2010年8月10日。当時、西武2年目の浅村栄斗が刻んだプロ初アーチは、Kスタ宮城(現・楽天生命パーク宮城)だった。 …

 2010年8月10日。当時、西武2年目の浅村栄斗が刻んだプロ初アーチは、Kスタ宮城(現・楽天生命パーク宮城)だった。

 その記念すべき一発から10年が過ぎた今年9月4日、楽天2年目を迎えた浅村は、同じく仙台で通算200本塁打を達成した。



昨シーズン、自己最多の33本塁打を放った楽天・浅村栄斗

 杜の都で描いた2本のメモリアルアーチ。

「200号は素直にうれしいですね。これからもチームに貢献する1本を積み重ねていけるように頑張ります」

 そのコメントはまるで、史上108人目の快挙に浸ることなく先を見据えているようである。

 通算200本塁打という記録。今季は楽天で4番を任されるだけに、すっかりホームランアーチストとして定着した浅村ではあるが、本人の言葉を借りれば、それとは正反対の認識を持つ。

「野球を始めてから今の今まで、自分がホームランバッターとは1回も思ったことはありません。『ヒットの延長がホームラン』って感じでずっとやっています」

 そう語る浅村が打者としてスケールアップを遂げたのには、確固たる理由がある。

「どうやって確率よく打てるか?」
「多くのヒットを打つためには飛距離も必要」

 この探求が浅村の幹を太くし、日々の成長を促してきた。

 確率−−すなわち打率の向上であり、得点機で効果的な一打を増やすため、浅村は頭を使うようになった。プロ入りしてからしばらくは「ただ、がむしゃらにやっていただけ」と浅村は言う。

 5年目の2013年。打率.317、27本塁打、110打点と打撃三部門でキャリアハイの数字を残し、自身初のタイトルである打点王に輝いたが、この年はフロック的な意味合いが強いと浅村は振り返る。

 そのことを物語るように、翌年から2年間は打率2割7分程度、本塁打も15本に届かず、打点も思うように伸ばせなかった。これらの成績が、浅村に考えさせるきっかけをつくった。

「能力だけで打ち続けられるなんて無理なんですよ。対戦するチームのピッチャーとか、いろんなデータを頭に入れる。それを踏まえて自分で考えながら打席で対応していかないとダメだと思いましたね」

 配球の傾向がわかると自ずと成績も上がり、逆に自分のパターンも客観的に分析できるようになった。

 2年間の蹉跌(さてつ)を経て、浅村はようやくがむしゃらの殻を破った。2016年は2013年以来となる打率3割をマークし、24本塁打、82打点。キャリアハイに次ぐ成績は、たしかな自信を示した。

「相手が自分を調べてきている以上は、こっちが上回らないと対応できなくなる。そのせめぎ合いに勝っていかないと、安定して結果を残せないんだなって気づきました」

 打席で巡らせていた思考は、自然と自身のパフォーマンスへと向けられていった。

 2017年までの浅村は、30本塁打を一度もクリアしたことがなく、長距離打者ではなく中距離打者のイメージが強かった。「ホームランバッターではない」との自覚は一貫してはいる。それでも、2018年には打率向上のため飛距離を求めるようにもなった。

 違和感に気づいたのは、交流戦が終わったあたりだった。この時点で打率は.298、14本塁打。浅村自身、「パフォーマンスはよかった」と認めてはいたが、その一方で、打球が上がらない。つまり、長打が思っていた以上に少なかったのである。

 当時の状態を、浅村がこう解説していた。

「自分がイメージしている打球とのズレがありましたね。ボールを捉えてもラインドライブがかかってしまって、結果的に単打になってしまうというか。ホームランをもう少し増やしたいとも考えていた時期だったんで、『インパクト時に一番力が伝わるように打ちたい』とフォームを修正しました」

 それまでの浅村は、極端に言えばスイングの始動からインパクトまで100%の力を使っていったことが、飛距離の妨げとなっていた。

 打撃フォームを見つめ直すなか、力んだままバットを振っていたことに気づいた浅村は、構えた際にグリップを下げた。「力を抜く」というより「肩を下げる」イメージだという。

 最大出力でボールを捉えられるよう、始動からスイングまで理想的な力の伝達方法を試行錯誤した結果が、その形になったというわけだ。

 この年、打率.310をマークし、32本塁打と127打点は自己最多。自身2度目の打点王も獲得した。そして昨年は前年を上回る33本塁打を記録。スラッガーとしての地位を確固たるものにした。

 今季も68試合に出場時点で、パ・リーグ2位の21本塁打(成績は9月8日現在)。新型コロナウイルスの影響により今季のレギュラーシーズンは120試合に縮小されながら、33本以上のハイペースで本塁打を量産する。

 人は「スラッガー」と表現するかもしれないが、日進月歩の姿勢は変わらない。自分と向き合い、コツコツと頭と技を磨く。それが、浅村栄斗という強打者を形成していくのだ。