ラグビー取材歴25年の吉田宏記者が考察、日本ラグビーはどこへ進むのか ラグビー・ワールドカップ(W杯)日本大会で、日本代…
ラグビー取材歴25年の吉田宏記者が考察、日本ラグビーはどこへ進むのか
ラグビー・ワールドカップ(W杯)日本大会で、日本代表がスコットランドに勝って史上初のベスト8入りを確定したのが昨年の10月13日。あの歴史的な楕円球の祭典から1年が過ぎた。W杯で過去にない国内での盛り上がりを目にした一方で、大会閉幕を待つようにパンデミックを巻き起こした新型コロナウィルスによる沈黙により、日本のラグビー界はわずか1年で天国と地獄を味わうことになった。
ようやく10月から大学ラグビー公式戦が始まるなど“日常”を取り戻そうとする中で、日本代表は今年の活動が全て中止となることも発表された。4強入りを目標に掲げる3年後の次回W杯へ向けた日本代表、そして新リーグ構想などポストW杯の新たな時代を迎えようとする日本ラグビーは、沈黙と再起の狭間で何を求め、どこへ進もうとしているのかを考える。
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横浜・日産スタジアムの熱気、東京・味の素スタジアムでの歓喜、そして釜石・鵜住居復興スタジアムの奇跡――。ラグビーに魅せられた人たちにとっては、昨日ような出来事だろうか、それともすでに忘却の記憶なのか。
1年前の今頃は、日本代表の驚くべき躍進と、連日繰り広げられた熱戦に日本中が沸き返っていたが、あの心躍るような喧噪はいま日本列島のどこにもない。10月4日に、ようやく大学公式戦が始まった。トップレベルの公式戦が開幕したことは朗報だが、関東大学対抗戦、リーグ戦両グループはおよそ52%が無観客試合。選手や関係者、ファンにとっても、かろうじて第1歩を踏みしめることが出来たという状態だ。
昨秋の祭典が日本ラグビーにもたらした遺産は、想像を遥かに越えるものだった。今まで多くの日本人が目にすることがなかった世界最高の技とパワー、緻密な戦術の上に、誇りをかけた激突がピッチの上で繰り広げられ、スタジアムはうねるような歓声と笑顔に包まれた。最前線のラグビーと最高峰の巨大スポーツイベントに、誰もが目も心も奪われた。
世界のラグビーを統括するワールドラグビー(WR)ですら想像できなかった成功を収めたW杯日本大会。しかし、南アフリカの優勝を待つかのように沸き起こった新型コロナウィルスの感染拡大が、世界を一気に塗り替えた。3月以降、世界の国際大会は軒並み中止が決まり、日本でもトップリーグ(TL)が2月23日の第6節を最後に中断された。当時は、参戦選手の薬物問題が理由だったが、そのまま再開されることはなく翌月23日に中止が発表された。
国内ではプロ野球、サッカーJリーグが6月に公式戦開催に踏み切った。海外では、スーパーラグビーがニュージーランド、オーストラリアなど国内限定で開催されるなど、段階的にラグビーが再開された。10月11日からは南半球で代表戦が始まり、ヨーロッパでも同月24日から6か国対抗ラグビー「シックス・ネーションズ」が再開、11月には8か国が参加する「オータムン・ネイションズ・カップ」が開催されるが、当初は参入メンバーだった日本代表は参戦を辞退。今年予定されていたすべてのテストマッチ、活動が見送られた。
すべては「安全」「感染対策」という言葉で片付けられてしまう状況ではある。自発的なものもあれば、出入国制限などの外部要因もある。日本代表なら、対戦する海外チームの来日にも制約があれば、海外遠征でも、万が一他国で試合を行うことができても帰国後の感染予防対策でチーム合流が大幅に遅れれば、来年1月に開幕するトップリーグでのプレーにも影響がでる。
その一方で、スポーツに関していえば、公式戦がないことほど訴求力を欠くことはないのは周知の事実だ。プロアマという範疇を問わず、現代のスポーツ界では、試合以外にも様々な取り組みを行い、その競技の魅力や個性を発信している。ネットやイベントなどの発信材料を駆使して競技の魅力を伝え、競技を超えて注目される選手がいれば、その選手を通じて情報発信をする。1つ1つの取り組みの積み重ねが、多くのファンを試合に呼ぶ手助けになっている。だが、そのようなコンテンツをどれだけ積み上げても、試合がファンや観戦者に提示する感動やダイナミズムに敵うものはない。
昨年のW杯の驚くべき成功を収めたラグビーならばなおさら、ファンに提供するべき最善のコンテンツは日本代表であり、テストマッチであることは明らかだ。このコロナ禍の中で代表戦がゼロになったという事実は受け入れざるを得ないとしても、では、試合が無くなった状況の中でラグビー界は何ができるのか、何をファンに提示できるのかを考える必要がある。
