後半ロスタイム。慶大のペナルティキックはインゴールの向こう側に飛び、タッチインゴールと判定される。 わずか2点リードの早大は、慶大が蹴り始めた自陣10メートル線付近右でスクラムを獲得。命拾い。なんとか逃げ切りたい桑野詠真主将は、そのスクラ…

 後半ロスタイム。慶大のペナルティキックはインゴールの向こう側に飛び、タッチインゴールと判定される。

 わずか2点リードの早大は、慶大が蹴り始めた自陣10メートル線付近右でスクラムを獲得。命拾い。なんとか逃げ切りたい桑野詠真主将は、そのスクラムを組む味方FWを集め、冷静にこう話したという。

「スクラムは、押すよりもボールを出すことを重視で、と。押す時とボールを出す時では、足の位置などが微妙に違うので、その確認を…」

 着実なボールキープを経て、味方BKがラックを形成。最後は交代出場のSO、横山陽介がボールを外に蹴り出す。25-23。早大が薄氷を踏む思いで白星を手にした。伊藤雄大スクラムコーチに指導される右PRの千葉太一も、こう安堵した。

「押すというより、我慢して耐えるというイメージ。全然、怖くはなかったです」

 2016年11月23日、東京・秩父宮ラグビー場。「早慶戦」こと慶大戦を経て、早大は関東大学ラグビー対抗戦Aの戦績を5勝1敗とした。

 その日の夜。記者会見と交歓会を終えた山下大悟監督が、改めてゲームを振り返った。

「(ピンチや失点シーンの)前の前の現象、起点はどこかをしっかりと観る。そうすると、『こうなったら弱い』という部分がはっきりする」

 早大は試合を通し、いわば相手との「車間距離」を詰めていた。かねて注力する組織防御を徹底し、ボールをもらう前の慶大のランナーへ鋭くプレッシャーをかける。それで相手のミスを誘い、接戦の一因とした。

 もっとも、そのシステムの背後にもろさが見られたか。前に出たタックラーの死角へパスやキックを通されては、しばしピンチを招いた。

 一般論として、鋭く飛び出す防御システムを採用する場合は、その裏にキックやパスを通されるリスクがついて回る。さらに早大ではしばし、後方のカバーも義務付けられるWTBの防御が前方中央方向にせり上がっていた。飛び出すことによるデメリットの発生は、割り切っているようでもあったが…。

「いや、そんなことはない」

 山下監督は首を横に振り、改めて思案する。

「スペーシングと前に出るところとのバランスだと思うんですけど…うーん、どうですかね」

 デメリットの発生を割り切っているのではという問いは、「前に出るところ」の背後を守備列に入っていない選手の懸命なカバーを期待しているのでは、という仮説でもあった。

 一方で、指揮官の言う「スペーシング」とは守備列の人数を整えることで、「前に出るところ」はパスの出どころへタックラーが飛び込む動作を指していよう。

 今回、第一に「スペーシングと前に出るところのバランス」という言葉を発した山下監督は、「前に出るところ」の裏側を攻略される以前の局面を注視していた。観ていたのは、それよりも前の場面で最初にタックルする選手がランナーを倒しきれなかったところ。タックラーが相手を倒しきる動作を「テイクダウン」という専門用語に変換し、自らの視座を説明した。

「あらかじめテイクダウンさせるべきところで1人、2人とかわされて、テイクダウンするのが3人目になった。そこで(周りの選手が)予測したところに立てない、次のところで後手を踏む」

 特に、その「テイクダウン」が「3人目」になった場面は、大抵、「アンストラクチャー」と呼ばれる両陣営のシステムが整っていない時だとも言った。

「アンストラクチャーから崩されることが多い。アンストラクチャーからのディフェンスに、もう少し注力しないといけないかな、と」

 確かにこの日は、「アンストラクチャー」の局面で後手を踏んでいたか。慶大のWTBである金澤徹、FBに入った丹治辰碩は、深い位置からどんな場所からでもボールを持ってアタック。ここで早大は「1人、2人」のタックルを外されると、想定外の事態に周りの選手の守備網形成が遅れた。結果、徐々に自陣へ押し込まれた。

 前半11分の失点シーンも、この論旨で片付きそうだ。

 自陣22メートル線付近左。PRの千葉が「最初は自分たちの形ではない組み方をしてしまって、ペースがつかめなかった」と振り返る自軍スクラムをターンオーバーされる。そのまま慶大NO8の鈴木達哉主将に大きく突破される。ここから逆側へ大きく振られ、右タッチライン際の攻略を許す。続いて慶大がラックを連取する。

 それに対して防御網を張ろうとした早大だったが、ここで1人、2人とカバーが遅れたか。最後は背後にキックを通され、慶大の好調なWTB、金澤がインゴールを破った。

 ここでも結果的には「前に出るところ」の背後を取られたが、きっかけはスクラムからのボールを失ったことだった。もともと攻撃ラインを用意していた選手が慶大の鈴木主将に対応しきれなかったことが、その後の防戦一方を招いていた。

「そこらへん(の対策)は、これからの高強度な練習でやっていくしかない」

 ここまでの話で言えば、「1人目」が精度の高いタックルで「テイクダウン」を決めればかなりのピンチを防げるということになる。「起点はどこかをしっかりと観る」の論旨に基づき、改めて言った。

「で、その1人目が外されるのはどういう状況かというと、相手にボールを渡してしまったアンストラクチャーでの場面が多い、ということですね」

 チームは春先から「スクラム」「ブレイクダウン(肉弾戦)」「チームディフェンス」に強化ポイントを絞り込み。各項目で必要なスキルやテクニックを「ロジカルに落とし込んでいる」と強調してきた。その意志は11月6日、秩父宮で帝京大に3-75と大敗した時も変わらなかった。

 早慶戦時の「アンストラクチャー」の話題に触れた時、こんなふうにも言っていた。

「帝京大戦も、同じです。結局、ウチが6割方ボールを持っていた。ただ、そのボールを獲られてアンストラクチャーの形になった時に…(大きく崩された)。アンストラクチャーの状態から、いかにストラクチャー(想定通り)のディフェンスに持って行くか。(今後の焦点は)そこ、ですね」

 数日が過ぎた。きっと東京・上井草の早大グラウンドでは、より詳細なレビューをもとにした練習計画が実行されているだろう。もっとも、守備整備への方向性に大幅な変更はなさそうだ。

 12月4日、早大は明大との「早明戦」に挑む。ここで対抗戦日程を終えれば、大学選手権に参戦。見据えるは、7連覇中である帝京大へのリベンジだ。(文:向 風見也)