「卓球は回転のスポーツ」。よく言われるフレーズだ。卓球界にいる我々は何の疑いもなく“回転のスポーツ”と称している。回転がプレーに影響を与える部分が大きいからなのだが、実際のところ「あの選手のサーブは毎秒何回転」と具体的な数値で語られることは…

「卓球は回転のスポーツ」。よく言われるフレーズだ。卓球界にいる我々は何の疑いもなく“回転のスポーツ”と称している。回転がプレーに影響を与える部分が大きいからなのだが、実際のところ「あの選手のサーブは毎秒何回転」と具体的な数値で語られることはあまりない。

一方、例えば日本で人気の野球において、球速160kmといえば、そのピッチャーのボールはとても速いという共通の認識が存在する。

また、野球が“回転のスポーツ”と称されることは少ないものの、回転に関する指標が存在する。メジャーリーグではダルビッシュ有投手のナックルカーブの回転数が、1分間に2913回転しているなどの一部データが一般公開されている。⁽¹⁾

他のスポーツと回転数で比較したとき、卓球は胸を張って“回転のスポーツ”と表現できるものなのか調べてみた。(取材:槌谷昭人/ラリーズ編集長)

卓球の回転数を比較してみた

卓球Tリーグでは、ソニーイメージングプロダクツ&ソリューションズと共同で、回転を数値化し画面上に表示するという取り組みを2ndシーズン後半の一部試合で導入した。




写真:松平健太(T.T彩たま)のフォアドライブのrps/提供:ソニーイメージングプロダクツ&ソリューションズ

上記の画像は、元世界ランキング9位・松平健太(T.T彩たま)のフォアドライブの回転数を示すものだ。回転数は160rps。rpsとは「Rotations Per Second(1秒当たりの回転数)」であるため、松平のフォアドライブは1秒間に160回転していることが示されている。

松平のフォアドライブが160rps、中国香港のエース・杜凱琹(ドゥホイカン・木下アビエル神奈川)のYGサーブが32rpsということを参考に、他スポーツと回転量で比較してみよう。




写真:杜凱琹(木下アビエル神奈川)のYGサーブのrps/提供:ソニーイメージングプロダクツ&ソリューションズ

回転のイメージがないサッカーでは、トップ選手のボールの回転が4~10rps程度とされており⁽²⁾、卓球と比較するとかなり小さいことがわかる。また、ゴルフは、36~43rpsがドライバーショットの理想的な回転数と言われている。




写真:ダルビッシュ有/提供:UPI/アフロ

冒頭であげた野球はどうだろうか。ダルビッシュ投手のナックルカーブは1分間に2913回転、つまり1秒間の指標であるrpsに直すと48.55となる。杜凱琹のサーブよりは回転数が多いが、松平のフォアドライブの回転数の多さが際立つ結果となった。

卓球と似た競技であるテニスはどうだろうか。グランドスラム優勝回数歴代2位のラファエル・ナダルの平均トップスピンは1分間に約3,200回転、つまり53.33rpsという結果が出ている⁽³⁾。

数字の上からも卓球は“回転のスポーツ”と呼べる結果が示されたと言えよう。

rps開発のきっかけは松下前チェアマンの一言

“回転のスポーツ”卓球のスタンダードな指標になり得るrpsだが、これまで卓球界では測定できる技術がなかった。

そこのハードルを乗り越えたのが、ソニーイメージングプロダクツ&ソリューションズだ。同社システム・ソフトウェア技術センターシステムソリューション技術部の横山傑さんと服部博憲さんに開発秘話や今後描く未来を尋ねた。

――そもそもrpsの開発のきっかけは?
横山:ソニーの映像技術を使い、Tリーグを盛り上げられないかという話がありました。当時チェアマンだった松下浩二さんとのディスカッションの中で、「卓球は回転のスポーツである」と伺いました。

そこから回転というものを視聴者に伝えることができれば、面白いなと考えるようになり、弊社に秒間960フレーム撮れる放送用のスーパースローカメラ(HDC-4800)がありまして、そのカメラ技術と我々の画像解析技術を活用して、回転を可視化できないかと考えました。これがrps開発のきっかけです。




写真:石川佳純のバックドライブのrps/提供:ソニーイメージングプロダクツ&ソリューションズ

――カメラ技術と画像解析技術でどのように回転数を測るのでしょうか?
横山:詳しく言うと、画像認識を用いて、ボールのロゴの1回転を自動的に認識する技術です。

ロゴが一回転するのに何フレームかかったかを画像解析で計測し、rpsを出しています。それにはどうしても秒間1000フレームくらいとれるスーパースローカメラが必要になってくるということです。

