「明日へのエールプロジェクト」の一環で、学生とアスリートが今とこれからを一緒に語り合う「オンラインエール授業」。 第32回目の講師は、5歳の頃から柔道を始め、高校時代はインターハイ団体・個人の部で優勝、2001年~2003年には全日本選手…

「明日へのエールプロジェクト」の一環で、学生とアスリートが今とこれからを一緒に語り合う「オンラインエール授業」。

第32回目の講師は、5歳の頃から柔道を始め、高校時代はインターハイ団体・個人の部で優勝、2001年~2003年には全日本選手権で3連覇を達成。1991年、2001年、2003年の世界選手権100キロ級で優勝。2000年のシドニーオリンピック100キロ級で金メダルを獲得するなどの輝かしい成績を残した。2008年には第一線を退き、現在は柔道全日本男子の監督を務める井上康生さんだ。

現役部員約60名や顧問の教員が集まり、今のリアルな悩みや質問に答えた。

「自分の夢や目標は、人に何を言われようが関係ない」

まずは井上さんさんの高校時代の話題に触れると「自分自身の大きな夢や目標は柔道家として大成したいという思いだった。高校に入った時には日本一になりたかった」と高校時代の志が今につながっていた。大学時代はオリンピックや世界選手権への出場が手に届く状況でもあり「世界最高峰の柔道家になりたいと強烈に意識しながら日々努力をしていた」と当時を回顧。

真摯に柔道と向き合った競技者時代を振り返ってみる中で「まず目標や理想を掲げ、それを具体的に分割していきながら1つ1つをクリアーしていくことの重要で、それがブレていると方向性が分からなくなってしまう。『夢や目標は人に何を言われようが関係ない』と思っている。大きいことを言って『お前にできるのか』と言われても、自分が掲げたものを信じて全力で努力をすることが夢や目標を達成する力を身に付けるものだと思っている」と、ゴールを目指し突き進んで行くことの大切さを語りかけた。

そしてオンラインエール授業は、「技術」、「メンタル」、「将来」をテーマに、参加した高校生の質問に井上さんが答えるコーナーへ。

明日からもっと上手くなるための技術面の質問では、背負い投げに関する内容のものが多く寄せられていた。

そのなか「背負い投げは得意だが、相手が邪魔をしてきた時にうまく背負いに入れない、その時に相手をズラすなどのコツは?」と訊かれると、井上さんは「自分が一番最初に習った技が背負い投げや大外刈りだったが、背負い投げはあまり取り組んでいなかった」と言う。しかし「全日本選手権100キロ級で必ずチャンピオンになることを目標にしていた。体の大きな選手に対しては内股や大外刈りでは限界があると感じて、かつぎ技が大事になると考え、高校時代から背負い投げを取り組み始めた。この武器があったからこそ世界でも全日本選手権でも優勝する力を身に付けることが出来た。今からでも遅くはない。自分の柱になるものと武器をたくさん持っていた方が、対戦相手やシチュエーションにおいて、しっかりと対応ができる」と力強く語った。

その後も、連続技で相手をスライドさせること、低い背負い投げ、高い背負い投げなど、具体的な例をたくさん挙げたほか、画面越しに背負い投げに入っていく技術を惜しみなく伝授した。

「一流の選手ほど、しっかりした技をもっているし、武器を出す前の動きが凄く上手。例えば内股をかける時に、相手が防御する中でかけられない。それを崩して内股をかけやすい状況を作り出す動きが、一流の選手ほど上手。ただ技をかけるのではなく、その前の段階作りを研究すると変わるかもしれないので頑張って努力して欲しい」と、大きな財産となるであろうアドバイスを送った。

「自分が進化するために、失敗や変化を恐れないこと」

次に、明日から強くなるための精神的な質問では「ウォーミングアップまではイメージが出来るが、いざ試合前になると体が思うように動かなくなり、頭が真っ白になってしまう」という悩みに対しては、質問した高校生と対話を重ねながら、できる限り具体的に答えたいという井上さんの真摯な気持ちが伝わるものだった。

「『アップ時にシチュエーションを重ねて準備をする』と話してくれたが、それは大事なことで、ただ打ち込みをして、ただ投げ込み、ただ息を上げて、終わりにするケースも見受けられるけども、しっかりと対戦相手を考えてアップをするのか、もっと言うならば1回戦のアップと試合に勝ちがっていく時のアップは全然違うと思うけれども、それを考えてやっているかで、試合に対するパフォーマンスは変わる」と話す。

