「オンラインエール授業」で全国の剣道部員にメッセージ 全日本剣道選手権大会で3度の優勝を誇る剣道家の内村良一が29日に配…
「オンラインエール授業」で全国の剣道部員にメッセージ
全日本剣道選手権大会で3度の優勝を誇る剣道家の内村良一が29日に配信された「オンラインエール授業」に登場した。「インハイ.tv」と全国高体連が「明日へのエールプロジェクト」の一環として展開する企画に登場。インターハイ中止という経験から一歩踏み出そうとする全国の剣道部約80名を対象に授業を行い、逆境の時にこそ前を向く重要性を説いた。
「オンラインエール授業」はインターハイ実施30競技の部活に励む高校生をトップ選手らが激励し、「いまとこれから」を話し合おうという企画。ボクシングの村田諒太、バドミントンの福島由紀と廣田彩花、バレーボールの大山加奈さん、サッカーの仲川輝人、佐々木則夫さんら、現役、OBのアスリートが各部活の生徒たちを対象に授業を行ってきた。
その第27回の講師として登場したのは、剣道界を代表する剣士、内村良一だ。熊本県の強豪、九州学院高校に進学し3年時にはインターハイで個人、団体ともに優勝。玉竜旗高校剣道大会と魁星旗争奪全国高校剣道大会でも優勝を経験した。その後全日本剣道選手権大会では2006年、2009年、2013年と3度の日本一に輝き、世界選手権でも団体で3連覇を成し遂げるなど、数々の大会で活躍してきた。
講義の冒頭、インターハイの中止により悔しい思いをしている高校生を励ますように、内村はこんな言葉を送った。
「年寒(としさむ)くして松柏(しょうはく)の凋(しぼ)むに後(おく)るるを知る」
寒い冬の時期、ほかの植物がしおれている中でも、松や柏の葉は枯れないでいる。つまり、人は逆境の時にこそ真価が問われるということだ。「逆境の中から一歩踏み出せる、何かヒントになるような授業ができればいい」と語った内村。この言葉の裏には、自身の高校時代の経験があった。
「365日稽古をしなかった日はないかもしれない」ほど剣道漬けの生活を送った高校時代。インターハイ王者へ上り詰めた道の途中、「勝てない時期」があったと内村は振り返る。2年次から任された大将の重役。「スランプ」に苦しみ、「先生や先輩、仲間にすごく迷惑をかけた」という。
その時に学んだのが、「諦めないこと」だった。「窮して変じ、変じて通ず」という禅の言葉を紹介した内村。「一生懸命やっていれば必ず壁にぶち当たる。そこで逃げるんじゃなくて、何回も何回もぶつかっていく。それが力になる」と当時の葛藤を思い返すように力を込めた。
剣道界の先頭に立つ名手の話に聞き入る現役高校生。続いて行われたのが質問コーナーだ。「技術」「メンタル」「将来」という3つの項目で、参加者から次々と声が上がった。
剣道上達の一番の近道は「誰でもできることを…」
最初に行われた「技術」に関する質問。1つ1つの質問に対し、身振り手振りを加えながら丁寧に答えていく内村。攻め方のバリエーションを増やす方法や、相手の起こりのとらえ方について説明した。その中で、部活にコーチがいないため、自分で練習メニューを考えているという高校生から、質問が飛んだ。
「高校時代にやって、成長したと感じた稽古は何ですか」と聞かれた内村。一瞬、間をおいて言葉を選びながら「その時の課題によっていろいろあるんですが」と前置きしたうえで、基礎練習の重要性について語り始めた。
「高校時代から今まで続けてきたこと、上達への一番の近道は、素振りだと思います。稽古の時もそうですが、稽古以外の時に隠れて素振りができるのか。努力できるのかが大事になってくると思います。
私の師匠の森島健男先生に、『剣道の修行は平凡なことの繰り返し。誰でもできることを誰もできないくらいやること。これが剣道の修行ですよ』と教わりました。人が見ていないときにどれだけ竹刀が振れるのか。それが一番の近道だと思います」
基本を大切にし、誰よりも稽古に励むこと。遠回りのようで、実はこれが上達への一番の近道だと言う。自身が実践しているからこそ重みのある言葉だ。質問者の高校生も「素振りは家でもできるので、積極的にやっていきたいです」と目を輝かせた。
続いて、質問コーナーは「メンタル」の項目へ。2年生部員からは「自分は、試合前になると緊張していつもの自分の技が出せません。内村さんは試合前どのようにしていますか」と悩みを打ち明けられた。
これに対し、内村は「みんなプレッシャーは嫌なんですよね。でもプレッシャーが実力をフルに発揮するには一番必要な条件だったとしたらどうでしょう」と異なる視点を提供。科学的な根拠を交えながら、「緊張」についてのある“事実”を紹介した。
「人の安静時心拍数というのは、1分間に70前後と言われています。でもこの安静時心拍数の状態では力は発揮できないんですよね。逆に、プレッシャーがきて心臓がどきどき、息がハアハアしている時っていうのは、(心拍数が)150以上になっているんです。これでもうまくいきません。
