> 昨年10月の開幕から約10カ月が経ち、8月13日に八村塁の長いルーキーシーズンが終わりを迎えた。コロナ禍で3月半ばか…
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昨年10月の開幕から約10カ月が経ち、8月13日に八村塁の長いルーキーシーズンが終わりを迎えた。コロナ禍で3月半ばから7月末までシーズン中断となったことによる、変則的なシーズンだった。

長かったルーキーイヤーを終えた八村塁
中断したままシーズン終了となる可能性もあった。だが、フロリダ州のウォルト・ディズニー・ワールドの敷地に感染対策を取った"バブル(隔離エリア)"を作ることで再開にこぎつけ、八村が所属するワシントン・ウィザーズも参加。そこでプレーオフのシード順を決めるシーディングゲーム8試合を戦った。
残念ながらプレーオフ進出を逃したため、そこでシーズン終了となったが、この7試合(八村は最終戦を故障で欠場)のシーディングゲームは、八村にとって貴重な経験となった。
シーズン再開後のウィザーズは、故障でシーズン全休していたジョン・ウォールに加え、今季エースとして活躍していたブラッドリー・ビール、そして3Pシューターのダービス・ベルターンスが参加しなかったため、八村をはじめとする若手主体のチームでの参戦となった。
ほかのチームはプレーオフ出場を決めたか、本気でプレーオフを狙うチームばかりのなか、ウィザーズも表向きには「プレーオフの座を獲得する」という目的を掲げていた。だが、チーム首脳陣としては若手に経験を積ませ、何ができて、何ができないかを判断するのが最大の目的だった。
そのなかで八村は、ウィザーズHC(ヘッドコーチ)のスコット・ブルックスから「塁が攻撃の一番手だ」と指名を受けた。中断前のシーズンではビール、ベルターンズに次ぐ3番目の得点源となる活躍をしており、ブルックスHCから新人らしからぬ落ち着いたプレーを評価されていたのだ。
しかし、それはビールというダブルチームを引き寄せるエースがいる中でのこと。フロリダでのシーディングゲームは、八村にとって新しいチャレンジとなった。
シーディングゲーム2試合目は、順位争いをしているブルックリン・ネッツが相手だった。どちらのチームにとっても負けられない重要な一戦だ。その前日、ネッツ暫定HCのジャック・ボーンは、ビールやベルターンズが抜けたウィザーズで誰を警戒するのかを聞かれた。
「前とはまったく違うチームだから、詳しく調べなくては」と言いながら、ボーンHCはツラツラと5人のウィザーズ選手の名前と、その選手の役割をあげた。しかし、そのなかに八村塁の名前は出てこなかった。
八村を評価していなかったからではない。むしろ、その逆だった。
ブルックスHCからオフェンスの一番手と指名され、シーディングゲーム初戦でフェニックス・サンズ相手に21点を記録した八村の名前を、ボーンHCはわざと口にしなかった。どうやら、手のうちを見せないためだったようだ。
その証拠に、試合になるとネッツのディフェンスは、八村に対して徹底的なダブルチームのディフェンスを仕掛けてきた。ボールを持つと周りにディフェンス陣を集め、得意なエリアでのシュートを打たせなかった。
結果、この試合の八村はわずか6本しかシュートを打てず、9得点どまり。ウィザーズは接戦を落とした。
試合後、八村は「相手のマークがすごく厳しかった。2人、3人が寄ってきて、僕がドライブしたらヘルプが待っていた」と、苦戦の理由を語った。
NBAに入ってから、ここまで徹底して守られたのは初めての経験だ。
その9日後に対戦したミルウォーキー・バックスは、別の方法で八村の弱点を晒してきた。もともとインサイドを固めたディフェンスを敷くバックスだが、3Pシュートが得意ではない八村に対し、外からのシュートは打たせて構わないとばかりに極端にゴールから八村を離して守っていた。
完全にノーマーク状態になった八村は、それでも最初のうちは3Pシュートを打つことを躊躇していた。コーチやチームメイトたちから「思い切って打ってこい」「あんなに練習していたじゃないか」と励まされ、途中から吹っ切れたようにシュートを打った。
試合を通して打った3Pシュートの数は、自己最多の9本。そのうち決めたのは3本だけで、とても確率がいいとは言えなかったが、それでも自分のリズムで打っていったことをブルックスHCは評価した。
「塁はずっと3Pシュートを練習してきた。今日は思い切りよく打ったのがよかった。どれもオープンな状態で、いい感じのシュートだった」
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ブルックスHCが言うように、八村は3Pシュートの練習に力を入れてきた。シーズンが中断した期間中にはアシスタントコーチのコーリー・ゲインズの指導のもと、それまで直線に近かったシュートの軌道を、アーチをつけるように修正し、確率も上がってきていた。
シーズンが再開し、チーム首脳陣は八村に「3Pシュートを積極的に打つ」という課題を与えた。いくら練習して上達しても、実戦で打たなければ自信にはならないからだ。
トミー・シェパードGMは、シーズン後の会見でこう語っている。
「塁の目標として私たちが考えていたのは、3Pラインの外に攻撃範囲を広げ、3Pシュートを打つことだった。とくにトランジションの攻撃では、トレイラーとしてトップから打ってほしかった。コートのいろいろなエリアからシュートを打つ機会を与えるようにしていた」
シーディングゲームが始まった頃、八村は3Pシュートについて聞かれると、「自分は3Pシューターではないので」と前置きをすることも多かった。それは、3Pシュートを打つことに対する躊躇の表れのように聞こえた。
たしかに八村は、シューターではない。しかし今のNBAでは、たとえビッグマンでも3Pシュートを打ち、平均的な確率で決められないと、本来の持ち味も発揮しにくくなり、居場所がなくなる。
八村もバックス戦のような極端な対応策を取られたことで、3Pシュートが必要だということは骨身にしみて痛感したようだ。シーズン終了後には「3Pを打てないと、リーグには残れないと思う」と言っていた。
シーディングゲームでの八村は、決して大活躍をしたわけではなかった。中断前とスタッツを比べると、得点、リバウンド、アシストはすべて数字を伸ばしているが、どれも微増。役割が大きくなった割には物足りないと感じた人もいるかもしれない。
フィールドゴール成功率は中断前の47.8%から40.4%に落ち、マークされるなかでシュートを決めることの難しさを痛感した。ただ3Pシュートは、試合あたりの試投数はまだ2.0本と少ないが、成功率は中断前の27.4%から35.7%に上げている。
そういった表に見える結果や数字以上に大事だったのは、新しい経験をいくつも得たことだ。たとえばオフェンスでは、ダブルチームでマークされることや、3Pシュートを1試合で9本も打ったこと。
一方ディフェンスでも、将来的にスモールフォワードのポジションができるかを見るため、自分よりサイズが小さく俊敏性があり、ピック&ロールを使って攻める選手のマークを任される機会を与えられた。ブルックスHCは「かなり高いレベルで守ることができていた」と評価している。
新しい経験のなかで壁にぶつかったこともあったが、それによって、来シーズンまでに何を練習しなくてはいけないかもはっきりとした。プレーオフ出場という目標は叶わなかったが、それでも八村自身、ケガやコロナ禍を乗り越え、"バブル"のなかでの戦いも経験し、やり切ったと思えるようなシーズンの締めくくりだった。
最終戦を終えた後、八村は言った。
「このルーキーシーズンは本当に長くて、すごくいろんなことがあったんですけれど、振り返るといろいろ学べた時期でしたし、これからもこの1年やったことが役に立つと思う。この1年間、まず無事に終われたことに感謝して、次のシーズンに向けてがんばりたいと思います」