いつまでも鳴りやまない拍手の中、彼女は深くお辞儀をし、手を振りながら笑顔で応える。半年ぶりに再開した舞台は、言葉では表現しきれない、温かな空気に包まれていた――。浅田真央は、自らプロデュースしたアイスショー「浅田真央サンクスツアー」で、2年…
いつまでも鳴りやまない拍手の中、彼女は深くお辞儀をし、手を振りながら笑顔で応える。半年ぶりに再開した舞台は、言葉では表現しきれない、温かな空気に包まれていた――。
浅田真央は、自らプロデュースしたアイスショー「浅田真央サンクスツアー」で、2年前から全国を回ってきた。8月15・16日に再開した滋賀公演では、新しい試みとなるライブ配信を行った。すべては、今まで応援してくれた人たちへ感謝の思いを届けるために。
「幸せな気持ちをいただきました」
公演を終えた直後の浅田真央に話を聞いた。
(文=沢田聡子、写真提供=MATT)
「声援を送ることはできなくても、皆さんの思いが伝わってきました」
声援はなかったが、観客の思いはすべて拍手に込められていた。浅田真央も、それを感じていたという。
「皆さんマスクをされていても表情はしっかり分かりましたし、以前のように声援を送ることはできなくても、拍手で皆さんの思いが本当に伝わってきました」
新型コロナウイルスの感染拡大により、他の競技同様、フィギュアスケートも大きな影響を受けている。今年3月に行われる予定だった昨季の世界選手権が中止になり、国内でもプロ・アマともにスケーターが観客の前で滑る機会は半年近く失われていた。従来であればアイスショーの季節である夏に入っても、フィギュアスケートファンがリンクに足を運ぶことはないまま、暑さばかりが増していく日々だった。
そんな中、お盆休みの最後となる8月15・16日、浅田真央サンクスツアー滋賀公演(滋賀県立アイスアリーナ)が行われた。浅田が全国を回って感謝を届けるサンクスツアーは2018年5月から始まったが、コロナ禍により今年2月の神奈川公演を最後に中断。この滋賀公演も5月に予定されていた日程が8月に延期されたもので、チケット販売対象を県内在住者に限って再開したのだ。現段階で開催される屋内でのイベントについては収容率50%以内という制限があるが、さらにこの滋賀公演では席の間隔を空けるため、座席数を満員時の3分の1近くまで削っている。その他「滋賀県における新型コロナウイルス感染拡大防止策」に基づき、観客に対しては検温・マスク着用の義務付け・声援の禁止などさまざまな対策を呼びかけた。また運営サイドとしても、スケーターおよびスケーター周りのスタッフの抗体検査・検温、椅子やドアのアルコール消毒、場内・バックヤードの通常以上の換気など、できる限りの努力をした。氷が溶けないぎりぎりのところまで換気を行ったため、2階席は暑かったという。
新しい試みとなったツアーのライブ配信には、以前から意欲があった
満を持した上での緊張感も伴う公演再開だったが、新しい試みとして行われたのは16日・最終公演でのライブ配信だ。県外在住で公演に来られない人、また県内でも来場することをためらっている人にも公演を見てほしいという制作側の思いから企画が始まった。ツアー関係者は「フィギュアスケートは熱狂的なファンが多いので、新しいファンが入りづらいところもあったりすると思うんですよ」と語る。
「熱狂的なファンではなくても『おうちで見られるなら見てみよう』という新たな視聴者が増えたら、裾野が広がるのかなと。いろいろなスタイルで、自分に合ったかたちで見られるので、新しくて自由。選択肢が増えたと思います」
また、浅田自身は次のようにコメントしている。
「ライブ配信を決めた経緯は、なかなかコロナが収束せず、県外への移動やライブイベントへの参加が難しい状況にある中、どこからでも私たちのショーを見ることができ、つながることができるライブ配信で、ライブ感や元気、パワーを届けたいと思いました」
前出の関係者によれば、新型コロナ感染拡大以前から浅田には、サンクスツアーを映像で届けることへの意欲があったという。
「真央には、『汗をかいているところを見てもらいたい』『もっと表情や指先を見てほしい』という思いもあったんですよ」(関係者)
常設のリンクで開催することでチケットの価格をおさえているサンクスツアーは小さい会場での公演が多いが、今年1月11・12日の大阪公演は東和薬品RACTABドームという大会場で行われた。その際、リンクから遠い席の観客のために初めてスクリーンを設けたところ、浅田はとても喜んでいたという。
「だからライブ配信の意味については、(浅田)本人には納得するところがあった。なんといっても初の試みなので、何度かやったらもうちょっと良くなる部分も出てくるかもしれない。とりあえずやってみよう、という感じですね」(関係者)
