ディエゴ・アルマンド・マラドーナの死を追悼するセレモニー(非公式)を26日の夜8時(現地時間)から行うと、ファンたちは『…

ディエゴ・アルマンド・マラドーナの死を追悼するセレモニー(非公式)を26日の夜8時(現地時間)から行うと、ファンたちは『Whatsapp』やその他のソーシャルネットワークからメッセージを発信した。しかし、予定時刻の1時間前にはすでにバルセロナの凱旋門を占拠し、ディエゴ・マラドーナへの最後の賛辞を捧げる数百人の人々が集まっていた。
バルセロナ市民は“D10S”に永遠の別れを告げるために街頭に出た。アルゼンチン総領事館は多くの人々に囲まれた。ブエノスアイレスには行ったことがないというバルササポーターのミゲル氏は、「マラドーナはアルゼンチン人だけでなく、世界中で愛されている人。幼い頃、カンプノウでのプレーは見ていなかったが、父から彼のことをたくさん聞かされ、それ以来、いつも彼の後を追いかけてきた」と涙ながらに話した。
マラドーナを知らず、異国の者であってもディエゴの死に涙した。共通のつながりを持っているアルゼンチン国見は悲しみに打ちひしがれている。「ディエゴはアルゼンチンにとって最大の人」とガブリエル氏は認める。「サッカーだけではなく、それ以上に、彼は私たちのすべてを代表している、私たちは彼を愛している」と叫んだ。
悲しい夜に彩りを添えるために凱旋門に集まった約2000人の人々は、アルビセレステやブラウグラナ、ボカ・ジュニアーズのシャツなど、各々の想いがこもったゲームシャツを掲げた。
リーベル・プレートのシャツを着たラロ氏は、「マラドーナはボカのためにプレーしただけでなく、彼はすべてのアルゼンチン人に喜びをもたらした、すべての人に愛されている。6歳の頃に(リーベル対ボカ)スーペルクラシコを父と母と観に行った幸せと熱狂を覚えている」と語った。彼の両親は今もブエノスアイレスに住み、リーベルのファンだというが、息子のラロはバルセロナに移住した今でも、国民的アイドルであるマラドーナへの揺るぎない愛情を保っている。
横断幕、ゲームシャツ、鮮やかなパラソル、そして何よりも多くのチャントが謳われた。凱旋門は、新型コロナウイルのパンデミックにもかかわらず、騒がしい観客を迎えドレスアップされた。もちろん、参加者の大多数がマスクを着用しながら、故人を偲んだ。
マラドーナは、バルサのシャツを着て2年間プレーしていた街で、その雄姿に別れを告げた。ブラウグラナとしての重要性を超えて、バルセロナの街は温かく、騒々しく、そして相応しい最後を提供した。

[写真/Maite Jiménez]

マラドーナとの最後の別れに駆け付けたファン [写真/VALENTÍ ENRICH]