これを一番実力が発揮できる120~150のところに持ってくる。その方法として呼吸法があります。剣道では稽古の前後に正座して黙想しますよね。呼吸を整えるんです。実際にプレッシャーを感じたら呼吸を落ち着けて、そこ(心拍数120~150)に持ってくる手段を稽古からやっておく。緊張が来たときに『これは実力を発揮するために必要な条件なんだ。誰にでも来ることなんだ』と考えることだけでも、(緊張改善の)第一歩になると思います」
ある程度のプレッシャーを感じていないと実力はフルに発揮できないことを説明した内村。一番実力が発揮できる心拍数120~150という範囲を、「あくまで一般的な数値」と説明しつつ、最も大事なのは「自分で体験して自分でつかむこと」だと言う。「緊張」を取り除きたいものから必要なものへ、考えを転換させる。内村は稽古から「緊張」に対しても準備を怠らない。
しかし毎日の稽古でモチベーションを高く保ち続けることは簡単ではない。高校生から続けて飛んだ「内村さんは長い期間剣道をやっていると思いますが、長くやってると、めんどくさいなとか、やりたくないなと思う日が絶対あると思います。そういう時の気持ちの入れ方ってありますか」という質問に対し、自身の経験を踏まえて具体的なアドバイスを送った。
「私が一番大事にしていることは目標設定です。試合が終わって目標を達成した、目標達成できなかったとしても、次の目標設定を必ずするようにしています。自分がなかなかモチベーションが上がらないなって時って、やっぱり自分がどこに行きたいのか、どうなりたいのか、明確にできていないときなんですよね。これは剣道だけでなく勉強でもそうだと思いますが、しっかりとした目標設定。自分がなりたい姿を設定できれば、モチベーションは上がってくると思います」
逆境の今だからこそ「悔しい思いに意味を持たせるのは皆さん自身」
剣道着ではなくスーツで、竹刀ではなく言葉を高校生と交えた内村。その姿勢は誠実そのもの。しっかりと後輩たちの“一打一打”を受け止めていた。講義が質問コーナーの最後の項目「将来」に移ると、参加者から「将来つきたい仕事があるが、本当にこの仕事につきたいのかどうかわからない」と将来への不安を打ち明けられた。内村は「私も小さいころからいろんな夢があった」と不安な気持ちを和らげるようにアドバイスを送った。
「警察官になろうと思ったのは就職試験の直前なんですよね。今はこれになるんだ、って決めなくていいと思うんです。いろんな可能性が皆さんにはあります。一つに決めるのではなくて、いろいろな可能性をもっていいと思います。そのためにはしっかり勉強すること。そして今やっている剣道を一生懸命やること。しっかりアンテナを張っておけば、自分がどこに行けばいいのかおのずと見えてくると思うんですね。
私も大学3年生の時、教員になるか警察官になるか迷っていました。警察官になったのは、学生時代あんまり(剣道の)成績を残せなかったな、もうちょっと勝負の世界で生きていきたいな、という思い。国民を守る仕事につきたい、という思いから(警察官に)なったわけで、どこできっかけがあるかわからないんです。ですので、今は一生懸命勉強して、一生懸命稽古をして、アンテナを張って、一つに決めるのではなくいろんな可能性を見つけていけばいいと思います」
あっという間に過ぎた1時間。新型コロナでインターハイという大目標を失った剣道部員たちだったが、偉大な先輩の言葉に勇気づけられた様子だった。講義の最後に内村は参加した高校生たちへ向けこんなエールを送った。
「高校生の皆さんの生の声を聞けて、私自身本当に勉強になりました。新型コロナウイルスの影響でインターハイが中止となり、今は本当に苦しい思い、悔しい思いをされていると思います。でも、この苦しい思い悔しい思いに意味を持たせるのは皆さん自身なんですよね。この逆境、この苦しい状況に意味を持たせる。これがあったから今があるんだ。そう言えるように、これからの毎日、一歩一歩を頑張ってもらいたいなと思います。そしてみんなで力を合わせてこの困難を乗り切って、今度は実際に会って剣を交える時が来ることを楽しみにしています」
夏を失い、苦しい思いを抱いた剣道部員たちを勇気づけた内村。逆境の時こそ真価が問われる。剣道家らしく背筋をピっと伸ばし、正面から送ったメッセージは、若き剣士たちの背中を押したに違いない。
■オンラインエール授業 「インハイ.tv」と全国高体連がインターハイ全30競技の部活生に向けた「明日へのエールプロジェクト」の一環。アスリート、指導者らが高校生の「いまとこれから」をオンラインで話し合う。授業は「インハイ.tv」で配信され、誰でも視聴できる。(THE ANSWER編集部・土屋 一平 / Ippei Tsuchiya)