緒なだけで、スケート靴からして構造が違うのだ。

「つま先をきっちりと合わせる!」「ホールドの支点!」

 マリナ・ズエワコーチからは、耳にたこができるほど指摘されたという。スピン、リフトの習得は時間が必要で、ボディーラインの傾斜やエッジワークの高さなど、細かいところをまだまだ高めなければならない。今年1月に結成後も、コロナ禍で活動は大きく制限され、今回たった2カ月でプログラムを作り上げてのデビュー。その点、トレーニングの濃厚さが伝わる出来だった。

「シングルとアイスダンスはまるで違う競技なので。初お披露目で最初から最後まで大きなミスなくできたのは、大ちゃん(髙橋)に100点をあげられると思います」

 リズムダンス後、村元は笑顔を浮かべて言った。

「今は始めたばかりで、どういうチームになるのか、ワクワク感がありますね。マリナ(ズエワ)コーチにも、『あなたたちは新しい風を起こす、世界で戦えるダンスチームになるわ!』と言ってもらっているので、その言葉を信じて練習あるのみだと思っています」

 フリーダンスでは、"洗礼"も受けた。

 髙橋がツイズル(多回転ターン)でまさかの転倒、足が突っかかりそうになってトランジション(つなぎ)でもミスが出た。どれも、練習でもめったに出ないミスだという。試合独特の緊張感とも言えるがーー。その想定外を感じられることこそ、アイスダンスという世界に入ったことの証なのだろう。

「アイスダンスに転向し、僕自身、知らない世界が広がってきているところです」

 髙橋はその変化を明かしている。

「シングルで復活して2年目は、体が思うように動かなくなっていて、このまま滑り続けるべきか、と迷っていました。でも、今は乗り越えるべきことがどんどん出てくるので、目標に向かって挑む感じで。モチベーションの点では、難しさはないですね」

 明朗な声音だった。嘘のない響きだ。

 トータルで157.25点。3組中で3位だった。いきなり優勝できるほど甘い世界ではない。その意味で、物語の始まりとしては上々だろう。ステップではリズムでもフリーでも、高い出来栄え点を記録。そのダンスは、会場の心をつかんだ。

「楽しんで、いいスタートを切られるように」

 髙橋は大会前に語っていたが、その目標をクリアした。日本で、これほどアイスダンスが注目された日はおそらくない。次の舞台は、12月の全日本選手権だ。