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「サラゴサ昇格失敗で来季の香川真司は?」はこちら>>
今からちょうど10年前の2010年8月21日、2010-11シーズンのブンデスリーガが開幕した。欧州のサッカーシーンで多くの日本人選手が活躍するようになるのも、10代の若者が当たり前のように欧州を目指すことも、すべてはこの日から始まった。
その夏、2人の若者がドイツに向かった。香川真司と内田篤人だ。

2010年夏にドルトムントに移籍、チームのブンデス2連覇に貢献した香川真司
香川は直前に行なわれた南アフリカW杯メンバー入りを果たせず、サポートメンバーとして南アフリカで自らを追い込んだ。内田は23人のメンバーに入ったものの、直前にスタメン落ち。一度もピッチに立つことはなかった。
悔しい思いをする2人を奮い立たせたのは、翌シーズンからのそれぞれの新しい挑戦だった。香川はドルトムントへ、内田はシャルケへ。同じノルトラインヴェストファーレン州にあるビッグクラブに入団することが決まっていた。
8月21日、先にブンデスリーガの開幕戦を迎えたのは内田のシャルケだった。アウェーでのハンブルガーSVとの一戦、内田は59分からジョエル・マティプ(現リバプール)に代わって出場した。
プレシーズンの感触もよく、「先発もあり得る」と本人は踏んでいたそうだが、フェリックス・マガト監督は新人を先発させることはなかった。30分強での出場で、チームは1-2で敗れた。『キッカー』誌の評価は5点(1が最高、6が最低)にとどまったが、それでも本人は攻撃面での手応えをつかんだ。ベンチにも、使って大丈夫だという印象を与え、続く第2節ハノーファー戦では先発出場を果たしている。
翌22日。ドルトムントはホームにレバークーゼンを迎えた。今や世界のトップ監督となったユルゲン・クロップ(現リバプール)は、この日がブンデスでのデビューとなる香川を攻撃の中心、トップ下に据えた。そして2014年W杯優勝メンバーであるマリオ・ゲッツェ(今年6月、ドルトムントを退団)を左に、同じくケヴィン・グロスクロイツ(現ユルディンゲン)を右に配した。
試合開始から10分、香川は最初のチャンスを作りスタジアムを沸かせた。50分にはロングシュートを放つが、これも枠を捉えることはできなかった。
63分には、やはりこの日がブンデスでのデビューとなるロベルト・レバンドフスキ(現バイエルン)が途中出場するが、大きな仕事をすることはなかった。このシーズンのレバンドフスキは、まだまだルーカス・バリオス(現ヒムナシア)の控えだった。
チームは0-2で敗れたが、香川は存分に存在感を見せ、ホームスタジアムのジグナルイドゥパルクを埋め尽くすサポーターたちを虜にした。野太い声のドイツ人男性が香川の一挙手一投足に注目し、チャントを歌い上げた。日本からきた小柄な21歳にドルトムントの街中が熱狂する、そんな2シーズンの始まりだった。『キッカー』誌は香川に、この試合でチーム最高点の2.5点をつけている。
香川は、この開幕戦の3日前に行なわれたヨーロッパリーグのプレーオフ、カラバフFK(アゼルバイジャン)戦で2ゴールを挙げ、4-0の勝利に貢献した。
「ドイツだけでなく欧州全域のクラブと対戦できることそれ自体が楽しみ」と、当時、語っている。
このシーズン、ドルトムントはブンデスリーガを制し、翌シーズンはチャンピオンズリーグに出場することになるが、そんな大舞台での活躍は、本人でさえ想像がつかないことだった。
アジアから移籍してきた、海のものとも山ものともつかなかった香川が、なぜ加入直後から活躍できたのか。もちろん、クロップがその力を見抜いて積極的に起用したからなのだが、なぜ見抜いてもらえたのか。
よく言われるのは、チームの中心選手であり地元育ちであるグロスクロイツらと仲が良く、チームメイトやファンに愛されたのが要因ではないかということだ。ドルトムントでタクシーに乗れば、運転手が「この前、パーティ帰りのケヴィンと香川を乗せたよ」「香川の家を教えてあげようか」などと、たびたび話しかけられたものだ。ピッチ外でチームメイトたちと交流を深めたのは事実なのだろう。
だが、だから活躍できたというのではないだろう。むしろ順序は逆で、ピッチの中でチームメイトに認めてもらえたからこそ、人間関係がついてきたのではないか。当時、専属通訳として香川についていた山守淳平氏が明かしてくれたことがある。
「香川選手がどんな選手かなんて、当時は誰も知らなかったけれど、最初の練習の最初のボール回しで、周りの選手たちの見る目が変わったんですよ。練習前にみんなでボールを蹴っているときに、『こいつは違うな』となった」
香川がチームメイトのハートを掴み、仲間に入ることができたのは、ピッチ内でのレベルの高さがあれば十分だった。当然ながら、必要なのはまずプレーヤーとしての能力なのだ。
当時の映像を見返すと、生き生きとゴール前で躍動し、屈託のない表情を見せる香川がいる。怖いもの知らずでただ前を向くその姿に、新時代の到来を感じたものだった。