知られざる実業団陸上の現実~駅伝&個人の闘いコモディイイダ(2) 金子晃裕がコモディイイダに入社するきっかけになったのは、リクナビだった。「リクナビで初めてコモディイイダを知って面接に行ったんです。たまたま面接官が駅伝部のキャプテンで、『陸…

知られざる実業団陸上の現実~駅伝&個人の闘い
コモディイイダ(2)

 金子晃裕がコモディイイダに入社するきっかけになったのは、リクナビだった。

「リクナビで初めてコモディイイダを知って面接に行ったんです。たまたま面接官が駅伝部のキャプテンで、『陸上に興味があります』と伝えると、自己ベストを聞かれたんです。すると『監督呼んでくるからちょっと待っていて』と言われ、そこからトントンという感じでした」



東海大時代はサークル出身ながら箱根10区を走った苦労人・金子晃裕

 金子は東海大出身である。箱根駅伝の強豪校であり、2018年シーズンには初優勝を果たしている。金子選手がいた頃から箱根常連校だったが、入部は大学2年の7月だった。東海大には5000mで15分以内という入部条件があるのだが、満たしていなかった。それでもあきらめず、東海大ACというサークルで練習を積み、大学2年夏の東海大記録会で14分台を出して入部を認められた。

 しかし入部したのはいいが、東海大の質量豊富な練習にケガが絶えなかった。結局、入部してから大学4年の12月31日まで900日間中、548日間もケガしていたという。それでもめげずに練習をつづけ、4年の上尾ハーフで好記録を出し、箱根駅伝の登録メンバーに入った。本戦では10区を任され、区間4位になった。

東海大は能力別に「SABCD」と5チームに分かれているが、金子は途中入部でDチームから這い上がり、奇跡のような陸上人生を歩んだ。このことを両角速監督が賞賛し、東海大に「金子伝説」が生まれた。

「両角監督が育成のチームの選手に『コイツができたんだから、おまえらもできる』と言って、やる気を鼓舞するのにうまく使われている感じです(笑)。僕の像が実際よりも大きくなっているようですけど」

 金子は苦笑するが、まんざらではない様子だ。箱根10区4位は、社会人になるにあたり、自信につながったのではないだろうか。

「僕のなかで箱根10区4位はそんなにすごいことじゃないんです。一流と言われるタイムでゴールしたわけではなく、ただ誰でも走れるペースで大きな失敗なく走ったということだけなんです。むしろ箱根10区4位という肩書が大きくて、『こいつ、すごいんじゃないか』と言われるのがすごく嫌でした」

 金子がコモディイイダに入社した当時は、まだ8時間勤務だった。それが週2日、6時間になった。現在は、総務部でデスクワークに従事している。残業はなく、練習や合宿は出勤扱いになるので、出社は少なくなった。「周囲の理解がないとできないことです」と金子は言うが、仕事の競技の両立は、選手として、どう感じているのだろうか。

「決して楽ではないですよね。デスクワークは上半身が硬くなり、疲労度もあります。それでも8時間勤務の時よりはかなり楽です。その当時は、仕事を終えて夜7時ぐらいからポイント練習をして、寮に戻ってくるのが午後9時過ぎで寝るのが11時ごろ。翌朝6時に朝練習の集合なんですが、ポイントをすると興奮してなかなか寝つけないんですよ。それで寝不足になり、疲労がなかなか抜けなくて大変でした」

 金子は練習環境の厳しさを感じていたが、気になったのはチームに蔓延する空気だったという。

「8時間勤務をしているということが、ほかのチームと競った時、負けてもいい材料というか要因になっていたんです。あのチームはあれだけいい待遇でやっているんだから、俺たちが勝てるわけないと......。それがうちのチームの負け癖になっていました」

 自分たちの練習の環境面を負けの言い訳にしていたということなのだろうか。

「そうです。それでも今年1月のニューイヤーに出場し、チームとしてひとつ目標を達成しました。ただ僕は、まだまだ個々がやるべきことがあるんじゃないかなと思います。うちの選手は特別なことをやらなくてもできてしまう選手が多いんですけど、そのレベルは一流ではなく、一流にたどり着かないぐらいのレベルなんです。競技者である以上、もう少し走りを追及してもいいと思うんですよ」

 金子が走りを追求し、さまざまなトレーニングに取り組んでいるのは東海大時代の経験があるからだ。ケガが多かった金子は、全体練習に参加できないことが多かった。体力や走力が落ちることを危惧した金子は、走る動作を分解し、個別にトレーニングをしていた。

「脚力、心肺機能、フォーム、空中姿勢とか走る動作など必要な要素をバラして、個々にトレーニングしていけば速くなれるのではないか、そう思ってひとつずつ時間を取ってトレーニングをやり始めたんです」

 故障中の選手はそれぞれメニューをこなして監督やコーチに報告するのだが、金子はバイクをしたり、体幹、ウエイト、ドリルなど一つひとつを丁寧にこなし、気がつくと3時間予定の練習時間を大幅に上回っていた。こうしたことも「金子伝説」を生む一端になっているが、その姿勢は社会人になっても変わらない。