当然日本ラグビー協会でも、様々な発信を行い、新たなプランを練り続けている。9月14日のウェブ会見で、岩渕健輔専務理事は、こう語っている。
「試合以外の方法で、ファンの方々、応援してだいている方々に、繋がるようなことができるのかを(中略)、なんとか少しでもそういう形を、この秋も含めてやる方法を考えていきたいと調整を続けています」
W杯メンバーを交えたイベントなども検討される一方で、開催する絶好のタイミングを逃しているのも事実だ。ワールドカップ日本大会でロシアを倒して歴史的な快進撃の幕を開けたのが昨年の9月20日だった。決勝トーナメント進出が夢物語から現実的なターゲットに転じたアイルランド戦金星は同28日、スコットランドをしのいで歴史的な8強入りを決めたのが10月13日だ。これほど多くの説得力のある“記念日”が続いていたにも関わらず、今のところ日本協会と日本代表は沈黙したままだ。
もちろんSNSやウェブを通じた様々な催しが、W杯から1年というテーマのもとに行われてきているが、大切なのは1年前に日本人が得たラグビーへの共感を、どうやって蘇らせることができるのかだろう。そのような強いインパクトのあるメッセ―ジは、残念ながら今のところ発信されていない。
再建が決まっている秩父宮は本当に人工芝化して良いのか
「感染すること」よりも「感染させること」への対策が求められる状況下で、そう簡単に多くの人が交流するイベントを開催するのは容易ではないのは間違いない。協会やチームが慎重に判断をせざるを得ないことも十分に理解できる。それでも、可能性を模索しなければ何も起こらないし、1年前の力強いメッセージは日を追うごとに忘却の中に埋没してゆく。
コロナ禍の緊急対策として使われるようになったウェブを使った通信、コミュニケーションツールだが、以前なら全員が集まらなければ実現しなかったイベントも開催可能になるという恩恵が生まれている。日本代表選手が一同に集まらなくても、多くの選手、スタッフが参加して、ファンやファン以外も巻き込んだ交流は可能なはずだ。
4日の関東大学ラグビー開幕日には、人数制限の下で東京・北青山の秩父宮ラグビー場に4260人のファンが集まった。この現実を考えれば、感染のリスクはゼロではなくても、人が集まるイベントの開催も検討する余地はあるだろう。
理想的なのは、W杯から1年、しかも大学公式戦前という日本ラグビーの再出発のタイミングで、W杯日本大会終了後の昨年12月11日に行われた日本代表選手によるパレードのようなビッグイベントだった。専務理事も開催を目指している年内のイベントが、パレードに負けないインパクトと発信力を持って実現することを期待したい。
国内大会のこれからを見ると、2022年1月には現在のトップリーグ(TL)に代わる新リーグ発足を準備している。しかし、その概要発表も後手を踏んでいる。構想を実現するために今年1月には「新リーグ準備室」を発足させ、数か月に1度のペースでメディアブリーフィングを開催するなど情報発信、準備過程の透明化を図っていることは評価できる。
しかし、従来のTL以上に発信力を持たせたい大きな事業であるにも関わらず、15か月後に開幕することを考えると、ファンや市民を惹きつけるような情報発信が少なすぎる。いまだにリーグ名称すら発表されていないのが実情だ。昨秋のW杯で高まった国内のラグビーに対する熱気の継続、そして、さらなる関心度アップを踏まえれば、この新リーグも重要な発信材料なのだが、現時点では、その役割を十分に果たせていない。今すぐにでも、このリーグが何を目指し、どんな恩恵をもたらすのかをファンに示す必要があるのではないだろうか。
W杯では会場からは漏れたが、いまでも日本ラグビーの聖地と謳われる秩父宮ラグビー場も、大きな変革期を迎えている。オリンピック東京大会前に発表された神宮外苑一帯の再開発計画で、現在の神宮第2球場付近に移転して再建されることが確定している。オリンピックの1年延期で、建設計画も遅延、修正を余儀なくされているが、現時点では秩父宮という名称とラグビーの聖地という位置づけの継承と同時に、「多用途で利用可能な施設にする」ことを重視する指針を設計計画に盛り込む方針が確認されている。
