「多くの人に勇気を与えられるような選手になりたい」。パラテコンドーでは女性として唯一、東京2020パラリンピックへの出場が内定している太田渉子はそう語る。かつてはノルディックスキーで3度パラリンピックに出場し、2つのメダルを獲得。一度は引退…

「多くの人に勇気を与えられるような選手になりたい」。パラテコンドーでは女性として唯一、東京2020パラリンピックへの出場が内定している太田渉子はそう語る。かつてはノルディックスキーで3度パラリンピックに出場し、2つのメダルを獲得。一度は引退した身で、全く異なる競技への挑戦には、どんな思いがあり、初めての夏季パラリンピックを控えて何を思うのか。東京パラリンピックを1年後に控えたタイミングで話を聞いた。

趣味で始めたテコンドーで東京パラリンピック出場へ
今年1月のパラリンピック代表選手最終選考会では、多くの観客や報道陣から注目を集めた

 引退後は自分が所属していた障がい者スポーツチームの事務局に携わったり、障がい者スポーツ指導員の資格を取ったり、パラスポーツの競技普及に取り組んでいました。そんな中で東京都のパラリンピックに向けた普及イベントで、パラテコンドーという競技があることを視覚障害者柔道の初瀬勇輔さん(北京パラリンピック日本代表)に教えていただきました。ジュニアの強化合宿を見学し、道場を紹介してもらって自分でも練習をするようになりましたが、あくまでも体を動かす趣味の範囲でした。

 格闘技をやるのは初めてで、最初のうちは強く蹴ることも抵抗がありましたが、初めて経験する競技ならではの難しさが私にとっては魅力でもありました。パラテコンドーは頭部への攻撃ができないので、ポイントになる部位はガードされやすい胴体に限られます。そこに攻撃を当てるためには、攻める側も守る側もすごく頭を使うんです。ステップやフェイントを駆使して、いかにガードを開けさせて蹴るかというチェスみたいな駆け引きで、それがすごく面白い。わざとスキを作って攻撃させて、それを避けてカウンターを狙うとか。選手によって一人ひとり腕の長さなども違うので、戦略も違っていて、それも面白いところですね。競技を見る際も、そうした点を理解してもらうと楽しめると思います。

笑顔でインタビューに応える太田渉子

 女子の出場選手は私を含めて2人だったのですが、そこで勝って東京パラリンピックに向けた育成指定選手になりました。代表合宿にも参加できるようにになったので、「どこまでできるかわからないけど、東京パラリンピックに向けてできるだけのことをしよう」と決めました。せっかくの自国開催なのに、選手がいなければ応援に来てくれる人も減ってしまうかもしれないという危惧もありましたし、東京での試合なら故郷の山形から親戚も見に来てもらえるという思いもありました。これまで私が出場してきたパラリンピックは海外ばかりで、しかもスキー競技が行われるのは都会から離れた場所がほとんど。スタートとゴールにはお客さんがいますが、競技中は何kmも自分1人で走る感じでした。でも、テコンドーはコートの四方から応援してもらえますし、選手としてはすごくやりがいを感じます。

全く異なる競技に取り組むことの難しさ
ノルディックスキーで活躍したパラリンピアン(写真は、ソチパラリンピック)

 クロスカントリースキーはスタートからゴールまで最高のフォームで滑り切った人が一番速いという競技なので、“自分との闘い”という面が強い。一方、テコンドーは対人競技なので相手に合わせて動いてカウンターを取ったり、フェイントの掛け合いなど駆け引きが重要なので、全く違いますね。トレーニング内容も変わりました。長距離を走るより瞬発系のインターバルトレーニングに力を入れています。スキー競技を引退したときは体力の限界だと思っていたのに、短距離走は今の方が速くなっているので、トレーニング次第で人は成長できるのだと実感しています。後半になってもスピードが落ちないスタミナは、私の強みだと思っていますが、それはスキーをやっていたおかげでしょう。ただ、試合の中で息が上がってもいいから攻撃を出し切るような動きは今でも苦手ですね。スタミナを使い切ってしまうとゴールにたどり着けないかもしれないという感覚がどこかに残っているのかもしれません。

 自分から入って行くところに、相手の攻撃を合わせられたらダメージはその分大きいので、勇気は必要かもしれません。でも、相手の距離で闘っていたら私の蹴りは当たらないので中に入らないと試合にならない。逆に近距離に入ってしまえば相手は長い足が邪魔になって攻撃しにくいはずと思って、普段から懐に入ることをイメージして練習しています。練習はほとんど男子選手が相手で、同じ体重でも手足の長さは違いますし、蹴りも女子選手に比べて強いので、それに慣れているから試合で怖がらずに行けるのだと思います。

スポーツだからこそ伝えられるメッセージを
太田は「練習ができない期間も、それほど焦らずにいられた」と話す

 日本代表に内定し、合宿も始まって「いよいよだ」と気持ちを高めている段階で道場が閉鎖されて練習もできなくなり、大会も延期が決まったので当時は戸惑いもありました。でも、つらいのは私たち選手だけではありませんし、世界的に見ればもっと困難な状況に置かれている人もたくさんいます。オリンピック・パラリンピックだけを考えていられる状況ではない。逆に準備期間が増えたと前向きに捉えていますが、練習も制限されているので単純にそうとも言い切れませんね。でも、練習ができない期間があっても、それほど焦らずにいられたのは競技経験が長いこともありますが、年齢を重ねて20代の頃に比べると回復も遅くなってきているので、休めるときにきちんと休んでおこうと思えるようになっているからかもしれません。

 対人練習はできない期間もあったので、本当に基礎のステップから練習しなおしました。あとは、左手の筋力が弱くてガードした際に蹴りに負けてしまったりすることもあったので、左右の筋力差をなくすトレーニングにも取り組んでいます。先天的に指がないので、どうしても普段の生活から使う機会が少なくて筋力が弱いみたいなので。トレーニングでは専用の義手を使っていますが、肩甲骨の可動域が広がって良い効果が出ていると感じています。肩こりもなくなった気がしますし(笑)。最近は後ろ回し蹴りが上達しているので、それを本番でも見ていただきたいですね。後ろを向いて180度回転して蹴る技なのでダイナミックですし、ポイントも3ポイントと高いので。

日本一の表彰台で笑顔を見せる太田

 東京パラリンピックで一番上を目指すというのが目標ですが、こういう状況だからこそ諦めないというアスリートの姿から伝わるメッセージが力を持つのだと思います。私も新しい競技に取り組むことで、できないことができるようになっていくのを日々感じていますし、挑戦することに年齢は関係ないのかなと感じています。テコンドーはまだまだできないことが多いので、あと10年くらいは成長できるんじゃないでしょうか。2024年のパリと2028年のロサンゼルスですか? その頃には私を超える若い選手に出てきてほしいですね(笑)

text by TEAM A

photo by X-1