「木澤って、めっちゃ頭がいいらしいですね。オール5で慶應に行ったみたいです」 2020年ドラフト会議の1カ月前。巨人に2…

「木澤って、めっちゃ頭がいいらしいですね。オール5で慶應に行ったみたいです」

 2020年ドラフト会議の1カ月前。巨人に2位指名を受けた東海大学の山崎伊織は、同世代のライバルである慶應大学の木澤尚文についてそう話していた。



ヤクルトからドラフト1位で指名された木澤尚文

 対して、JR東日本で田嶋大樹(オリックス)や太田龍(巨人)らを指導し、昨年冬から母校の慶應大野球部を率いる堀井哲也監督は、教え子をこう評している。

「努力を継続して積み上げながら、工夫したり、チャレンジしたりする。頭がよくて、気持ちがいい子です」

 最速155km/hを誇る右腕投手の木澤は、中学時代に全国制覇を成し遂げ、慶應高校にAO入試で合格。慶應大ではエースの座を掴み、今年ヤクルトのドラフト1位指名を受けた。

 いわゆるエリートコースを歩みながらプロの世界までたどり着けた背景には、極めて"現代的"なアプローチがある。

「『NEOREBASE』というオンラインサロンに入っています。刺激になっていますね。トレーナーにいろいろ質問すると、自分はまだまだレベルが足りないと痛感させられます。技術的なところとか、トレーニングの質はすごく上がったと思います」

 ダルビッシュ有(カブス)や千賀滉大(ソフトバンク)らプロ野球選手も集うというオンラインサロンで野球を論理的に追求している木澤だが、高校までは愚直に練習量を重ねるタイプだった。中学生で身長180cmある早熟で、高校時代から140km/hを記録した一方、パワーの出力に身体が耐え切れず、肩やひじの故障に悩まされたまま高校野球を終えた。

「中学校までじゃないんだから、自分がどういうピッチャーで、どういう長所で勝負していくかを考えないと、大学野球では通用しないぞ」

 転機になったのは、慶應大に入学して林卓史前助監督に言われた言葉だった。

「確かに高校から鳴り物入りでプロや大学に入っても、なかなか思うようにいかない例も結構あると思います。自分はそうなりたくなかったので、林さんを信じて努力してきました」

 ひたすら練習量を求めた高校時代の反省から、大学では逆算と計画性を持って取り組むよう、努力の仕方を変えた。

 入学してから9月まで右ひじのリハビリを行ないながら、自身の課題と向き合った。

 身体の線が細く、まずは投手として土台になる身体をつくらないといけない。ウエイトトレーニングで鍛える一方、股関節や胸郭の周りを柔らかくして可動域を増やした。さらに身体の連動性を高めるトレーニングを重ね、自分にとって合理的な投球フォームを模索した。

「効率的な身体の使い方をしたいのがすべてでした。それができれば、制球面や故障しないフォームにつながってくると思います。ロスのない力の伝え方をすれば、出力も上がると思いますしね」

 そうした積み重ねで最速155km/hを計測するまでになったが、速い球を投げようと思って取り組んできたわけではないと言い切る。

「可動域を広げて、再現性の高いフォームをつくって、あとから筋量をつければ、結果的にスピードが上がるんだろうなと思ってやってきました」

 故障しにくい身体づくりと、投球パフォーマンスの向上は一直線上にある。木澤が3年時に就任した竹内大助助監督や、前述のオンラインサロンなどで情報収集すると、選手それぞれでアプローチの仕方は異なれど、レベルアップのために目指す方向性は同じだとわかった。

 大学4年になって突き詰めたのが、「運動連鎖」だ。コロナ禍で春のリーグ戦が延期になって生まれた空白期間で、効率的な投球メカニクスを追い求めた。

「足首が回って、骨盤が回って、胸椎が回って、最後に腕が出てきて指先まで力が伝わるというのが運動連鎖です。僕の場合はどうしても下半身の重心が深く沈み込んでしまって、お尻の力が抜けてしまうので、連鎖がうまくいかない状態になっていました。それで球を引っかけたり、抜けたりという幅が大きかったので、中臀筋を意識して運動連鎖を身につけるようなフォームづくりをしていました」

 雑誌や本、テレビくらいしか教材がなかった昭和の頃と違い、令和の今はインターネット上に情報があふれている。プロ野球の各球場にはトラックマンやホークアイという弾道測定器が設置されるなど、テクノロジーの導入は進むばかりだ。リーズナブルな値段で持ち運びにも便利なラプソードは、アマチュアにも出回るほど一般的になってきた。

 球の軌道や回転軸などを計測できるラプソードを木澤は活用し、パフォーマンスアップにつなげているという。

「自分の状態を数字で見られるので、バロメーターにもなります。主に見るのは球速、回転数、回転効率、変化量ですね。試合前に測って、試合中の打たれ方やバッターの反応を見て、自分が投げている感覚とのギャップを埋めていったりします」

 たとえば、普段より真っすぐのシュート成分が多い場合、左打者の外角にはストレートを投げ、内角を突く際にはカットボールを多用する。シュート成分の多い真っすぐを左打者の内角に投げれば、真ん中方向に変化して打ち頃になるからだ。

 変化球を効果的に使うためにも、ラプソードで球質を数値化できるのはメリットが大きい。たとえば一般的なスプリットは1分間に約1100回転とされるが、木澤のそれは1500〜1700回転ある。どうすれば回転数を減らし、もっと落差を出せるか。

 当初はそう考えたが、あるとき発想を変えた。ラプソードで変化量を見ると、シュート成分が多かったからだ。自分では「落ちるボール」として投じているスプリットだが、実際にはツーシームのような変化をしている。ならば、ツーシームとして使えばいい。

「僕の変化量だったら、別に落とそうとしなくてもいいかなと思いました。右バッターからすれば、食い込んできてちょっと沈むような軌道なので、それはそれで厄介な球になるのかなと。自分が理想とするスプリットとのギャップは感じましたけど、逆にこうやって新しい使い方をできるのはラプソードのいいところだと思います」

 重要なのは、ボールを変化させることではない。どうすれば相手打者を打ち取ることができるかだ。ツールによって明らかになる数値にはどんな意味が込められ、どうやって活用すればいいかを突き詰めれば、投球パフォーマンスの向上につなげることができる。

「SNSにはいろんな情報があふれていて、取捨選択がすごく難しくなってきたと思います。だからこそ、一番大事なのはバッターを抑えることだと絶対に忘れてはいけない。どんなにいいボールを投げても打たれることはありますし、逆に多少甘いところでも抑えられるボールもある。そこだけは絶対に忘れないようにと、竹内さんもよくチーム全体に話しています」

 木澤は目標に到達するまでの道筋や計画を立て、自分の骨肉となる要素を選んできた。投手として成長するには何が大切か。方向性さえ間違えなければ、試行錯誤しながら軌道修正していくことができる。そうした努力の仕方こそ、「頭がいい」と言われる本質だろう。

 結果、155km/hを投げられるまでになり、ドラフト1位という最高の評価を受けた。

「ここまで来られたという言い方と、ここまでしか来ていないという言い方の両方できると思います。大学の4年間で大きかったのは、逆算して、いろいろ計画性を持ちながらやるんですけど、その日その日はうまくなるために必死にやるという泥臭さと、クレバーさの両立をできたことです。自分で言うのもあれですけど、その割合をうまくコントロールしてこられたのかなと思います」

 投手として目指すところは、まだまだ先にある。いつかそこにたどり着くため、木澤は逆算しながら努力を続けている。