しかし個人的には、この多用途で使用するという部分が大きな問題だと考えている。ラグビーの聖地でありながら、多用途を求めるということが意味するのは、試合開催日以外にラグビー以外のイベントを開催することで収益性を求めていくことを意味している。具体的には、コンサートなどの開催が考えられているはずだ。現代のスポーツビジネスを考えれば、スタジアムに収益性を持たせることは当然のことだ。そして、収益性を重視するためには、この聖地が人工芝化されるのはほぼ確定と判断せざるを得ない。
9月16日のウェブブリーフィングで、岩渕専務理事は天然芝か人工芝かについて「色々な議論がなされているが、人工芝化については、国際的な試合が行えるならばという形であればということで、協会の中では前向きな話はしている。最終的に(人工芝化)するのであれば承認するということになっている」と説明している。一方で「人工芝にしていいということにはなっていないので、まだ議論するという段階にあると考えている」「歴史的な経緯もある。ラグビーの聖地としての専用スタジアムということでお願いもしている」とも付け加えているが、関係者への取材では、2018年には協会首脳の中で「政府側からの“収益性を踏まえて稼働率を上げる”という要望を踏まえた人工芝化はやむを得ない」という確認がされていることがわかっている。
現在、秩父宮を管理するのは日本スポーツ振興センター(JSC)だ。新秩父宮の発注元でもある。このJSCと共に、東京都や文科省などが参画して再開発計画を進めているのだが、これらの諸団体が優先するのは、当然のことながら効率性と収益性であり、人工芝化に異議を唱える団体はないはずだ。唯一、天然芝も検討するべきだと進言できるのはラグビー協会しかないが、先に書いたように実質上、人工芝化を容認しているのだ。もちろん読者の中でも人工芝化に賛同する方も少なくないだろう。合理的に考えれば当たり前だ。だが、2015年W杯で活躍した五郎丸歩(ヤマハ発動機)の言葉を思い出してほしい。W杯で時の人となった五郎丸が、様々な場所で発言したコメントの中で何度も力説したことがある。
「日本にラグビー文化を根付かせたい」
五郎丸たちの2015年の活躍が日本にラグビー文化の種を植えたとしたら、4年後の日本大会での躍進こそが根付かせる過去にないチャンスのはずだ。断わっておくが、五郎丸は人工芝と天然芝の良し悪しを述べているのではない。だが、多くの人に愛され、共感される時代を迎えたはずの日本のラグビー界で、ナショナルスタジアムが人工芝では、W杯で誰もが予想しなかったほどの成功を収めた意義や恩恵はどこにあるのだろうかと考えてしまう。世界各国のナショナルスタジアムを見ても、トップ10に入るようなチームで天然芝の本拠地を持たない国はない。
コロナ禍の中で…3年後のW杯へ今できることとは
もし、合理的な判断で、人工芝の聖地を容認するのであれば、日本ラグビー協会の理念はどういうものなのだろう。
人工芝問題は、問題の一端に過ぎないのかも知れない。2019年を境に日本列島で想像を超える支持を得たラグビーが、どのような価値観や理念を国民に発信していくかは、国内のスポーツの中で、どのような存在感を示していくのかに繋がるはずだ。
では、日本代表の“これから”はどうなるのだろうか。
以前のコラムで書いたように、次回W杯までに残された時間をどう有効に使うかが、チームおよび日本協会に課せらてた宿題のようなものだ。その意味でも、来年の活動再開は重要な挑戦になる。
コロナ感染悪化による大幅な変更がないことを前提に、すでに発表されているトップリーグの公式戦日程(第2ステージ以降未定)を踏まえると、日本代表の強化が本格的に始まるのは、中止前に予定されていた今季と同じ6月初頭になる。代表戦も同月最終週から始まると考えていいだろう。
日本代表を率いるジョセフHCは、昨年のW杯へ向けた強化の中で、何度かのミニ合宿を行っている。TL期間中の公式戦がない週に4日ほど候補選手を招集して1歩でも強化を推進したかったからだ。贅沢をいえば、来年のTL期間中にも、このような短期合宿を導入したい。シーズン中に選手の強化を進めた中で6月の合宿を迎えることが出来れば、強化を効果的に促進できるからだ。
日本代表は、コロナ感染の影響で活動が中止されている間にも、選手個々にトレーニングメニューを与えてコンディション維持、強化を図ってきた。9月14日のウェブ会見でジョセフHCは、そのリモートトレーニングの効果を「選手はコンディションを維持しようという気持ちが非常に高かった、W杯後というのは、なかなかそういうマインドセットが難しい。そんな難しい状況の中で、選手たちがとても一所懸命取り組んでくれた姿勢を見れたことは、とてもポジティブな材料だった」と高く評価している。