井上さんは、日本代表選手にも、その部分を意識づけさせているとのことだ。「試合で考えられるシチュエーションをすべ想定して臨む。負ける場面や失敗する場面を考えてしまうことで緊張をしてしまうと思う。練習の段階から、いかに準備をして試合に臨むかでパフォーマンスは違ってくる。『こういう試合をしたい、こういう柔道家になりたい』という理想を掲げ、それに向かって努力していくことがとっても大事なこと」と試合に向けた準備の大切さを語ると、「例えば音楽を聞くこと、同僚や先生とリラックスできる会話をすること、また代表選手でも、会場に入った時に“ここだ”という視点を決め、試合前にそこを確認して『今、落ち着いているな、冷静だな』と確認して試合に臨むなど色々と試している。工夫次第で変わってくると思うので、試しながらやって欲しい」とアドバイスを授ける。

そして、高校生の背中を優しく押すように「そのことによって変化が起きることもあるが、自分自身が進化をするためには、失敗することや変化することを恐れないことが凄く大事。やる前から恐れていては、やりたいことや取り組もうとすることに躊躇が生まれてしまう。失敗や挫折を乗り越えた後に、人は格段に成長をする」と自らの思いを伝えた。

ここで井上さんは高校時代に経験した挫折から這い上がるきっかけとなったエピソードを話す。「高校1年生の時から団体戦のメンバーで全国優勝をさせてもらい、高校2年生の時は、オール一本勝ちで個人戦で優勝をした。しかし、キャプテンとして挑んだ高校3年生の時は県大会で敗れて(インターハイ団体・個人とも)全国大会に出場できなかった。負けた理由については、調子に乗っていた部分もあったと思うが、何よりも自分の最大の武器である『攻撃柔道』を躊躇している自分がいた。負けたことで自分の柔道は『攻撃的柔道』だとあらためて気付き、一本を目指すことが自分の柔道だと再認識をし、コツコツと努力をして乗り越え、さらなる成長を勝ち取ることができた」と、苦しい経験も成長につながる大きなエネルギーになることを説いた。

最後に進路や将来を取り上げるコーナーでは「将来や進路が決まっていない状態で焦りを感じている。井上さんは将来についてどう決めたのか?」という質問が飛ぶと、井上さんは「自分の人生観において『柔道でチャンピオンになりたい』という明確で大きな目標があった。宮崎県で生まれ育ち、中学3年生の時に柔道の強豪校である東海大相模高校への柔道留学を選んだ。高校3年の時に東海大学で学ぶことが自分を成長させ、伸ばしてくれる場所だと思った」と自らの選択で進路を決断したことを話した。

自分が、どういう柔道家になりたいのか、どういう人間になりたいのか、どういう仕事に就きたいのかを整理することが、進路に迷った時こそ必要となっていく。

それと同時に、井上さんは人生は選択の連続でもあり、自分が決めた道を揺るぎなく進むことの大切さを口にする。

「みんなの人生において、色々な決断や選択を迫られる時もあると思うが、最終的に大事なのは自分自身で決めること。周りからのアドバイスはもちろん大事で、それを受け止めながら、最終的に自分で判断をし、その扉を開いて進むことが大事だと思う。これまで色々な高校や大学、企業に声をかけてもらい、周りにも相談をしたが最終的には自分で決断することで覚悟を決めることできた。自分自身で決めたからこそ『やってやろう』という気持ちになれると思うのでブレずにいて欲しい。自分を見つめ直すことで自分の強みや武器は何かを認識して、どこに進むかを選択枝として見ることができるので、それを忘れずに進路を考えて欲しい」と言うと、耳を傾けていた高校生らは大きく頷いていた。

井上康生が語る“明日へのエール”

最後に井上さんは“明日へのエール”として「試合がなくなり、苦しい状況の中で過ごさなければならなかったことは大変だったと思う。自分が高校3年の時にインターハイに出場できなかったことより辛かったと思う。なぜなら自分は戦えたが、みんなは戦えずに終わってしまった。私自身が想像する以上の辛さだったと思っている。ただ、これまで築き上げたことは消えることはないので誇りに思って欲しい。人間は嫌なことや辛いことは忘れたがるものだが、コロナ禍での生活を忘れないでもらいたい。この経験が新たなエネルギーとなり変わってくると思うし、苦しみや辛いことを乗り越えた先に人間の真価は出る。この経験を忘れずに次に生かすことがとても大事。これほど大変なことを味わったのは私たちだけだが、変えられることではないので受け止めるしかない。ここから、どう行動をするかで、明るい未来を切り開いていけるかの差が出ると思っている。私は明るい未来がやってくると思い日々を送っているし、みんなも強い気持ちを持って頑張ってもらいたい」と夏の大舞台を奪われてしまった高校生に鋼をも溶かすような熱いエールを送った。

そして、オンラインエール授業の締めくくりとして井上さんを囲んで参加者と笑顔でガッツポーズを取り、記念撮影をし、オンラインエール授業は終了した。

今後もさまざまな競技によって配信される「オンラインエール授業」。

これからも、全国の同世代の仲間と想いを共有しながら、「今とこれから」を少しでも前向きにしていけるエールを送り続ける。