鹿島アントラーズが世紀の下克上を成就させるのか。6万人近いファンやサポーターで埋まった浦和レッズのホーム・埼玉スタジアムが騒然とするなかで、前代未聞の光景が繰り広げられていた。ボールを抱えて離そうとせず、ペナルティーマークにセットするアント…
鹿島アントラーズが世紀の下克上を成就させるのか。6万人近いファンやサポーターで埋まった浦和レッズのホーム・埼玉スタジアムが騒然とするなかで、前代未聞の光景が繰り広げられていた。
ボールを抱えて離そうとせず、ペナルティーマークにセットするアントラーズのFW金崎夢生。エースのそばにはFW鈴木優磨が寄り添っているが、激励というよりは、険しい形相で何か必死に詰め寄っている。
ピッチで押し問答が展開されて、1分ほどが経過しただろうか。PKのキッカーを巡って、実はふたりがそろって「オレが蹴る」と主張し合い、ときには顔を突き合わせるほどにヒートアップしていた。
金崎夢生 参考画像(c) Getty Images
■「優磨がPKを獲ったら蹴るのはオレなので」
時計の針をちょっとだけ巻き戻してみる。12月3日夜に行われたJリーグチャンピオンシップ決勝第2戦。今シーズンのJ1覇者を決める頂上決戦はともに1ゴールずつを奪い合った状況で、後半33分を迎えていた。
自陣で相手ボールを奪ったアントラーズが、ワンタッチの細かいパス回しから電光石火のカウンターを仕掛ける。DF山本脩斗のスルーパスに抜け出したのは、途中出場していた鈴木だった。
ペナルティーエリア内へ侵入していった背番号34を、追走してきたDF槙野智章が押し倒す。すかさず鳴り響くホイッスル。鈴木は雄叫びをあげて、ゴール裏の一角に陣取ったファンやサポーターのもとへ駆け寄っていた。
その間にボールを拾いあげ、PKを蹴る準備を整えていたのが金崎だった。我に返ったにように、ベンチ入りメンバーでは最年少の20歳で、ユースから昇格して2シーズン目の鈴木が食い下がる。
「(鈴木)優磨がPKを獲ったら蹴るのはオレなので。だから、まったく問題はないです」
試合中にPKを獲得した場合、キッカーは事前に決めておく。アントラーズの場合は、試合後に冗談めかして語った金崎なのは容易に察しがつく。それでも、鈴木は大胆不敵にも「オレが蹴る」と主張し続けた。
「PKのキッカーは決まっているけど、今日は本当に譲りたくなかった。自分が獲ったPKは、自分が蹴るのが僕の流儀。けっこうな攻防でしたけど、なかなか引かないので、最後は『まあ、いいか』と」
ふたりのあまりの剣幕に、MF柴崎岳が「優磨、託せ、託せ」と仲裁に入る。PKによるゴールがどのような価値をもたらすのか。状況を一瞬忘れさせるやり取りからは、太々しいほどのたくましさが伝わってくる。
■「2点を取らないと絶対にダメ」
一発勝負の準決勝と異なり、チャンピオンシップ決勝はホームとアウェーの2試合を中3日のスケジュールで行い、勝利数の多いチームに凱歌があがる。11月29日の第1戦はレッズが1‐0で制していた。
レッズは第2戦で勝利もしくは引き分けでももちろんのこと、たとえ敗れたとしても0‐1のスコアならば10シーズンぶりとなる年間王者を手にできる、極めて優位な状況に立っていた。
レギュレーションでは両チームが1勝1敗で並んだ場合、(1)2試合の得失点差(2)2試合におけるアウェーゴール数の順で勝敗を決め、それでも並んだときは(3)年間勝ち点1位チームが勝者となる。
つまり、第2戦でアントラーズが1‐0で勝利した場合、(1)と(2)でともに並ぶため、レギュラーシーズンで歴代最多タイとなる「74」もの勝ち点をあげて1位となったレッズの優勝となる。
年間勝ち点で実に「15」ポイントも引き離された「59」で3位のアントラーズに求められたのは、2ゴール以上を奪っての勝利だった。たとえば2‐0ならば(1)が適用されて、逆転で美酒に酔える。
金崎夢生 参考画像(c) Getty Images
果たして、第2戦は開始わずか7分に、FW興梠慎三に鮮やかなボレーを決めてレッズが先制する。しかしながら、キックオフ前から定められていた戦い方は変わらないから、チーム全体が浮き足立つこともない。
この先、レッズの攻撃をゼロに抑えたうえで2点を取れば1勝1敗となり、(2)のアウェーゴール数で上回ることができる。チーム全員がある意味で開き直っていたことは、金崎のこの言葉からも伝わってくる。
「結果論ですけど、2点を取らないと絶対にダメということで戦い方がはっきりしていたので。それが逆によかったです」
第2戦を振り出しに戻し、レッズの戦い方に「勝ちにいくのか、このまま引き分けで終わらせるのか」と最終的には迷いを生じさせた、前半40分のアントラーズの同点ゴールを決めたのも金崎だった。
