敦賀気比の笠島尚樹は、1年夏、2年夏と甲子園のマウンドを経験するなど、県内では無敵の存在だ。そして今年の夏も、やはり負…

 敦賀気比の笠島尚樹は、1年夏、2年夏と甲子園のマウンドを経験するなど、県内では無敵の存在だ。そして今年の夏も、やはり負けなかった。

 福井県の独自大会決勝の福井工大福井戦。先発のマウンドに上がった笠島は先頭打者に安打を許したものの、後続の打者を打ち取り無失点で切り抜けた。

 以降も4試合で37得点の相手にまともなバッティングをさせず、内野ゴロの山を築いた。8回に連打を浴びたが、相手の盗塁ミスもあってピンチを脱した。結局8回を投げて4安打無失点。9回にリリーフした松村力が1点を失うも、敦賀気比は3年連続で夏の頂点に立ち、笠島は有終の美を飾った。



1年夏、2年夏と甲子園のマウンドを経験している敦賀気比の笠島尚樹

 2年生だった昨年夏、笠島は自己最速となる145キロをマークして一躍注目を浴び、プロのスカウトからも熱視線が注がれるようになった。だが笠島は、凄みのあるボールがあるわけでもなく、179センチ79キロと大きい部類には入らない。そんな笠島の魅力を東哲平監督は次のように語る。

「スピードは最速145キロですが、球威よりもキレやコントロールで勝負するタイプ。ゾーンに入った時のボールは、高校生ではなかなか打てない。まだ細いですが、体ができてくればもっとすごいピッチャーになる可能性は十分にあると思います」

 指揮官が絶賛するストレートは、スピード以上にキレを感じさせる。しかも手元で微妙に動くため、打者にとっては極めて厄介なボールとなる。「肩甲骨から先のしなりで投げられているからだと思います」(笠島)と語るように、特有のヒジの使い方がこのキレを生むのだ。

 昨年秋の北信越大会では、バッテリーを組む御簗龍己(おやな・りゅうき)をはじめ、同年夏の甲子園メンバーが多く残り優勝候補の一角に挙げられていたが、準々決勝で日本航空石川に打ち込まれ、センバツ出場は絶望的となった。

 そこから夏の甲子園だけに目標を定めたが、大会は中止。「かなりショックだった」と語るように、心が折れそうになった時もあったが、寮に残り黙々と練習に励んだ。

 例年なら4〜5月に春季大会があり、練習試合を挟みながら5月から6月にかけて追い込み練習を行なう。その後、夏の大会直前の7月上旬に練習量を落とす、いわゆる調整期間を設けてから夏の大会に挑む。

 だが、今年はコロナ禍の影響により、5月はほとんど追い込めず、6月以降集中的に練習し、調整期間をほとんど設けないまま大会に突入した。そのため疲労が残り、笠島の調子はなかなか上がらなかった。

 初戦の三国戦は、序盤から相手打線につかまり4回を投げ3失点。続く羽水戦では7回で11三振を奪ったが、7安打を許し2失点。準々決勝の啓新戦では12安打を浴びた。「いつもと違う状態で夏を迎えたのでバテやすかった」と本人が語ったように、本調子とはほど遠い内容のピッチングが続いた。

 それでもきっちりまとめられるのが笠島のポテンシャルの高さだ。東監督は言う。

「大会を通して調子はよくなかったです。でも、準決勝、決勝と点を取られなかったのは、さすがでした」

 笠島は「エースである以上は、どんな状況でも抑えないといけない」と力強く語った。

 初めてエースナンバーを背負った昨年春の北信越大会では、決勝で星稜の奥川恭伸(現・ヤクルト)と投げ合った。

「ああいうピッチャーがドラフト1位でプロに行くんだと痛感させられました」

 スピード、コントロール、そしてゲームメイクと、すべてが高校生離れした奥川のピッチングに笠島は大きな刺激を受けた。奥川は1点を失うも11奪三振、完投勝利。笠島も8回を投げ2失点と粘投したが、「ピッチングの内容は違いすぎます。奥川さんと終盤まで投げ合って、学ぶことばかりでした」と振り返った。

 それでも超高校級の投手と投げ合えたことで、プロへ挑戦したいという思いも強くなった。独自大会を終えても、笠島はグラウンドに来て練習を続けている。

「将来はどんな状況になっても勝てるピッチャーになりたいです」

 そう意気込みを語る笠島は、静かにドラフトの日を待つ。