レオ・メッシが相手を交わすように時は一瞬で過ぎていく。16歳の少年だったメッシがFCバルセロナのトップチームで2003年…
レオ・メッシが相手を交わすように”時”は一瞬で過ぎていく。16歳の少年だったメッシがFCバルセロナのトップチームで2003年11月16日にデビューを飾ってから17年が経過している。メッシは、グレーのアウェイ用のユニホームを着て、14番を背負いながらバルサでの輝かしい歴史の1ページ目を綴り始めている。
75分、当時の監督フランク・ライカールトは、メッシをこの試合がこけら落としとなったエスタディオ・ド・ドラゴンのピッチにフェルナンド・ナバーロに代えて送り出している。監督ライカールトは、弱冠16歳のメッシをデビューさせるころがバルサの歴史を大きく変え、約20年後に世界最高の選手になるとは思いもしていなかっただろう。
ジョゼ・モウリーニョが率いていた当時のポルトは、UEFAカップを制しており、バルサが出場権を逃していたその年のUEFAチャンピオンズリーグの王者(2003/04シーズン)にもその後なっている。ただ、メッシの出現とともに大きな変化がバルサに生まれたのも事実である。
メッシは、ポルトに2−0のリードを許す展開の中で投入され、チャビ・エルナンデスとルイス・エンリケなどと共にプレーして相手エリアで3回ほどチャンスを生み出している。なお、2年前のデビュー15周年の際、バルサTVでこの時のことを振り返っている。
「父親にトップチームと一緒にポルトに行くことを伝えられた(出発3日前)。当時のアカデミーディレクターを務めていたジョセップ・コロメールが父親にそのことを伝えていた。とても嬉しかったよ。ルイス・エンリケ、チャビ、マルケスなど経験豊富な選手達がいた。彼らとプレーできたことは素晴らしいことだった。
とにかく、全力でプレーし、ゴールを決めようとした。最初のチャンスでは、スペースがあまりないと思っていたからシュートを打たざるを得なかった。2度目のチャンスでは、コントロールが少し大き過ぎた。ピッチのコンディションが悪く、プレーが難しかった」
とメッシは当時について言及している。ちなみに、メッシの公式戦デビューは、2004年10月16日に敵地エスタディ・デ・モンジュイックで行われたラ・リーガのエスパニョール戦である。
その試合、背番号30を背負ったメッシは、デコと交代出場したが強い印象を残すようなパフォーマンスは見せられなかった。その一方で、ポルトでのデビューでは、ヨハン・クライフの14番を背負い、より象徴的なデビューとなっている。
そして、その時から永遠に語り継がれる栄光の数々を達成している。個人としては、6度のバロンドールと6度のゴールデンプーツ賞に輝いている。また、チームレベルでは、ラ・リーガを10度、チャンピオンズリーグを4度、スペイン国王杯を6度、スペイン・スーパーカップを3度、ヨーロッパ・スーパーカップを3度、クラブ・ワールドカップを3度制覇している。