最終ラインから元韓国代表DFファン・ソッコが右サイドへロングボールを送る。ターゲットとなったMF遠藤康が、マーカーのMF宇賀神友弥と競り合いながら巧みに体を入れ替えて抜け出す。
遠藤のマークに槙野が走るも間に合いそうにない。このとき、柴崎がニアサイドを目指して、ピッチを斜めに猛烈なスプリントをかけて、レッズのDF遠藤航の注意を引きつけていた。
必然的に大きなスペースが生じるファーサイドへ。遠藤からのパスが来ることを信じて、金崎がグングンと加速してくる。果たして、利き足とは逆の右足で、遠藤が絶妙の浮き球のクロスを送ってきた。
「ヤス(遠藤)のクロスがよかったので。あとは合わせるだけでした。最初は足でいこうかなと思ったんですけど、足じゃ入らないのでね。頭でいってよかったです。正解でした。入ってよかったです」
試合後にさらりと振り返った金崎だが、決して簡単なゴールではなかった。ダイブしながらクロスがはねた直後に頭を叩きつけて、より高くバウンドさせてゴールネットの上部を狙った。
予想外のコースだったのだろう。日本代表でも守護神を担う西川周作も体勢を崩してしまい、金崎のシュートを止められない。千載一遇のチャンスを逃してなるものか。執念が込められた一撃だった。
■激昂で日本代表から外される
自らのゴールでチームを勝利に導いてやる。ストライカーの本能と、いい意味でのエゴイズムを前面に押し出してきた金崎だが、一本気で負けず嫌いな性格がときにマイナスの影響をもたらすこともあった。
その象徴が湘南ベルマーレをホームに迎えた、8月20日のセカンドステージ第9節だった。後半25分に交代を告げられた金崎は激昂して、石井正忠監督が求めた握手を公然と拒否してこう言い放った。
「何でオレなんだよ!」
交代を告げられたときにスコアが0‐0だったことも、金崎を高ぶらせた理由だったはずだ。その後もベンチでドリンクボトルを蹴り上げ、挙げ句の果てには石井監督と一触即発の状態になってしまう。
コーチ陣やスタッフが慌てて仲裁に入ったことで何とか収まり、翌日にクラブから厳重注意を受けた金崎が指揮官や選手たちに謝罪して一件落着となったかに見えたが、意外なところへ騒動は伝播する。
5日後の8月25日に行われた日本代表のメンバー発表会見。24人の名前を読みあげたバヒド・ハリルホジッチ監督は質疑応答に移る前に、金崎を実質的に追放したこととその理由を自ら言及しはじめた。
「日本代表候補の選手が、あのような態度を取ってはいけない」
全国のサッカーファンが注目する場で日本代表監督に蒸し返されたことで、自軍のベンチ前という衆人環視の場で、試合中に公然と繰り広げられた前代未聞の造反劇は一気にクローズアップされていく。
サッカー日本代表の金崎夢生 参考画像(c) Getty Images
批判は金崎だけでなく、謹慎などの処分を与えなかったアントラーズのフロントにも集中。日本代表発表から一夜明けた翌26日からは、心労による体調不良で石井監督が一時的に休養する事態も招いてしまう。
幸いにも石井監督は1試合の指揮を大岩剛コーチに任せただけで復帰する。もっとも、金崎は大きな騒動を招いた責任を感じていたのかもしれない。セカンドステージで陥った不振から、抜け出せなくなった。
■「関わってくれた人たちに本当に感謝したい」
15試合に出場してわずか2ゴール。造反後は9月25日のアルビレックス新潟戦の後半45分に決めただけで、アントラーズも4連敗でフィニッシュ。ファーストステージ制覇から一転して、11位に転落した。
アントラーズそのものも泥沼にはまり込んでしまったことも、責任感の強い金崎をさらに苛ませていたはずだ。何とかしようともがき、焦ってはシュートを相手キーパーに当てるシーンも珍しくなかった。
「力が入りすぎなんですよ。試合のたびに『点を取りたい、点を取りたい』と言っていましたけど、いつも力んでいましたから」
選手会長のDF西大伍が金崎の苦闘ぶりを振り返れば、最終ラインを束ねる昌子源は「何であんなめちゃ簡単なのを外すのか」と苦笑いしながら、それでもエースストライカーへ全幅の信頼を寄せていた。
「ムウ君(金崎)が点を取れんことをわあわあ言う人はおらんし、いずれどこかのタイミングで、とも思っていたので。エースの風格みたいなものを漂わせて、相手はムウ君が前線におるだけで嫌やろうと」
11月23日に行われた、川崎フロンターレとのJリーグチャンピオンシップ準決勝。90分間を終えて引き分けながら、レギュレーションによって年間勝ち点72で2位に入ったフロンターレに軍配があがる。
前半をともに無得点で終えて迎えた後半5分。フロンターレの守備網に風穴を開けたのも金崎だった。左サイドから山本が低く、速いクロスをあげた瞬間に「ここが勝負どころだ」と本能が命じた。