会場観戦とは異なる体験、ライブ配信でしか見られない幕の後ろ側
今回の滋賀公演については観客のみならずメディアも県外からの取材は不可だったが、ライブ配信視聴は貴重な経験だった。公演開始前に流れたライブ配信特別映像は、7月27日、埼玉アイスアリーナで浅田が男子メンバーと再開した公演のための練習風景から始まる。翌日には長野・野辺山でメンバー全員との練習に臨んだ浅田は、公演再開について次のように語っている。
「私たちがやっているエンターテインメント、生のショー・舞台とかライブっていうのは、生活していく上では本当に二の次になるものなので、やっぱり最後の最後に再開できるのかなと思っていたんですけど、いつかは再開してまた皆さんの前で滑れると思ってずっと生活してきました。ちょっと不安はありますけど、会場にいらしてくださる方には楽しんでもらいたいなと思いますし、また今回ライブ配信もするので、全国の皆さんにサンクスツアーを知ってもらいたいですし、見てもらいたいですし、楽しんでもらいたいです」
そして公演中のライブ配信では幕の後ろ側も映し出され、開演直前に氷の感触を確かめる、また最後の曲を滑り終えて水分を取る浅田の様子も見ることができた。
最終公演が終わって1時間余りたったタイミングで、浅田に電話で話を聞いた。
初のライブ配信を終えて……安堵感と手応え
――新型コロナ感染拡大以降、国内初のフィギュアスケートの興行になりました。緊張感もあったと思いますが、終わってみて感想は?
浅田:こういった状況の中で開催するにあたってご批判のご意見もあったので、私もどこか不安だったり「大丈夫かな」という思いもあったりしたんですけれども、こうしてたくさんの方が会場にいらしてくださって。今おうち時間がずっと続いている中で、ファンの皆さんが会場で一つになって、私もいい時間を一緒に過ごすことができました。
――観客と直接触れ合えない分、笑顔で目線を送っていましたね。
浅田:はい、以前はお客さんに手を差し伸べたり握手したりするところがあったんですけれども、そこは一切カットして、構成を作り変えて行いました。
――ライブ配信では幕の後ろ側の様子も見られて、今までにない臨場感がありました。
浅田:それはやっぱり、ライブ配信ならではですよね。会場に行くとバックステージは見られないですが、ライブ配信ではスペシャルな場面が見られるので。今までは「やっぱり生の方がいいよね」と思っていたんですけど、いろいろな方のライブ配信を拝見して、ライブ配信はライブ配信ですごくいいところがたくさんあるんだなと。新しい試みではあったのですが、今回ライブ配信してよかったなと思いました。
――映像の面でも、時には引いて会場全体を、時には寄ってスケーターの表情を見ることもできて、これは会場ではない視点でした。
浅田:私もライブ配信の前に一度映像を確認したのですが、会場とはまた違っていいポジションというか、ベストのアングルだと思うので。(スケーターが)どこの場所に行っても一番いいポジションで見られるという、これもまたライブ配信ならではのいいところかなと。
あらためて感じることのできた“幸せ”。「最後まで感謝の滑りを届けたい」
――コロナ禍によって、私たち見る側は会場で生の滑りを見る素晴らしさをあらためて実感しているところがありますが、スケーターにとっても観客の前で滑ることの意味について感じるところはありますか?
浅田:今回こういった状況の中、お客さんが温かい拍手を送ってくださって、私たちはそこで滑れる幸せな気持ちをいただきました。
――半年ぶりの公演でした。
浅田:(新型コロナ感染拡大前は)ずっと公演も続いていましたし、立ち止まってゆっくり考える暇もなくきていたと思いますが、自粛になってからずっと考えてきたので。自分たちはやっぱりスケートで(思いを)届けたい、最後まで無事に終わりたいという気持ちがすごく強くなりました。
――今後の抱負は?
浅田:今後新型コロナがどうなるか分からないですけど、最後の最後まで、できる限り皆さんに感謝の滑りを届けたいなと思います。
浅田の話しぶりからは、無事に滋賀公演を終えた安堵感と、ライブ配信で得た手応えが伝わってきた。ツアー関係者も「(ライブ配信は)日光(栃木公演、8月30日、日光霧降スケートセンター )でもありますので、またそこで新たなものがお見せできたら」と意欲を見せている。
「こういう状況ですが、少しでも前に進んでいきたいという思いがすごく強い」という浅田。栃木公演の次に予定されていた大阪公演(9月19・20日、木下グループ関空アイスアリーナ)は残念ながら中止が決まっているが、ライブ配信という新たな方法も手に入れた浅田真央は、新型コロナウイルスによって変化した日常の中、これからも感謝の滑りを届けてくれるだろう。
<了>