大山加奈インタビュー「スポーツ界の勝利至上主義の弊害」後編 元バレーボール日本代表の大山加奈さんが「THE ANSWER」のインタビューに応じ、「スポーツ界の勝利至上主義の弊害」について語った。前後編で届ける後編は「『脱・勝利至上主義』で日…

大山加奈インタビュー「スポーツ界の勝利至上主義の弊害」後編

 元バレーボール日本代表の大山加奈さんが「THE ANSWER」のインタビューに応じ、「スポーツ界の勝利至上主義の弊害」について語った。前後編で届ける後編は「『脱・勝利至上主義』で日本のスポーツは強くなるのか」。近年、昔ながらの勝利至上主義、スパルタ指導に対するあり方を見直そうとする気運が高まっている。大山さん自身、その先駆者の一人として引退後、積極的にメッセージを発信してきた。

 しかし、大山さんが「小学生年代の全国大会はなくした方がいい」と自身の意見をメディアを通じて発信すると、未だに「それで日本のスポーツ界は強くなるのか」などと否定的な声も届くという。果たして、本当にそうだろうか。後編では、敢えてその問いを真正面からぶつけ、見解を聞いた。大山さんが「これからは“指導者を選手が取捨選択する時代”になっていく」と語った理由とは――。

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 ここ数年、スポーツ指導をとりまく空気感は変わった。

 高校野球の球数問題を発端に、体罰禁止はもちろんのこと、精神論、根性論による過度な追い込みから生まれる怪我防止など「勝利至上主義の弊害」に対し、さまざまな競技でアスリート、専門家から声が上がり、そうした流れを見直そうという動きが起きている。

 引退後、先駆者の一人としてメッセージを発信してきた大山加奈さんは、その変化をうれしく思っている。

「やっと、こうした考えがすごく広がってきて今、良い傾向にあると思います。バレーボール界の中だけで変えようと思ってもなかなか難しく、スポーツ界全体で横のつながりを作ってムーブメントを起こしていかないと変わらないと思っていました。ちょっとずつ、そういう動きが起きつつあるので、変わるきっかけができてきていると感じます」

 他競技のアスリートとの交流イベント、ディスカッションにも積極的に参加。同じ問題意識を持っているからこそ、受ける刺激は大きい。

「バレーボール界だけではすごく狭いですが、特に昔からある伝統的な競技は同じような思考、環境でジュニアスポーツが行われていると発見したり、逆に新しいスポーツだと全然違ったり。スポーツによって日本の中でもすごく違うんだと感じています」

 しかし、着実に変化が生まれているからこそ、立ち止まって考えたいこともある。

 大山さんらの活動は、ともすれば「脱・勝利至上主義」とラベリングされ、その一部を切り取って「楽にスポーツをやりましょう」「怪我さえしなければいい」というメッセージに受け取られかねない。

 変化を正しい方向に導くため、そうしたリスクとどう向き合い、メッセージを発信しているのか。

「例えば、私は『小学生年代は全国大会をなくした方がいい』という発言をしていますが、そのたびに『それでは競争力が落ちて、日本のスポーツ界は弱くなるんじゃないか』という意見もたくさんもらいます。でも、スポーツをやる意味、スポーツの存在価値は“日本が強くあるべき”というところなのか? そうじゃないんじゃないかと、私は思っています」

 大山さんが例に出した全国大会にまつわる意見。その真意に「脱・勝利至上主義」と「競技力向上」の関係を考えるヒントがある。

「私は全国大会をなくしたら、むしろ良い選手がたくさん育つのではないかと思うんです。地域のリーグ戦を多くやると、今まで試合に出られなかった選手が出られるようになることもあります。一発勝負のトーナメントではどうしてもメンバーが固定され、控え選手はずっと試合に出られないということが起こり得ます。それがなくなってみんなが試合に出られるようになれば、競技レベルが上がると思います。

 もしかしたら、今まで試合に出られず、持っているポテンシャルを発揮できずに終わっていた選手がぐんぐん伸びていくかもしれません。怒られず、萎縮しないでプレーできれば、チャレンジする、トライすることができるようになり、押さえつけられていた、型にはめられていたものがノビノビとプレーすることで、よりアグレッシブにプレーできるかもしれません。競技レベルは上がると、私は思っています」

