ペップ・グアルディオラはアルゼンチンの監督になっていたかもしれなかったが、最終的には交渉にさえ至らなかった。アルゼンチン…
ペップ・グアルディオラはアルゼンチンの監督になっていたかもしれなかったが、最終的には交渉にさえ至らなかった。アルゼンチンサッカー協会(AFA)のクラウディオ 'チキ' タピア会長が『ESPN2』にそう説明した。
サントぺドール出身のグアルディオラは、ホルヘ・サンパオリ監督を解任するために噂にあがったコーチ陣の一人だったが、最終的には現監督のリオネル・スカローニ氏が選任された。
それは、アルゼンチンにとってあまり良い記憶でない2018年のロシアW杯の後に起こった。アルゼンチン代表"アルビセレステ"はベスト16を決める試合で、この大会の王者となるフランスに敗れ、その後、サンパオリの交代が決定した。マルセロ・ガヤルド、ディエゴ・パブロ・シメオネ、マウリシオ・ポチェッティーノなど何人かの名前が挙がっていたが、アルゼンチン人監督以外の代役も考えられており、彼はFCバルセロナの歴史上、最高の時代の一時代を築いた監督だった。
「最初の瞬間から、我々は彼の代理人である兄弟の(ペレ・グアルディオラ)とコミュニケーションを取った。まず、電話をすればわかる。次に、もし金銭的な努力をして交渉を開始しなければならなかったなら、サンパオリの時と同じように努力していただろう」と、ペップの弟から「彼は他と契約していると言っている」という決定的な答えを受ける前にタピア氏は明かした。
興味深いことに、グアルディオラはしばらく前にアルゼンチンの指導者らと接触があったことを否定したが、それは、彼らが話したのはグアルディオラの兄弟だったと認めたタピアのコメントと一致している。グアルディオラをアルビセレステの監督にするためには「太った財布」が必要だったのではないかと、AFAの会長がほのめかした。
全ては期待に反してもくろみに終わった。グアルディオラはこれまでと同様にマンチェスター・シティを指揮し続け、AFAは現在も指揮を執っているリオネル・スカローニに監督のポストを任せた。グアルディオラはこれまでも常にクラブを指揮してきた。2008年にバルサのトップチームの監督に就任する前に、バルサBでプロキャリアをスタートさせた。