現役時代、南海ホークス、ロッテオリオンズ、西武でプレーし、引退後はヤクルト、阪神、シダックスそして楽天で監督を務め、その間数々の記録を打ち立て殿堂入りを果たしている野村克也さん。
今年2月に惜しまれながら息を引き取った野村さんだが、そんな野村さんと現役時代、そして引退後も共に戦った橋上秀樹さんが、元フジテレビアナウンサーでスポーツアンカーの田中大貴が様々なスポーツ選手・解説者等を迎えてトークを広げるYouTube「田中大貴のアスリートチャンネル」にゲスト出演。
これまで野村さんと過ごした数々の思い出、そして野村さんの人柄について語った。

公共の電波では言えないようなことを・・・
野村さんといえば、常に厳しい言葉を口にしているイメージだが、プライベートではどのような人だったのか。
「プライベートでは、まず1番に奥さんのことを本当に愛されていました。厳しい奥さんでしたが、監督に対してだけは必要に優しかったですね。大体いつも宿舎に奥さんがいらっしゃったんですが、試合に負けた時、監督に対しては『お疲れさん』と優しい口調でいうんです。その次に僕も同じような感じで言ってくれるもんだと思って『お疲れ様です』というと、全く違う顔になって・・・。公共の電波では言えないようなことを言われたりもしましたね(笑)」
と、おしどり夫婦で知られる野村さんと妻・沙知代さんのエピソードを披露した。
「こんな練習してて金稼げると思っているのか」って・・・
現役時代ではヤクルトで、そしてコーチとなってからは楽天で、「野村監督」と共にチームに携わった橋上さん。
ヤクルト、楽天両時代で、「野村監督」に対する違いはあったのだろうか?
「全然違いましたね。楽天の時はヤクルト時代に比べてだいぶお年を召して、優しくなられました。選手に対する言葉もヤクルト時代では考えられないほど優しくて・・・。ヤクルト時代の野村さんを知っている人間からしてみれば非常にギャップを感じましたね。」
と、時代が進むにつれ、監督自身も優しさを増していったと話す橋上さん。
橋上さん自身も、自身が選手として関わりのあったヤクルト時代には野村さんからこんな厳しい言葉をかけられたという。
「『こんな練習してて金稼げると思っているのか』とか、『どんな意識で練習してるんだ』とか結構きつく言われましたね。言葉が激しいわけではないんですが、言われる内容が非常に厳しかったですね。」
だが一方で、コーチとして携わっていた楽天時代には、今まで知らなかった野村さんの一面が見えてきたという。
「(自分が)選手の時はとにかく厳しく、先見の明があるという印象でした。ただ、楽天になって私がコーチとして接することになってからは、意外に人情が厚く、情が深い人なんだなとびっくりしました。ヤクルト時代も情があったのかもしれませんが、楽天でヘッドコーチとして近くにいる機会が多い中で、こんなに選手のことを考えている人なんだと凄く感じましたね。」
田中将大のプロ1年目時には、世間から様々な評価がありながらも、一軍で使い続けた野村さん。そういったところにも、野村さんの「情」が隠されていたのかもしれない。
野村さんの辞書に『ありがとう』はないと思っていた
現役、そしてコーチ時代と多くの時間を野村さんと共に過ごしてきた橋上さん。
そんな野村監督との思い出について振り返った。
「野村さんとの思い出は沢山ありますが・・・。唯一『ありがとう』といって貰ったことがあるんです。09年CSの時、野村監督最後の試合での出来事でした。楽天が負ければ敗退というその試合で、野村監督も退任が決まっていたので、ビジターチームながら梨田監督(当時)に『万が一今日敗退したらちょっとだけ胴上げも含めお時間頂きたい』と僕がお願いしました。日本ハム側にも了承してもらい、梨田さんや稲葉選手からも『胴上げに参加させて欲しい』と言っていただき行いました。」
と、野村監督との1番の思い出を語りながら、思わず「泣きそう」と話す橋上さん。
「どこかで段取りしたのが僕だとわかったんでしょうね。最後裏に下がって全員が集まる前に『今日の色々ありがとうな』と言っていただきました。野村さんの辞書に『ありがとう』はないと思っていたほど、選手時代から、他の人にも『ありがとう』と言ったのは記憶がなかったですからね・・・。」
動画内では、野村監督の「ありがとう」にまつわる更なる裏話、そして橋上さんが野村さんと共に歩んでよかったことなども語っている。
※健康、ダイエット、運動等の方法、メソッドに関しては、あくまでも取材対象者の個人的な意見、ノウハウで、必ず効果がある事を保証するものではありません。