引き分けに持ち込み、笑顔で整列する東大ナイン【写真:荒川祐史】 試合終了。その瞬間、東大ファンが埋めた三塁側の大歓声を浴びた殊勲の4年生には、こみ上げるものがあった。「今まであまりに苦しくて……。なんとか、引き分けに持ち込めることができたの…

引き分けに持ち込み、笑顔で整列する東大ナイン【写真:荒川祐史】

 試合終了。その瞬間、東大ファンが埋めた三塁側の大歓声を浴びた殊勲の4年生には、こみ上げるものがあった。

「今まであまりに苦しくて……。なんとか、引き分けに持ち込めることができたので、安堵して涙が出てしまいました」

 そう語ったのは、梅山遼大(4年)。連盟規定よる引き分けで得た「勝ち点0.5」の価値は、決して小さくない。

 土壇場でスコアボードに「1」が刻まれた。18日に行われた東京六大学秋季リーグ戦の立大戦、0-1で迎えた9回だった。1死から左前打で出塁した大音周平(3年)が次打者の初球で果敢に二盗を試み、見事に成功。2死となり、8番・梅山は打席で全神経を研ぎ澄ませた。

「無我夢中でした」。そして、カウント1-1からの3球目だった。

 立大のサブマリン右腕・中川颯(4年)が投じた内角カーブにタイミングを合わせ、上手く腕をたたんで振り抜いた。とらえた打球は右翼線へ飛んで落ちた。二塁走者・大音は悠々と生還。三塁側ベンチは今季一番の盛り上がりを見せた。

 “敗戦まであと2球”から放った同点タイムリー。梅山は言う。

「ここまで苦しい試合が続けていて、少ししかないチャンスだと思ったので。なんとか自分がチームのために一つ返さないと。前の打席で直球を打っている(右前打)ので、今度は変化球が来る。『絶対、打ってやる』という気持ちでした」

 梅山だけじゃない。チーム一丸で掴んだ「0.5」だった。

9回2死から同点二塁打を放ち、喜ぶ東大・梅山【写真:荒川祐史】

 今季、1回戦の先発は井澤駿介(2年)が務めていたが、この日は同じ2年生右腕の西山慧を抜擢。「西山が最近調子が良かったし、井澤を抑えにして使おうと」(井手峻監督)。その狙いが、ズバリとハマった。

 西山が2回1安打で無失点に抑えると、以降は9番の投手の打順が回る度に代打を送り、横山優一郎(4年)、小宗創、奥野雄介(ともに3年)が2イニングずつの継投。小宗が1点を失ったものの、最少失点でつなぎ、同点に追いついた9回は5人目の井澤が締めた。

 光ったのは、最上級生で固めた内野の堅い守備だ。遊撃・早川怜志を筆頭に、三塁・石元悠一、二塁・笠原健吾、一塁・武隈光希(いずれも4年)が難しい打球もあったが、8回まで14の内野ゴロを処理し、投手陣を盛り立てる。

 9回先頭で遊撃へのゴロを早川がはじき、この日初めて失策となったが、直後に二盗を試みた走者を捕手の大音が刺した。打線も4安打だった立大の倍以上となる9安打をマーク。互角以上の内容で、強力打線が売りの立大とドローに持ち込んだ。

二盗から梅山の同点打で生還した東大・大音【写真:荒川祐史】

 東大にとって引き分けは18年秋の明大戦以来、2年ぶりのこと。今年就任したばかりの井手監督は「小宗を(私が)救ってやれなかったけど、私が選手に救ってもらった」と逞しい選手たちを労った。

 光はドン底の中で見い出した。

 4か月遅れで8月に行われた春季リーグ戦は、初戦の慶大戦で9回までリードするなど奮闘。しかし、勝利となると遠く、秋も前週の早大戦は1-7、0-8で2試合とも良いところがなく完敗し、6戦全敗、連敗は「53」に伸びた。

 梅山が明かす。

「早稲田の2試合が結構、苦しくて。その後に4年生でこのままじゃまずいとミーティングしたんですけど、自分たちもまだまだ勝ちにもっと向かえるるんじゃないかと話し合って、それで……」

 発案者は早川だった。残りはあと2カード、焦りが生まれるのも無理はない。しかし、負けて落ちた視線で“できないこと”ばかりを見るるのではなく、負けてなお視線を上げて“できること”を見つめ直し、闘争心を取り戻した。

 梅山は「チーム全体で1球1球しっかりとやって、目の前の試合に向かっていこうという雰囲気になりました」と感謝する。

梅山の同点打に沸く東大ベンチ【写真:荒川祐史】

 これで今季は0勝6敗1分で勝ち点は消化試合の少ない立大(0勝4敗1分)と並ぶ「0.5」。ただ、その「0.5」を奪うことに目標があるわけじゃない。本来、狙っているのは「1」。すなわち、「勝利」である。

「せっかく来た流れを落とさないようにいきたいですね」と語った井手監督は19日の2回戦に向け、この日のような継投策の手応えについて問われると「今年は救援陣が良く頑張っているけど、また別に考えていることもある」と戦法の変化を示唆した。

 4年生にとっては、絶対に果たさなければいけない責務がある。

 最後に勝ったのは、17年秋に連勝で勝ち点1を獲得した法大戦。当時1年生だったメンバーが4年生になり、今の3年生以下は勝利を知らない世代になる。後輩たちが「東大で野球をやって勝つ喜び」を味わえないまま、卒業するわけにはいかない。

「勝って(4年間を)終わろうと言っているので。勝たないと終われない」と意気込む梅山は「『0.5』でも自分たちにとっては大きな前進だけど、明日につなげないことには『0.5』も取っただけで終わる。つなげられるように頑張りたい」と誓った。

 泣いても笑っても残り3試合。まずは「10.18」を特別な一日にするべく、東大ナインはまた神宮のグラウンドに立つ。


<Full-Count 神原英彰>