W杯で代表チームの躍進を支えた日本選手の勤勉さは、アスリートにとって厳しいこのような自粛期間にもプラスに働いていたのだ。この勤勉さを活かせば、TL期間中の選手強化にも役立つ期待は高いのだが、理想をいえば定期的に集まり、リモートでの強化の確認とリモートでは出来ないメニューを消化したい。
このような短期合宿を実現するには、選手のコンディションを慎重に見定める必要がある。第2ステージ、プレーオフの日程が未確定のTLで、選手に過度の負担を与えずに合宿を行うことが可能なのかが重要だ。代表選手の大半が所属するTLチームの現状を見ると、コロナ禍でようやく本格的な強化が始まった段階だ。1月開幕という馴れない日程も含めて未知数の要素が多い中でスタートするTLにおいて、選手のコンディショニグ、疲労度を細かにチェックし、見極めることが必要だろう。
今季中止された日本代表戦を見てみるとウェールズ、イングランド、スコットランド、アイルランドと、現在の世界ランキングで日本より上位の強豪とのテストマッチが組まれていた。WRがマッチメークの主導権を握る昨今であれば、おそらく2021年の代表戦も、その多くは内定していたのは間違いない。日本代表も、対戦の可能性が報じられるニュージーランド代表や、ブリティッシュ・アイリッシュ・ライオンズなどのような、今季対戦予定だった相手と同等な強豪とのカードが組まれるはずだったのだろう。
しかし、現状のように多くの試合が中止、ペンディングされる状況下だからこそ、日本協会には交渉力が求められる。今年開催予定だったカードの再戦、もしくは最低でも同等レベルの強豪国とのテストマッチを確保するためには、対戦するべき強豪国とWRへの積極的なアプローチが欠かせない。来年以降、通常の年2回の代表戦期間が再開されると想定すると、日本代表がW杯プレ・イヤーまでに組めるテストマッチは2021、22年の合計16試合だ。この試合数が強化に十分なのか、足りないのかは代表首脳陣が組む強化プラン次第だろう。だが、もし不十分であれば、エキストラの試合をどう組んでいけるのかを考える必要がある。
現時点ではSFのようなアイデアだが、日本国内と国際試合のカレンダー双方を見ると、参加出来る可能性がある国際大会として南半球のラグビー・チャンピオンシップ(RC)が浮かび上がる。
参加国は、昨秋の日本大会を含めた過去のW杯全9大会中8大会を制した南アフリカ、ニュージーランド、オーストラリアにアルゼンチンを加えた南半球4か国。世界最高峰の国際大会といっていい。日本にとっては地球の裏側だが、大会を運営するSANZAARは日本のサンウルブズが今年まで参戦してきたスーパーラグビーの運営元でもある。日本協会内でも交流を続けてきた経緯がある。ここ数シーズンRCが開催されてきた8月~10月前後は、日本代表メンバーにとっては所属チームによる拘束が少ない時期でもある。
もちろん、日本の事情以上に南半球の4か国が参入を許すのかが最大の争点になるのは間違いない。今なら、このプランは机上の空論に過ぎない。それを現実の議題にするためには、当該国はもちろんだが、統括団体としてのWRの理解・支持を得るための交渉力がカギを握ることになる。日本の参戦が南半球4カ国にどのようなメリットをもたらすのか、日本代表を参入させることが世界のラグビーの発展にどう寄与するのかを、完璧に理論武装して訴える必要があるだろう。
国内でも国際舞台でも、日本ラグビーが新たな時代を迎えようとしていることだけは間違いない。そこにコロナ感染という変化も強いられている。このような激動期だからこそ、ここまで述べてきた、日本ラグビーがどのような理念に基づいて、新たな目標を掲げ、実現していくのかを考える必要があるはずだ。変化に伴う様々な難局を乗り越え、進化を続けるためには、骨太で、揺るぎのない“羅針盤”が欠かせないだろう。(吉田 宏 / Hiroshi Yoshida)
吉田 宏
サンケイスポーツ紙で1995年からラグビー担当となり、担当記者1人の時代も含めて20年以上に渡り365日欠かさずラグビー情報を掲載し続けた。W杯は1999、2003、07、11、15年と5大会連続で取材。1996年アトランタ五輪でのサッカー日本代表のブラジル撃破と2015年ラグビーW杯の南アフリカ戦勝利という、歴史に残る番狂わせ2試合を現場記者として取材。2019年4月から、フリーランスのラグビーライターとして取材を続けている。長い担当記者として培った人脈や情報網を生かし、向井昭吾、ジョン・カーワン、エディー・ジョーンズら歴代の日本代表指導者人事などをスクープ。