「トップが結果を残すことが競技人口拡大、ジュニアレベル向上につながるわけではない」

「勝つこと」で競技環境が変わる可能性を秘めていることは事実だ。

 例えば、バレーボールは1964年の東京五輪で「東洋の魔女」と評された女子代表が金メダルを獲得し、競技が広く認知された。たからこそ、あるバレー関係者は「今回の東京五輪で日本が結果を残さなければ、他の競技に取って代わられ、“過去の競技”になる可能性がある」と危惧する。

 しかし、大山さんは「トップチームが結果を残すことが、必ずしも競技人口拡大、ジュニアレベル向上につながるわけではないと思います」と持論を説く。それを実感したのが、竹下佳江、木村沙織らを擁して銅メダルを獲得したロンドン五輪だった。

「あのチームは本当に魅力がありましたが、メダルを獲ってもそれほど競技人口は増えなかったんです。その時に結果だけじゃないんだと思わされて。親御さんたちが子供にやらせたいという魅力あるスポーツにしていかなければ、結局、結果を残しても競技人口は増えないし、レベルアップせず、衰退していくかもしれないと実感しました。

 特にバレーボールは昔ながらの体罰、暴力のイメージがあるし、練習が長い、厳しいイメージもあります。そこを変えないと、いくらトップが強くてもダメなんだと。今、実は(バレーボール漫画の)『ハイキュー!!』のおかげで競技人口が増えていて、そう考えるとトップチームの結果より評価につながるものはあるかもしれないと思います」

 一方で「勝利至上主義」が蔓延する背景には“やる側”だけでなく“見る側”の意識もある。

 4年に一度ある五輪が大目標となり、露出機会となる競技は、その結果で一躍スターダムに乗る選手がいる。半面で「『金メダルを獲るために頑張るのがアスリート』という思いが、どこかで生まれてしまいます。そういう見方は変わってくれたら……」と大山さんは願っている。

「もちろん、選手は金メダルを目指して頑張りますし、周りには応援をしてもいたいですが、それで追い込まれるアスリートもいます。あるオリンピアンはメダルを獲るのが当たり前と言われている中で獲れず、表舞台に一切出られなくなってしまったといいます。引退してもオリンピアンであることを隠して生きている選手たちもいます。それは、本当に不幸だと思います。

 勝利を求めるのはスポーツを見る側の楽しみですが、その期待に応えられなかった場合に否定、批判が向くのは苦しいこと。世界で金メダルを獲れるのは一人だけで、その舞台に立つだけでもすごいこと。それは、周りの環境が作り出しているものだと思うので変えていきたい。スポーツをやることで不幸になるようなことがあってはいけないと思います、大人も子供も」

 現場には「脱・勝利至上主義」の流れに抵抗感を持つ指導者もいる。

 練習量を減らしてどう勝つのか。怪我を恐れるあまり競争心が削がれたら。大山さんは「勝つことが一番に優先されると、そういう考えになりやすいかもしれません。勝つためには休むことも必要。しっかりと勉強してほしいです」と訴える。

 確かに、ルーティーン化する方が楽だ。自分が選手時代に強くなった、あるいは指導者として試合で勝った経験則に選手を当てはめてしまえば、変化を求める必要がない。しかし、仕組みが変われば、方法が変わる。例えば、この記事はリモート取材で行ったもの。1年前だったら非日常だった方法も未曾有の感染症により日常になり、適応している。その中でより良い取材ができるように取材する側、される側が工夫している。

 同じように、指導の現場も仕組みが変われば……。「本当に、その通りだと思います」と頷いた大山さんはスポーツ界を変えるために日々奮闘。その上で「こういった声が届くといいんですが、なかなか、本当に届いてほしいところに届かないジレンマがあります」と胸の内を明かす。

「意識が高い人、変わらなきゃと思う人はそういう情報を求めていますが、指導者講習会をやってもそういう人は来ないのが現実。指導も時代とともに変わるもの。科学的なデータが導入され、子供を取り巻く環境もそう。指導者は学ぶことをやめてしまったら、指導者をやめるべきだと思います。

 ただ一方で、これからは“指導者を選手が取捨選択する時代”になっていくとも思っています。親御さんもこうした流れでいろんな情報を見たり聞いたりして情報を頭に入れると思います。だから、こうしてどんどん発信していくことが変わるきっかけになると思って、積極的に発信しています」

