2000年9月17日、レオ・メッシという少年がロサリオからバルセロナヘやって来た。理由は、FCバルセロナの入団テストであ…
2000年9月17日、レオ・メッシという少年がロサリオからバルセロナヘやって来た。理由は、FCバルセロナの入団テストである。
何度かレオのラ・マシアへの加入がとりやめになるだろうと思われていた。しかし、カルレス・レシャックとジョセップ・マリア・ミンゲージャの主張は、のちに起こる全てのことを理解し入団へと持ち込んだ。レオ・メッシはアスルグラナの一員となり、クラブの歴史上、さらにフットボールの歴史上最高の選手となった。
メッシは13歳でカタルーニャにある首都に到着した。彼の年齢は、彼がテストの時に一緒にプレーしたインファンティルB(インファンティルとは、12-13歳の下部組織の年代)というカテゴリーに相当していた。テスト中、メッシと父親はプラザホテルに宿泊していた。
レシャックはテストに来ている全ての少年たちを見るために練習試合を組んだ。その練習試合はカデーテ(14-15歳の下部組織の年代)とフベニール(16-18歳の下部組織の年代)の練習試合だったが、メッシはその試合に参加した。彼のパフォーマンスがあまりにも素晴らしかったため、この若いアルゼンチン人と契約する必要があるとレシャックが確信を持つのに時間は必要なかった。
しかし、全てがスムーズにいったわけではなかった。メッシの加入が遅くなったことで、メッシとその家族はアルゼンチンへ帰ってしまうところだった。実際、数週間の間、両者の間には不信感が広がっていた。最終的にバルサは自分たちのやるべきことをやり、このサッカー選手をつなぎとめた。
20年後の9月17日、メッシは自分にも想像できなかった成功を収めている。6つのバロンドールと、個人でもクラブでも数え切れないほどの栄誉を得たこのアルゼンチン人は、すでに多くの人にフットボール史上最高の選手とみなされている。