向正面から世界が見える~大相撲・外国人力士物語第8回:魁聖(3)魁聖が角界入りを決めたわけ>>9月13日、東京・両国国技…

向正面から世界が見える~
大相撲・外国人力士物語
第8回:魁聖(3)
魁聖が角界入りを決めたわけ>>
9月13日、東京・両国国技館で初日を迎える大相撲秋場所(9月場所)。先場所に続き、新型コロナウイルス感染拡大防止のため、観客数等を制限して開催されるが、力士たちの奮闘に注目が集まる。
静かに闘志を燃やす魁聖もそのひとりだ。サンバやサッカーにはあまり興味がないというが、現在、ブラジル出身の唯一の関取である。そんな魁聖の、これまでの相撲人生に迫る──。
◆ ◆ ◆
2012年には夏場所(5月場所)を前にして、所属する友綱部屋に新しいメンバーが加わりました。この年の春場所(3月場所)後に、大島親方(元大関・旭國)が定年退職となり、大島部屋所属の旭天鵬関や十両・旭日松らが、友綱部屋に移籍してきたのです。
2011年名古屋場所(7月場所)で魁皇関が引退されて、寂しかった友綱部屋の土俵に活気が戻ってきた感じでしたね。もともと出稽古などで胸を合わせていた力士たちばかりでしたから、すぐに打ち解けることもできました。
移籍してきた旧大島部屋の力士たちも、移籍して悪い成績は残せない。「一丸となってがんばろう!」と気合いを入れていたと聞きました。
その直後、まさかあんな奇跡が起こるなんて――。
夏場所が始まり、序盤は2勝3敗という成績だった部屋頭で、37歳の旭天鵬関が、後半に勝ち星を重ねて、優勝戦線を引っ張る展開になったのです。そうして、千秋楽の一番も制し、12勝3敗とした旭天鵬関は、優勝決定戦で栃煌山と対戦。土俵際ギリギリで粘って、ベテランの技で栃煌山を下し、平幕優勝を果たしたのです。
こういう展開ですから、僕は自分の取組が終わってからも支度部屋に残り、状況を見守っていました。優勝決定戦を花道で見守っていた旭日松や付け人たちは、優勝が決まった瞬間、人目もはばからず泣いていました。もちろん、旭天鵬関も涙を流していました。僕も心の中で泣きました。
場所前、旭天鵬関が優勝すると予想した人は、ほとんどいなかったと思います。でも、長い相撲人生、真面目に稽古していればこういうこともあるんだな。神様はすごいプレゼントをしてくれるものだな......と思いましたね。
モンゴル出身の旭天鵬関は、2005年に日本国籍を取得して、今は太田勝さんという名前になりました。将来、相撲協会に残ることなどを考えて取得したと聞いていましたが、この頃から僕も「将来、どうしようかな?」と自らの国籍のこと、つまり帰化するかどうかを考え始めました。
日本に来て何年も経っていたし、日本はとても住みやすい。相撲を辞めても、ずっと日本にいたいな......というのが僕の気持ちでした。
ただ、旭天鵬関は日本人になると決まった時、「モンゴルを捨てる気か!」などとモンゴル国内でバッシングの声が上がったそうなので、僕もブラジルの両親にどう話を切り出したらいいか、ちょっと迷いましたね。
それでも、実際に話をしてみると、お父さんは「自分のことだから、別にいいんじゃないか」と言ってくれました。お母さんのほうはちょっと迷っていたみたいで、最初「う~ん......」と言っていたけれど、最終的には「大丈夫よ。ぜんぜん大丈夫よ」と僕の選択に賛成してくれました。
僕の場合、子どもの頃からずっと日本に行きたいという気持ちが強かったですし、お祖母ちゃんから日本の話を聞いて育ってきたから、日本国籍を取ることは自然な流れだったのかもしれない。もし力士になっていなかったとしても、他の仕事で日本に来ていたんじゃないかな?(笑)。
帰化申請の手続きは結構大変だったんですけど、2年越しで日本国籍を取得して、「菅野リカルド」になったのが、2014年11月のことです。もともと「リカルド・スガノ」だったから、あんまり変わらないけど(笑)、これで本当に日本人になれたんだとホッとしましたね。
30歳になるまで、僕、休場はなかったんですよ。それが、2017年春場所で前十字じん帯を断裂して、途中休場。翌夏場所で負け越して、十両に落ちてしまって......。
それでも、その時はすぐに幕内に復帰。翌年の春場所では12勝を挙げて、久しぶりに敢闘賞をいただいたんですが、その後は度重なるケガに泣かされました。ふくらはぎの断裂、上腕二頭筋の断裂と続いて、再び2019年秋場所(9月場所)は十両での土俵となりました。
2020年。33歳になった今年初場所(1月場所)の番付は、前頭16枚目。この場所は同じ「ロクイチ組」の徳勝龍が平幕優勝を果たしたんですが、その徳勝龍に唯一土を付けたのは、僕なんですよ。

「もう一度、三役に戻りたい」という魁聖
決して、徳勝龍を得意としているわけじゃないんです。これまでも勝ったり、負けたりという感じなんですが、何度も当たっているから、だいたい相手がこうくるんじゃないか?っていうのが、わかるんですよ。
それで、この場所の2日目に、押し出しで僕が勝ったというわけです。でもまさか、そこから彼が13連勝して優勝するとはね。
僕は8勝だったけど、一応勝ち越しているわけだし、優勝力士を倒しているんだから、「殊勲賞ほしかったなぁ」って、冗談半分でコメントしたんです。でも(三賞選考委員会で)自分の名前は上がらなかったし、しゃあないです(笑)。
優勝した「ロクイチ組」がいる一方で、初場所後に大関・豪栄道関が引退。そして、7月場所前には栃煌山が引退と、だんだん仲間が減っていくのは寂しい限りです。僕としては、ケガをしないで、もう一度三役に戻りたいという夢があります。
実は僕、この6月に入籍したんです。彼女とは5年くらい付き合っていたんですが、コロナ禍の外出自粛のため、これまでみたいに会えなくなってしまったんです。お互いゲームが好きで、彼女の自宅でゲームをするのが息抜きだったんですけどね......。
でも、結婚して一緒に住めば、いつも一緒にいられる。2人とも同じ気持ちだったみたいで、7月場所が終わってから、新しい家に家財道具などを運んで、少しずつ「住める」環境を作っています。
やっぱり、自分の城があるっていうのは、いいですね。彼女は僕の相撲について、あれこれ意見を言うことはありません。そういうところも楽なんですが、だからこそ、彼女のためにもうひと花咲かせたいという気持ちになっているんです。
(おわり)
魁聖一郎(かいせい・いちろう)
本名:菅野リカルド。1986年12月18日生まれ。ブラジル・サンパウロ出身。友綱部屋所属。恵まれた体格と迫力ある寄り、押しで土俵を沸かせる。ゲームやマンガ、アニメが好きなインドア派で、コーラとお肉が好物。2014年に日本国籍を取得。2020年秋場所(9月場所)の番付は、西前頭12枚目