「オープン球話」連載第39回【バットに当たらない全盛期の江川のストレート】――さて、八重樫さんが往年の名選手との思い出を…

「オープン球話」連載第39回
【バットに当たらない全盛期の江川のストレート】
――さて、八重樫さんが往年の名選手との思い出を語っていく新シリーズ。前回までの「スーパーカートリオ」編に続いて、今回は1980年代ジャイアンツの両雄「江川卓&西本聖」両投手について伺いたいと思います。当然、両エースとは何度も対戦していますよね。
八重樫 もちろん、2人とは何度も対戦しています。江川は「ひと昔前のピッチャー」という感じで、ストレートとカーブだけ。球種は少ないんだけど、そのストレートの回転が抜群で、力でバッターを圧倒するピッチャーだったね。

共に巨人のエースとして活躍した江川卓(左)と西本聖(右)
―― 一方の西本投手の印象は?
八重樫 西本はやっぱり、シュートピッチャーという印象が強いよね。闘争心が強くて、バッターに対して向かってくるタイプ。無表情で感情を表に出すことなく、淡々と投げていた江川とは好対照だったかな。
――まず、江川さんから詳しく伺います。誰もが「全盛時の江川には手も足も出なかった」と語りますが、八重樫さんも同じ感想ですか?
八重樫 彼はストレート中心で投げてくるでしょ。僕は高めのストレートが得意だったから、そこに狙いを定めるわけです。でも、ボールはバット上を通過して空振りになる。高めを狙い、そこに来たから「とらえた!」と思ったのに、ボールにかすりもしない。それが江川のストレートでした。
――そういうピッチャーは他にはいましたか?
八重樫 阪神時代の江夏(豊)さんがそうでしたけど、それ以外は江川だけだね。感情を表に出さず顔色がまったく変わらないのも、バッターとしては意外とやりにくいものなんですよ。それに、こっちが三振しているのに、マウンド上の江川は首をひねったりする。自分のボールに納得していないのか、審判へのアピールなのかはわからないけど、何だか腹が立ったよね(笑)。
――「江川対策」などはあったんですか?
八重樫 初めの頃は「高めを打ってやる」という思いがあったので、少しうつむき加減で構えて、ヘルメットのひさしの部分を江川のベルト部分に重ね合わせたんです。そうすると、僕が得意とする高めコースを強く意識できる。それで「ここを通過すればスイングする」「ここならば振らない」と決めていたんだけど、それでも、江川のボールはバットの上を通過していったよ。
【「クールな江川」と「燃える西本」】
――「物理的にはあり得ない」と言われますが、いわゆる「ホップする」という感覚なんですか?
八重樫 そう、ホップしているんだよ。正直に言うと江川は打てない(笑)。実際、僕はほとんど打った記憶もないし。でも、若松(勉)さんや大杉(勝男)さんが江川を打ち崩した時にはチーム全体のムードがよくなったね。昔はエースが3連戦の初戦に登板するから、初戦で江川を打ち崩したら第2戦、第3戦は少しレベルの落ちる投手が出てきて、そのカードを勝ち越せる可能性も高くなる。それで、チームがよりいっそう盛り上がるんだよ。
――では、西本投手の攻略法は?
八重樫 江川のように具体的な対策を講じることはなくて、彼の得意球であるシュートを狙って打席に入っていました。江川の場合はストレートだったけど、基本的には「その投手のメインのボール」を狙いにいくことは変わらなかったな。それに、僕はインコースが好きだったので、内角に食い込んでくるシュートは得意だったね。
――当時、八重樫さんはすでにオープンスタンスでしたか?
八重樫 オープンスタンスにする前から対戦していたけど、彼が中日に移籍した頃はもうオープンスタンスだったから、どちらでも対戦しましたよ。とにかく西本のボールは内角に食い込んでくるから、気持ちで負けたり、ちょっとでも腰を引いたりしたら打てない。だから、こちらも気合いが入ったよ。江川と違って、西本は感情をむき出しに投げてくるから、こちらもいい意味で燃えました。
――江川さんのストレートにはかなり手を焼いたようですけど、西本さんのシュートはどうだったんですか?
八重樫 江川のストレートは「バットに当たらない」という大問題があったけど、西本のシュートはそんなことはなかった。インコースに来るということは、バットに当たる確率はアウトコースよりも高まりますから。でも、バットの根元に当たって詰まらされることは多かったですよ。
【「中日時代の西本のシュートは怖くなかった」】
――以前、この連載で西本さんのシュートについて伺った時には、「途中からあまり切れ味がなくなった」と言っていましたね。あらためてその点を教えていただけますか?
八重樫 キャリアの途中で、彼はおそらく「左バッター対策」としてシンカーを覚えたんです。左バッターの外に落ちていく球で、ある程度の効果があったようだけど、その分、シュートの切れ味が落ちた。以前ほど右バッターの内角に鋭く食い込んでくる感じがなくなったんだよね。シンカー気味に少し垂れてくるんですよ。中日時代には、巨人時代のシュートではなくなっていたかな。
――かなり打ちやすくなったんですか?
八重樫 シュートの怖さはなくなったかな。当時、僕はすでにオープンスタンスだったから、なおさら見やすくなったよ。でも、中日時代になると「大人のピッチング」というか、若い頃のような勢い任せの投球ではなく、コーナーにきちんとコントロールされた投球ができるようになったんだよね。
――実際に西本さんのキャリアハイは、中日移籍直後の1989(平成元)年の20勝(6敗)でしたね。この年は最多勝、最高勝率を記録しています。
八重樫 中日時代の西本は本当に円熟味のあるピッチャーだった。彼も試行錯誤しながらモデルチェンジしていったんだと思うよ。彼は引退後、阪神、ロッテ、オリックス、そして韓国でもコーチをしていましたよね。テレビの解説などを聞くと独自の見方が面白いけど、その頃の経験があるからじゃないかな?
―― 一方の江川さんは、現役引退後は一度もユニフォームを着ることなく、解説者生活が続いていますね。
八重樫 テレビを見ていて思うけど、江川はスマート。解説も現役時代と同じように、淡々と、飄々(ひょうひょう)としているよね。難しい言葉をあまり使わないから、野球ファン以外の人にもわかりやすいと思うよ。
――図らずも、「天才・江川」と「努力の人・西本」という構図が浮かび上がってくるようですね。
八重樫 確かに江川のポテンシャルはずば抜けていたし、西本は血を吐くような努力をしたんだと思います。でも、人には見せないだけで、江川も陰では相当努力していたんじゃないかな。天性だけであれだけのストレートは投げられないと、僕は思いますけどね。僕が知る限り、天性だけで野球をやったのは飯田哲也だけだな(笑)。
――前回の「スーパーカートリオ」編でも、飯田さんの話が出てきましたね(笑)。では、この続きは次回、後編でお願いします。
八重樫 実は、西本のことは巨人に入団する前から知っていたんで、そのあたりを話そうかな。
(第40回に続く)