「選手自身がその必要性を感じてやらなければ、ただ時間を拘束され、浪費して終わるだけになってしまう。現状に満足している感が見受けられる選手もいますが、僕はそういう選手は今の自分に必要なことがわからず、どうしていいのかもわからないというのが大きいと思います。でも、わからないなら聞くとかするといいんですが......」

 与えられたメニューをこなすだけでは、個々の大きな成長は見込めない。だが、自発的に強さを求めて行動することは容易なことではないのだろう。

 金子は、今年は5000m、1万m、マラソンなどで自己ベストを更新してきている。大学時代からこれまで個別にいろんなトレーニングに取り組んできた点と点がうまくつながってきている感を受けるが、本人曰く「まだまだですね」という。だが、今年の東京マラソンでは、自分の殻を打破するチャレンジをした。

「トップレベルの選手は駅伝でいうと最初かなり突っ込んで、粘って最後に上げていくんです。でも僕は、そういう攻めるレースを今までしてこなかったんです。ただ、練習の段階から攻めた走りを繰り返したところ、意外と持つことに気づいた。それで今年の東京マラソンではちょっと勝負してみようと思い、突っ込んで入りました。

 目の前に村山謙太さん(旭化成)、設楽悠太さん(Honda)がいるところで走り、10キロの自己ベストを大幅に更新し、マラソンも自己ベストを出すことができました。徐々に点が線になってきて、レースの練習の成果を出せるようになってきたのが自己ベスト更新につながったと思います」

 では、金子が目指す先はニューイヤー駅伝なのか、それともマラソンなのだろうか。

「会社としてはニューイヤーの出場。個人の目標はサロマ湖のウルトラマラソンで優勝することです。なぜ、競技を始めたのかという原点を考えると1番になりたかったからなんです。でも、トラックはタレントの部分が大きく、マラソンとか距離が長くなればなるほど取り組む努力が大きく左右してくる。そう考えるとウルトラマラソンに挑戦したほうが一番になれる可能性がある。もともと長い距離を走るのが好きですし、なんか途方もないことをやりたいんですよ」

 毎年6月に開催されるサロマ湖100キロウルトラマラソンは国際陸連公認のレース。日本のトップは、風見尚で6時間9分14秒だ。今年はコロナ禍の影響で中止になったが、来年以降、挑戦していく予定だという。

 金子は、競技への取り組みと同時に並行して続けていることがある。SNSを積極的に利用し、発信している陸上選手は多いが、金子も長年ブログを続けている。

「陸上は、まだマイナースポーツなので、まずは知ってもらわないと陸上の価値自体が高くならない。今はSNSがテレビ以上に注目度が高くなっているので、会社としても選手が何かを発信して知ってもらうのはメリットになるので大きいと思うんです」

 コモディイイダ内の公式ブログ内で「きゃねこ」として基本的に毎日1回更新し、1200回以上続いている。見てみると、実業団選手の素(す)が描かれていて興味深い。

「僕の場合、陸上界全体というイメージではなく、会社に興味をもってもらうことで共感できる選手を見つけてほしかったんです。その人に興味が出てくるとバックグラウンドとか知りたくなるし、そうして感情移入ができるようになるとファンが増えてくれるのかなと。ブログでは日常的な部分を切り取って書いていますが、1200回以上書いて『ファンです』というレスを1つだけもらいました(笑)。もっと増やしていきたいですね。監督のユーチューブも登録数が増えてきていますし、自分だけじゃなくチームを支えてくれる分母が増えると陸上界にもつながると思うので......」

 そして、コモディイイダにとっての継続目標が2年連続のニューイヤー駅伝出場だ。

「選手は自分のやりたいことをしたいと思っていますが、会社としてそこ(ニューイヤー駅伝出場)を目指してくださいと言われれば、そこを目指すのは当然です。前回、初めて出て、自分が好きなことで会社や周囲の人が喜んでくれるのはすごくいいことだなって思いました。それが実業団のよさでもあると思うんです。今年も出場権を獲得して、正月に走りたいですね。風は強いし、寒いんですけど(苦笑)」

 ニューイヤーに挑戦するコモディイイダとは、どんなチームなのか。

「うちはワイワイガヤガヤやるチーム。実業団というと殺伐としたイメージがあり、練習も苦行みたいなところがあるんですけど、うちは楽しくやっている。そのなかで個も大事にして、それを尊重してもらえるチームだと思います。見方によってバラバラという感じもありますが個を応援してくれることで力が上がり、駅伝につながってきますから」

 そういって金子は、こうつけ加えた。

「うちは走っている人がスーパーの店員ではなく、スーパーの店員が走っている。あくまでもスーパーの従業員であることがベースのチームです」

 そうした選手の意識が伝わり、スーパーの仲間や地元の客たちにも応援されている。金子のいう陸上を応援してくれる分母は、身近なところからジワジワと広がりつつある。