「いいボールがあがって、何だろう…点で合わせたという感じで。相手との駆け引き?いや、もう何も考えていなかったです。いいコースにうまく決まってよかったです」
クリアの体勢に入ったDFエドゥアルドの前方へ、体ごと飛び込むダイビングヘッド。死角から入り込まれたエドゥアルドを腰砕けにした決勝ゴールに、後方で見ていた昌子も魂を震えさせる。
「今日もダメかなと思っていた矢先に、難しいゴールを決めてくれた。言っちゃ悪いけど他の人が決めるのとムウ君が決めるのとでは全然違う。チームを勢いに乗せるエースが決めて勝てた。正直、感動しました」
レッズとの決勝第2戦も然り。食い下がる鈴木を納得させて、担ったPKキッカーの大役。決めれば年間王者獲得へ大きく近づき、外せば失意を引きずったままそのままレッズの引き立て役に回りかねない。
計り知れないほどのプレッシャーがかかるなかで、金崎はゴール左隅へ強烈な弾道を突き刺した。コースを読み切り、ダイブしてきた西川が伸ばした両手がコンマ数秒届かなかった。
「最初からあっち(左側)と決めていたので。しっかり(ストライカーとしての)仕事ができたという嬉しさがあります。優磨から奪ったPKを決めて、最高でしたね」
再び冗談めかして笑った金崎だが、本音はもちろん違う。PKを決めた直後に雄叫びをあげながら、ファンやサポーターが待つゴール裏へ突っ走っていった背中が、何よりも熱い思いを物語っている。
「アウェーでしたけど、声援はしっかりと大きく感じていたので。家族であったり、自分をずっと支えてくれた親友であったり、関わってくれた人たちに本当に感謝したい」
実はPKを蹴る直前に、レッズの槙野が金崎の前に立って何かをつぶやいてきた。プレッシャーをかけるときの常とう手段。その槙野を両手で弾き飛ばしたのは、直前まで金崎と言い争っていた鈴木だった。
「自分のプレースタイルに一番近いフォワードの選手。あの人からどれだけ盗めるか。前線で体を張るところや、ゴール前にどんどん姿を現すところなどを盗んで、自分のプラスにしていきたい」
鈴木のサイズは180センチ、68キロ。金崎とほぼ同じだからこそ鈴木はかねてからこう語り、7つ年上の先輩の背中を追いかけてきた。PKを志願してやまない後輩を、金崎も頼もしく思っているに違いない。
■責任感と献身的な姿勢
くしくも同じ埼玉スタジアムを舞台にした、6月11日のレッズとのファーストステージ第15節。金崎のゴールで1‐0とリードしたまま迎えた後半終了間際に、途中出場の鈴木の突破からPKを獲得している。
このときも鈴木が「自分が獲ったPKは自分で決める」と主張。最終的に鈴木が蹴り、とどめを刺してファーストステージ制覇へ向けて一気に加速している。試合後に金崎はこんな言葉を鈴木にかけている。
「調子に乗るなよ。勝手にPKを蹴ったから罰金だからな」
決して不仲なわけではない。お互いを切磋琢磨する間柄だと認め合うからこそ、約半年後に訪れた同じ状況で、鈴木は狂喜乱舞する金崎の背中に飛び乗り、熱い抱擁を交わして喜びを分かち合った。
サッカー日本代表の金崎夢生 参考画像(c) Getty Images
ポルトガル2部のポルティモネンセSCから、期限付き移籍でアントラーズに加わったのが昨シーズンの開幕直前。今シーズンからは完全移籍に切り替えた金崎は、いしつか常勝軍団に欠かせない存在となった。
相手ゴールに迫る迫力。何がなんでもゴールを決めてやるという執念。そして、何度も失敗してもすぐに気持ちを切り替え、最後に結果を出すプラス思考。若手が育っていくうえでも、金崎というお手本はいない。
「2点を取ることしか考えていなかった。優勝できたことが、何よりも嬉しいですね」
何か思うところがあるのだろう。一度決めたら梃子でも動かない金崎は、アントラーズに加入したこの2年間、日本代表での活動期間中を含めて、メディアの前でほとんど肉声を発してこなかった。
さすがに今シーズンの頂点を決める大一番では時間にして4分ほどながら、思いを聞くことができた。伝わってきたのは第2戦のマン・オブ・ザ・マッチへの、ましてや決勝のMVP獲得に対する喜びでもない。
エースと呼ばれる男が背負う責任感と、第1戦で左足首を捻挫しながらフル出場して、最後まで前線で貫いた献身的な姿勢。7シーズンぶり8度目のJ1年間王者獲得にアントラーズを導けた喜びが、試合後の取材エリアに漂っていた。
金崎夢生 参考画像(2015年4月7日)(c) Getty Images
金崎夢生 参考画像(2015年4月21日)(c) Getty Images
サッカー日本代表の金崎夢生 参考画像(2016年3月24日)(c) Getty Images
サッカー日本代表の金崎夢生 参考画像(2016年3月24日)(c) Getty Images