「『勝利至上主義』が絶対ダメではなく、大人が子供にそれを強制することがダメ」

 大山さん自身、現役時代は「勝ちたい」「日本一になりたい」という勝利至上主義に憑りつかれ、結果として今も日常生活に響く腰痛を負った。

 その過程で小・中・高と日本一を達成し、日本代表として五輪出場。「パワフルカナ」の愛称がつき、選手としてトップ選手の道を歩み、引退後もバレーボールの解説者として広く認知されるなど、成功体験を得ている。

 ただ「私は小・中・高と全国制覇をしてきたからこそ、伝えられることがあると思います」

「バレーボールをして良かったことは仲間ができた、健康になった、人生豊かになったという面がある一方で、バレーをやってきたから生まれてしまった弊害もあります。バレーをやっていなかったら、こんなに苦労しなかったのに……と思うことも結構あります。そういう経験をしたアスリートは決して多くはなく、競技をやってきて良かったと思う人が多いと思うので、栄光も挫折も味わってきたから伝えられることがあると思っています」

 現在は全国を回り、バレーボール教室を行っている大山さん。では、自身は“指導者”としてどんな願いを込めて接しているのか。

「『みんな、一人一人が大事な存在なんだよ』と伝わるように、いつも意識して指導しています。試合に出られない子もそう。エースやセッターがどうしても目立ちますが、泥臭く拾ってレシーブで頑張っている子も、下手くそでもチームのために大きな声を出している子も大事。自分も大切にしてもらいたいというのが、一番の願い。みんな大事な存在だし、一人一人違ってもいいんだよって」

 2010年に引退してから、もう10年。指導してきた中で忘れられない少女が一人いる。

 フジテレビ系「ライオンのグータッチ」で指導した小学6年生。バレーボール経験が浅く、同学年で唯一レギュラーになれず、サーブを入れるのも精いっぱいだった。しかし、卒業後も中学で続け、「サーブどうしたらいいですか」「レシーブが上手くなるには……」とLINEで質問が頻繁に来た。

 先日、中学3年生で引退したばかりだったが、その際に「バレーボールをやってきた良かった」と言われたという。

「正直、小学校までで辞めると思っていました。サーブもなかなか入らず、本当に“ぶきっちょさん”で、きっと中学校ではやらないだろうなと。そういう子が続けてくれたことがまずうれしかったですし、最後まで3年間やり遂げてくれて『加奈コーチと出会えて良かった』と言ってくれて。

 それが本当にうれしくて、なんて幸せな仕事をさせてもらっているんだろうと感じさせてもらった出来事です。その時に思ったのは私の場合、指導者の一番のやりがい、幸せはそこにあるとうこと。子供たちがそのスポーツをずっと好きでいてくれる。それも指導者として大事じゃないかって」

 もちろん、大山さんの場合は部活で監督をしているわけではない。しかし、バレーボールを“教える”ということの意味を考え、体現しようとしている。その上で、最後に「脱・勝利至上主義」と「競技力向上」の関係について改めて語った。

「私は『勝利至上主義』が絶対ダメということではなく、大人が子供にそれを強制することがダメだと思っています。子供自身が勝ちたい、上手くなりたい、強くなりたい、五輪行きたいと気持ちを持って取り組むことは素晴らしいことです。

 大人のエゴで、子供に強制し、自分の駒のように動かしている現状がいけない。子供を取り巻く大人の意識が変われば、全国大会があってもいいと思っています。子供が日本一になりたいとプレーすることは決して悪いことじゃないですから」

 これが、バレーボール、そしてスポーツの未来を願う者としての偽らざる想いである。

■大山加奈

 1984年生まれ、東京都出身。小2からバレーボールを始める。成徳学園(現下北沢成徳)中・高を含め、小・中・高すべてで日本一を達成。高3は主将としてインターハイ、国体、春高バレーの3冠を達成した。01年に日本代表初選出され、02年に代表デビュー。卒業後は東レ・アローズに入団し、03年ワールドカップ(W杯)で「パワフルカナ」の愛称がつき、栗原恵との「メグカナ」で人気を集めた。04年アテネ五輪出場後は持病の腰痛で休養と復帰を繰り返し、10年に引退。15年に一般男性と結婚し、今年妊娠を公表した。(THE ANSWER編集部・神原 英彰 / Hideaki Kanbara)