――既存の技術を組み合わせたということでしょうか?
横山:もともとあった技術を組み合わせて作ったというよりは、ぴったりのカメラがあったので、それを用いて回転測定の技術を開発しました。つまり、画像解析については、回転を測ろうというプロジェクトがスタートしてから開発したものになります。

開発時の苦労秘話

――開発過程で苦労した点はありますか?
横山:Tリーグの会場が日本全国にあり、会場ごとに照明環境が全然違う。明るい会場もあれば暗い会場もあり、使われている電球も白熱灯であったりLEDであったりする。これによってボールのロゴの見え方が全然違ってきてしまいます。

そこを考慮して、回転数の精度を高めるというのが非常に難しかったというのがまずひとつあります。




写真:Tリーグは日本全国の様々な会場で実施される(写真は2ndシーズン開幕戦)/撮影:ラリーズ編集部

――どのように解決したのでしょうか?
横山:16倍速のカメラの特性を加味したアルゴリズムで解決しました。

また、回転認識の結果、例えば1秒間に40回転だとシステムのほうに出たとき、本当に正しいかのクオリティチェックを人間が簡単にできるシステムも取り入れています。

――他に苦労した点としては何がありますか?
横山:運用面で言いますと、卓球の試合は次のサーブがすぐに始まるなど展開が速い。

回転を認識して、スーパースローの映像に回転数の表示を高速に合成して、その結果を試合中のどのタイミングで流せばいいかが非常に難しい。Tリーグさんと相談しながら、試行錯誤を重ねました。




写真:サーブを繰り出す張本智和(木下マイスター東京)/撮影:ラリーズ編集部

――技術的には素早くほぼリアルタイムで出していける技術環境はあるんでしょうか?
服部:改善の余地があるんじゃないかと思っています。

そこから究極的に目指したいのは、ずっと回転数が出ている状態です。何回転で打ってそれを何回転で打ち返して、飛んでいく間にどれくらい減速してとか常に測定できるとまた見方も変わってくる。

誰々選手の回転は打ったあとなかなか減速しないとか、あるいは跳ねたあとにこれだけ変わるとかを見られると、非常に面白いし技術的にもやりがいがあるので、やりたいというのはありますね。

今後描く未来

――開発時や現時点での改良の話から少し変えて未来についても教えて下さい。これからのrpsがどういう風に浸透していってほしいという理想はありますか?
横山:まず、直近で広まってほしいのは、Tリーグの試合で導入され、実際に解説者が過去のデータを使って、今の回転はこのくらいすごいというのを伝えてもらう。これを卓球の試合のデフォルトにしてもらいたいというのがあります。

実際に回転数と回転のグラフィックを視聴者に見ていただいてますが、まだそれだけだとわかりづらい。ベテランの実況者・解説者にわかりやすく解説して頂きたいなと思っています。

――実際にトップ層でプレーしてきた解説者が、数値化された回転を取り上げて実体験も交えながら解説すると非常に面白そうですね。それに対する技術的な課題はありますか?
横山:やはり解析に時間がかかってしまうので、リアルタイムに解析・計測して解説してもらうというのが今後の課題になりますね。




写真:石川佳純のサーブのrps/提供:ソニーイメージングプロダクツ&ソリューションズ

――リアルタイムに回転数が見えれば、卓球の見方がガラリと変わって面白いですね。
服部:プロの世界での回転数が統計データとして溜まってくれば、アマチュアの人たちも、自分はどうだろうと試したり、楽しんでもらったりというのもこの先の展開として描いています。

今、スマホでも同じように秒間960コマとれるカメラが載っているものもあります。長い時間は取れないという制約はありますが、今から打つ、あるいは打った瞬間だけ保存しておくというような撮り方ができるので、楽しんでもらえるような未来になればと思っています。




写真:侯英超のカーブロングも160rpsを記録している/提供:提供:ソニーイメージングプロダクツ&ソリューションズ

現在、他競技も含めてスポーツとテクノロジーは加速度的に進化している。

卓球の「rps」という回転の指標が一般に浸透し、気軽に自分の回転数を語り合う未来が待ち遠しい。

文:山下大志(ラリーズ編集部)