試合終了間際。6点リードの日本代表が、ピンチを迎える。

 ホームの声援に後押しされたジョージア代表が、グラウンド中盤で大きな突破を繰り出す。それを皮切りに、縦、縦と衝突を重ねる。大外への展開を防ぐような組織防御の日本代表は、じりり、じりりと後退する。

 ようやく流れを断ったのは、自陣22メートルエリア中盤でのことだ。
 
 NO8に入っていたアマナキ・レレイ・マフィが、逆転に向け球をつなぐ相手走者に食らいつく。持ち前の怪力で、右タッチラインの外へ押し出す。その際の揉み合いに加わっていたチームメイトのWTBレメキ ロマノ ラヴァは、足を痛めてグラウンドの外へ出る。マフィもあちこちを痛めた。

 それでもレフリーに「ハイ、すぐにプレーへ」と促され、「おかしいやろ」と思いつつ自軍ボールラインアウトへ意識を傾けた。
 
 どうにかボールキープし、ノーサイドの瞬間を迎えた。

「自分の肩がどうなるかはわからないけど、最後のタックルで、トライセーブ…それしかない」

 11月12日、ジョージアは首都トビリシのミヘイル メスキスタジアム。日本代表は28-22と逃げ切ったが、試合を通じて重量級FWに手を焼いた様子だった。最後の場面を振り返る時、マフィは比喩表現として強烈な言葉を用いた。そこに必死さがにじんだ。

「とりあえずボールを止めるように、自分の身体が(比喩表現として)死ぬぐらいに…」

 キックゲームで陣地を獲得しようとした前半は、自陣に張り付けにされる場面が多かった。「フィジカルモンスター」の異名をとるマフィも、相手のモールを決壊させようとするなかで反則を取られた。相手のミスもありスコアは8-12とロースコアだったが、日本代表はリードを許した。

 インサイドCTBに入った立川理道主将が「容易なペナルティーを与えてしまった。ペースが来なかった」と感じた最初の40分を、マフィは努めて前向きに振り返る。激戦の最中の味方の言葉を思い返しながらか、こう言葉を絞っていた。

「ワンチームで、次の仕事へ…と。早くリカバーして、次の仕事をやり直す…、皆で切り替えた」

 スクラムにも苦しんだ。35歳にして今秋代表デビューを果たしたPR仲谷聖史は、じわじわと押し込まれた時の様子をこう表現する。

「組んでからの第2波が強かったです。それに対抗するには、(組み合う前に相手の懐へ)突き刺さっておかないとダメだった。それが、足りなかった」

 組むたびに押し戻される格好。仲谷は「余力があるなか、後ろ(味方)と前(相手)の圧力に挟まれているというのがいいスクラム。そこはもっと詰められる(向上できる)と思いました」とも続ける。自軍の塊の密着度合いに、まだ伸びしろがあると感じた。

 この劣勢局面、最後列で組んだマフィはどう感じたか。苦笑して言う。

「LOとPRが俺の上に…(のしかかるようだった)。もう、死ぬかと思った!」

 後半も相手の強引な力業にやや気圧されたが、13-22と9点差を追っていた19分、さらに23分と、連続攻撃でトライを挙げる。25-22。再逆転に成功した。マフィもグラウンドの右中間か左中間に位置し、自慢の快足を披露する。チームのシステムにならい、交代出場したWTBの福岡堅樹のランも引き出した。

 そして、あの局面を乗り越え、ジェイミー・ジョセフ ヘッドコーチ体制下の初白星を挙げた。「たぶん、このチームにとって一番フィジカルな試合になった」とマフィは述懐する。

 関西大学Bリーグの花園大から2014年にNTTコム入り。翌年のワールドカップでは日本代表としてプレーと、急激なスピードでトップレベルの舞台に駆け上がった。いまはレギュラーの一員として、周りを鼓舞することもあるようだ。

「勝ちたいじゃなくて、マストで勝つ」

 ジョージア代表戦当日の朝、FW陣を前にこんな言葉を発したという。

「例えば『明日、勝ちたいね』というのには、負けるかもしれない、ということも含まれている。違う。『勝つ、勝つ』と…」

 引き続き欧州遠征を続けるチームは、19日にカーディフ・プリンシパリティスタジアム(ミレニアムスタジアム)でウェールズ代表と対戦。欧州6強の一角のホームへ乗り込む。さらなる試練を前に、マフィは「皆、頑張りました」とひと息ついていた。(文:向 風見也)