サッカースターの技術・戦術解剖第23回 セルジュ・ニャブリ<スピード、テクニック、パワーが融合> ゴールしたあと、茶道の…
サッカースターの技術・戦術解剖
第23回 セルジュ・ニャブリ
<スピード、テクニック、パワーが融合>
ゴールしたあと、茶道の茶筅(ちゃせん)を回すような仕草をするのは、NBAのジェームズ・ハーデンのマネだという。「相手を料理してやった」との意味だそうだ。

CLで大活躍。バイエルンの優勝に貢献したニャブリ
父親はコートジボワール人、母親がドイツ人。地元シュツットガルトの下部組織からアーセナルに移籍し、16歳でリザーブリーグに出場、17歳でプロ契約した。
しかし、アーセナルでは出場機会が少なく、ウエスト・ブロムウィッチへのローンを経てブレーメンに完全移籍する。ブレーメンでは11ゴールと活躍、2017年にバイエルンへの移籍が決まった。ここでもホッフェンハイムへ貸し出されたが、次のシーズンにはバイエルンへ呼び戻された。
バイエルンの攻撃の中心だったアリエン・ロッベン、フランク・リベリーの後継者となったセルジュ・ニャブリは期待に応え、2018-19シーズンはロベルト・レバンドフスキに次ぐ10ゴールをゲット。2019-20シーズンもリーグ戦12ゴールを記録。さらに多くのアシストでも貢献し、その地位を不動のものにしている。
スピード、テクニック、パワーが融合したニャブリのプレーは、バイエルンの勢いを象徴していた。
タッチ数の多いドリブルは、リオネル・メッシを思わせる。右サイドからカットインしての左足シュートがすばらしいのだが、ニャブリは右利きだ。両足で強いシュートを打てるのは強みである。
バイエルンは後方のパスワークから、一気に両サイドへ展開するのが十八番だが、その時のロングパスの引き出し方がうまい。動き方は単純で、少し引いて足元でもらうようなモーションから、爆発的なスプリントで裏のスペースを突く。相手DFが一歩前に出た瞬間に裏を突くスピードが格別だ。
パスの出し手とのタイミングも大事だが、ニャブリのスピードがあるから成立していると言える。また、動き方がシンプルだからこそ、出し手も合わせやすい。
精密なボールタッチとスピード、さらにコンタクトプレーにも強い。守備への切り替えとプレスバックの速さという、バイエルンの戦術のなかでの重要な仕事もこなしている。
点が取れて、アシストができて、スピードとパワーを兼ね備え、守備でも貢献できる。フィジカルに裏打ちされた万能感は、まさに現在のバイエルンのスターと呼ぶに相応しい。
<クリエイターはサイドにいる>
2019-20シーズンのチャンピオンズリーグ(CL)ベスト4は、ドイツとフランスのチームで占められた。バイエルン、パリ・サンジェルマン(パリSG)、ライプツィヒ、リヨンである。これまではスペイン勢、イングランド勢が上位を占めるのが普通だったが、ドイツとフランスでベスト4は珍しい。
優勝したバイエルンはパリSGとの決勝で、6人の黒人選手を先発させていた。クラブチームの多人種化は今に始まったことではないが、ドイツとフランスは比較的黒人選手の比率が高い。18年ロシアW杯で優勝したフランス代表も、黒人選手の比率はバイエルンに近かった。
黒人選手のすべてがそうだとは限らないが、フィジカルの強さは特徴と言っていいだろう。黒人選手の多さは、現代サッカーがそれだけ強力なフィジカル能力を必要としているのを表している。CLベスト4のうち、パリSGを除く3チームは、技術か体力かと言えば体力のサッカーだった。
バイエルンは徹底したサイド攻撃を仕掛けていた。中央エリアにいるレバンドフスキ、トーマス・ミュラー、レオン・ゴレツカはそこではあまりボールを受けず、パスが来てもワンタッチで返すようなシンプルなつなぎに徹していた。
たまにハーフスペース(サイドと中央の間)でボールを受けて前を向くニャブリは、むしろ例外的な攻め方である。レバンドフスキ、ミュラー、ゴレツカはゴール前に入ってくるクロスボールに飛び込むのが重要な役割になっていて、その手前のセンターサークルからペナルティーエリア外までの中央エリアは、この3人にとっては「控室」のようなものになっていた。
疾風怒濤。ニャブリ&レバンドフスキの破壊的攻撃の中身はこちら>>
この中央エリアでのパスレシーブは、ボールが来る方向と相手が寄せてくる方向が一致しない場合が多い。つまり、ボールと相手を同時には見られないので、パスを受けるのが難しい。ただ、一流のプロならば本来はどうということはないはずである。しかし、バイエルンは中央エリアにほとんどパスを入れていない。意識的に回避しているのだ。
これはバイエルンだけではなく、ヨーロッパリーグで優勝したセビージャや、CLベスト8に躍進したアタランタも同じだった。ネイマールのいるパリSG、メッシのバルセロナはそのかぎりではないが、相当なタレントを擁していないかぎり、中央エリアは攻撃で回避すべき場所との認識が広がりつつあるようだ。
逆に言えば、このエリアでのプレッシャーがそれだけ強くなっている。攻撃で中央を回避するチームほど、守備ではここにリソースをつぎ込んでボール奪取を狙っていた。バイエルンは典型で最も成功していたが、ライプツィヒ、リヨン、アタランタも同じ傾向だった。ここに地雷を埋め込み、攻撃では地雷を踏まないように振る舞うわけだ。
メッシ、ネイマールなど、攻撃のスーパースターはこのエリアで輝きを放ってきた。しかしバイエルンは、このエリアのスターを使わない。フィリペ・コウチーニョはウイングで起用されていた。
「違い」をつくるクリエイターはサイドなのだ。前向きにプレーして、スピードとテクニックを最大限に発揮するウイングである。とくにスピードがモノをいう場所であり、バイエルンの両サイドがニャブリ、キングスレイ・コマンだったのも偶然ではない。
昔風の背番号で言うと、バイエルンのサッカーは8番と10番(インサイドMF)のプレーが欠落している。それが新しさでもあるのだが、現代の舞台で勝負できる8番、10番がなかなかいないのも事実だろう。
7番(右ウイング)として抜群の働きを見せたニャブリには、1つ内側でもプレーできる可能性がある。バイエルンがさらにスケールアップするとしたら、カギを握っているのはニャブリだろう。