サッカー名将列伝第14回 ラルフ・ラングニック革新的な戦術や魅力的なサッカー、無類の勝負強さで、見る者を熱くさせてきた、…
サッカー名将列伝
第14回 ラルフ・ラングニック
革新的な戦術や魅力的なサッカー、無類の勝負強さで、見る者を熱くさせてきた、サッカー界の名将の仕事を紹介する。今回登場するのは、ザルツブルクやライプツィヒをスポーツディレクターの立場で長く強化している、ラルフ・ラングニック。数年前は独特のサッカーと見られた彼の戦術も、今やサッカー界の一大派閥となっている。そのラングニックの戦術とスタイルを解析する。
その後、ミランのゾーナル・プレッシングは世界中に普及していく反面、初期のころにあった強度や、異常に高いディフェンスラインといった、先鋭的な部分は失われていった。やがて、スペインとバルセロナの洗練されたパスワークのサッカーに、軒並み食われていく。こちらはミラン以後に起こった大きな変化だった。
ボールポゼッションのサッカーが注目を浴びるなか、ラングニックはミランのスタイルを研究しつづけていた。つまり、現在のラングニック派の隆盛は「1周まわって新しい」現象だ。
ざっくり言えば、サッカーはルールが統一された時点から、テクニック重視のスコットランドと、体力重視のイングランドという二大派閥に分かれ、同じような対立の構図のなかで進化を遂げてきている。
技術vs体力で、一方が優勢になったあと、必ずもう一方が盛り返す。進化の過程は一直線ではなく、回りながら転がるように進化してきた。つまり、サッカーはリバイバルの繰り返しで、以前に見たような景色を10~20年単位で見ることになるわけだ。
<20秒の攻防を繰り返す>
「8秒以内にボールを奪い、10秒以内にゴールへ至る」(ラングニック)
ラングニックは「時間」を重視している。これは体力重視のイングランド流派が最初から持っていた傾向だ。なるべく早く相手ゴールに迫り、なるべくたくさんシュートする。そのためのロングボール戦法だった。
言い方を変えれば、質より量。数打てば当たる方式だから、90分間という限られた時間で何回チャンスをつくれるかの勝負だ。ラングニックも20秒の攻防を繰り返すスポーツとして、サッカーをとらえている。
バイエルンやリバプールはこれを高度化したサッカーと言える。GKを除く全選手の頭越しにパスを送る攻撃を繰り返す。ある程度、ボールを失うことも想定した攻め込みだ。たとえボールが相手に渡っても、その時は11人で守備ができる。ボールより前方に攻め残る選手がいない攻め方だからだ。
攻守一体はこのスタイルの武器である。有利な守備のために攻撃し、高い位置からの守備を攻撃に直結させる。そのため、ミスには鷹揚だ。自らテンポを引き上げていくので、ミスが続発するのはやむをえない。
バイエルンが攻撃であまり中央エリアを使わず、守備では中央エリアでのボール奪取を狙っていたのは、相手により致命的なミスをさせるためで、ラングニック方式の応用と言える。
バルセロナに代表されるポゼッションスタイルが「緻密で静的」なのに対して、ラングニック派は「ラフで動的」だ。相手の守備ブロックを詰将棋のようにはがしていく緻密さを求めない。
まずはいち早く相手ゴールへ迫ること、そこでミスが出て失っても、即座に奪い返してしまえば相手の守備は整っていない。かえって厳重な守備ブロックを崩す手間が省ける。そのための技術も大して必要ではない。
スポーツディレクターとして、ラングニックは25歳以下の選手しか獲得しない方針を打ち出していた。即戦力として獲得する選手の多くは、無名だが走れる選手だった。技術の「質」ではなく、運動「量」が重要なスタイルだからだ。
ラングニックは、スターがいなくてもスターが君臨するチームに勝てるサッカーを志向している。サッカー界のスターは高度なテクニシャンだ。リオネル・メッシやネイマールには途方もない値段がついている。スターに頼らず、スターを否定しているラングニックは、サッカーの伝統的な価値観から言えば異端児だ。
バイエルンはスター揃いとはいえ、彼らが与えた衝撃は「もうサッカーは、真のアスリートでなければプレーできないスポーツになったのではないか」という印象から来ている。それはまさにラングニックが蒔いた種が成長した結果だ。
ラルフ・ラングニック
Ralf Rangnick/1958年6月29日生まれ。ドイツ・バックナング出身。アマチュア選手としてプレーし、20代後半はプレーイングマネジャーも務めながら監督業へ。99年にシュツットガルトの監督に抜擢されると、その後ハノーファー、シャルケ、ホッフェンハイムの監督を歴任し、好成績を収める。12年からは飲料メーカー・レッドブル傘下のザルツブルクのライプツィヒのスポーツディレクターに就任。時折暫定監督を務めながら、独自の戦術、選手獲得育成戦略を推し進め、多くの監督たちに影響を与えている。19年からはレッドブルのサッカー開発部門責任者となり、北米・南米方面のチームの強化にも携わっている