9月5日に行なわれた楽天vsオリックス戦(楽天生命パーク)で、楽天の2番打者として先発出場したスイッチヒッターの田中和…
9月5日に行なわれた楽天vsオリックス戦(楽天生命パーク)で、楽天の2番打者として先発出場したスイッチヒッターの田中和基は、"封印"していた右打席で2本塁打を放った。

希少なスイッチヒッターとして活躍する楽天の田中
田中は2年目の2018年シーズンに、105試合に出場して打率.265、18本塁打、21盗塁の成績を残し、新人王を獲得。だが、昨シーズンは開幕から不振に苦しむことになる。5月には左手の三角骨の骨折により戦線離脱を余儀なくされ、7月に一軍に再昇格したものの、不調のままシーズンを終えた(59試合に出場し、打率.188、1本塁打)
昨年は、「右打席は負荷がかかる」という理由からスイッチヒッターを一時封印し、左打者としてシーズンを過ごした。それだけに9月5日に田中が放った2本の本塁打は、「スイッチヒッター復活」を大きく印象づけた。
元来は右利きの田中が、俊足を生かすために左打ちへの挑戦を始めたのは小学生の時。その後、西南学院高校では甲子園出場は叶わなかったものの、珍しいスイッチヒッターの捕手として、対外試合で通算18本塁打を放った。
立教大学に進学して外野手に転向した田中は、大学日本代表に選出された活躍などが認められ、ドラフト3位で楽天に入団した。
「プロのスカウトに注目してもらいたい」という思いもあって、スイッチヒッターに取り組み続けたという田中。晴れてプロ入りを果たしたものの、レベルの違いに苦しんだという1年目には、どちらかの打席に専念することも考えたようだ。
それでも田中が左右両打席に立ち続けてきたのは、スイッチヒッターとして史上初のトリプルスリーを達成した松井稼頭央(現・埼玉西武ライオンズ2軍監督)と共に自主トレに励み、間近に練習に取り組む姿を見た経験が大きかったという。「尊敬している選手」と公言する松井と同じように、俊足で長打力を併せ持っているだけに、今後のさらなる活躍が期待される。
田中と同じく松井稼頭央の強い影響を受けているのが、西武の金子侑司だ。松井の現役時代には自主トレを共にし、今シーズンから松井の現役時代と同じ背番号7を背負う金子も、やはり俊足を生かすため、中学時代にスイッチヒッターに転向した。
プロ入り2年目の2014年には、当時西武の監督だった伊原春樹の意向によって左打席に専念したが、打撃不振に陥ったこともあってシーズン途中にスイッチヒッターに復帰。その後は2016年と19年に盗塁王を獲得するなど、西武のリーグ2連覇に貢献した。
野球のみならずオフにはバラエティー番組でも活躍する日本ハムの杉谷拳士も、スイッチヒッターとして存在感を増してきている。
名門・帝京高校で1年時から遊撃手のレギュラーを掴んだ杉谷は、甲子園に3度出場。投手と捕手以外のポジションをこなす器用さと足の速さを兼ね備え、さらにプロへアピールする目的で、高校2年の秋にスイッチヒッターに転向する。高校の1学年上の左打者、中村晃(ソフトバンク)の映像を繰り返し見ながら、左打席の練習に取り組んだという。
2008年に北海道日本ハムに入団。徐々に出場機会を増やしていき、2019年5月23日の楽天戦では、左右両打席で本塁打を記録した。今シーズンは海外FA権も取得したため、その明るいキャラクターを海外で生かす道を探るのかにも注目が集まる。
存在感を発揮しているのはパ・リーグの選手が多い印象だが、10月21日現在、日本のプロ野球界でスイッチヒッターとして登録されている17人(育成選手を含む)のうち9人がセ・リーグの選手だ。
若林晃弘(巨人)、植田海(阪神)、藤井淳志(中日)、アルモンテ(中日)などのほか3人が投手で、中には今シーズン途中からDeNAのクローザーを務める三嶋一輝の名前も含まれている。
小学校6年から両打ちという三嶋は、法政大学時代に両打席で長打を放つなどバットでの活躍も目立った。過去には、右打席に専念したシーズンもあったが、体を左右バランスよく使いたいという意向もあり、現在はスイッチヒッターとして登録されている。近年はリリーフを任されることが多く、この2年間打席に立っていないが、貴重な打席での勇姿にも注目したい。
選手がスイッチヒッターに転向する理由としては、「右打者が俊足を生かすために、より1塁に近い左打席にも立ちたい」「投手の利き腕に関係なく有利に勝負したい」といったケースが一般的だ。だが、プロの世界で両打席の練習をこなすことは身体的な負担も大きく、近年は減少傾向にある。
実際に、高校まではスイッチヒッターとして活躍していた筒香嘉智(レイズ)や福田秀平(ロッテ)は、プロ入り後に右打席を封印。左打者としてキャリアを積み重ねた。
プロ入り12年目の2017年に、打撃成績の向上を目的にスイッチヒッターに取り組んだ大和は、狙い通りにキャリアハイの(打率.280)成績を収めた。それでも翌年の横浜DeNAへのFA移籍を契機に、右打者に「再転向」。現在は右打者として出場を続けている。
過去には大和以外にも、菊池涼介(広島)、石川雄洋(DeNA)、江越大賀(阪神)などが、打撃力の向上や走力を生かすためにスイッチヒッターに挑戦したが、いずれも短期間で終了。理由としては、一軍の投手を打てるレベルに到達しなかった、などさまざまな声が聞かれる。
日本球界ではアマチュア時代からスイッチヒッターとしてプレーする選手が少なく、プロ入り後に挑戦する選手が多い。近年は地方でも人工芝の球場が増え、球足が速くイレギュラーな打球の変化が少なくなり、左打席でも内野安打になりにくいといったことが減少傾向に拍車をかけているのかもしれない。
記憶に新しいところでは松井稼頭央、西岡剛、フェルナンド・セギノール。さらに遡るとオレステス・デストラーデ、松永浩美、正田耕三、高橋慶彦などが、スイッチヒッターとして輝かしい成績を残した。挑戦にはさまざまな困難や苦労が伴うが、その優位性を活かして活躍する新たな名バッターの登場を期待したい。