33歳の青年監督は真っ黒に日焼けした顔をほころばせて、会見場に現れた。「選手がよく頑張ってくれました。そのひと言です」…

 33歳の青年監督は真っ黒に日焼けした顔をほころばせて、会見場に現れた。

「選手がよく頑張ってくれました。そのひと言です」

 2020年甲子園交流試合2日目第1試合、天理(奈良)と広島新庄(広島)の一戦は広島新庄が4対2で勝利した。

 天理は昨秋、大阪桐蔭を12対4で破って近畿大会チャンピオンに輝いた名門である。明治神宮大会でも強打を見せつけた強敵を退けた広島新庄だが、指揮したのは今年3月に就任したばかりの新米監督だった。



甲子園交流試合で天理に勝利した広島新庄の宇多村監督(写真左)

「迫田前監督からは『甲子園はあっと言う間だよ〜』と言われていたんですけど、本当にあっという間に終わってしまいました」

 2007年から広島新庄の監督を務め、広島で屈指の強豪に育て上げた迫田守昭が退任。その後釜を担ったのが、宇多村聡だった。

 迫田が広島商監督を務めた時期の教え子であり、高校3年夏には岩本貴裕(元広島)とバッテリーを組んで甲子園に出場している。広島新庄へは、迫田から「部員も増えて大変だから、手伝ってくれ」と誘いを受けてコーチに就任。指導者としても薫陶を受けた。

 前任者が偉大であればあるほど、後任は苦労するものだ。蔦文也の池田(徳島)、尾藤公の箕島(和歌山)など、長らく率いた名物監督が退いたのちに一時的に低迷してしまう高校は珍しくない。

 迫田は初めて広島新庄を甲子園へと導き、田口麗斗(巨人)、堀瑞輝(日本ハム)らドラフト上位でプロに進む選手も育成してきた功労者だ。迫田穆成(元如水館監督/現・竹原監督)との「迫田兄弟」は、広島の高校野球ファンで知らぬ者はいない。引き継ぐ宇多村にのしかかる重圧も相当なものがあるだろう。

 筆者が宇多村の存在を知ったのは、堀を擁して出場した2016年夏の甲子園だった。失礼ながら、最初は名前すら知らなかった。だが、広島新庄のシートノックを見て、その美しいノックバットさばきに魅了された。

 曲芸のようにバットをクルクルと回し、地面をコツンと軽く叩いた後、右手に持ったボールをふわりとトスする。バットヘッドをしならせ、ボールの内側をとらえると、打球は甲子園の土の上で優しく弾む。宇多村のノックを受ける野手が、ただ捕るだけで気持ちよさそうに見えた。

 試合後、思わず声をかけてしまった。当時コーチだった宇多村は、とても謙虚で物腰の柔らかい人物だった。

「その選手が捕りやすい、一番いい形で捕れるような打球を心がけています。試合前のシートノックは試合に入っていくための大事な準備なので。普段からノックを打っているので、選手がどういう打球でエラーするかわかります。試合を見ていて、打球が飛んだ瞬間に『まずい、エラーする』と思いますから」

 それ以来、個人的に地方大会を含めて宇多村のノックを楽しみにしていたのだが、監督に就任したことで今度はどんなチームをつくり上げるのか、楽しみが広がった。

 だが、選抜高校野球大会の出場権につながった昨秋の中国大会ベスト4という実績は、迫田が監督時代に築いたものである。そのことを痛感しているからこそ、宇多村は恩師への感謝を口にする。

「このチームは迫田さんがつくったチームですから、勝つことが一番の恩返しになると思っていました。独自大会は負けてしまったんですけど(準々決勝で広陵に8対9)、最後に勝ててちょっとでも恩返しができたと思います」

 基本的には、迫田イズムを引き継いだ野球を展開している。攻撃野球がもてはやされる現代高校野球にあって、広島商の流れを汲み、守備やバントを重視した野球を展開する。それでも、この日は宇多村の指揮官としての色を感じるシーンもあった。

 5回までに4回の攻撃でノーアウトのランナーを出したが、送りバントで送ったのは2度。7番打者の瀬尾秀太(2年)はいずれも無死一塁で打席に入ったが、1打席目は送りバント、2打席目は強攻でライト前ヒット。このヒットが逆転につながった。宇多村は「彼なら打つ確率が高い」と考え、強攻の指示を出したという。

 瀬尾はこう証言する。

「手堅いときもあるし、打つときは打てというときもあるし。宇多村監督になってケースバイケースになったような気がします」

 宇多村がノックで鍛えた守備も底力を発揮した。2年生ショートの瀬尾は時折、軽率なスローイングをして冷や汗をかくシーンもあったものの、高い能力を見せつけた。宇多村は言う。

「ときどきポロッとすることはあるんですけど、普段どおりやってくれれば大丈夫な選手です。もともと守備のいい子でしたが、冬を越してさらによくなってきました」

 昨秋は公式戦12試合で7失策だった瀬尾も、天理戦はノーエラー。7回裏には、先頭打者の山元太陽の三遊間を抜けようかという強烈な打球をスライディングキャッチで抑え、一塁に強い送球でアウトにしている。投手が先発の秋田駿樹から2番手の秋山恭平に代わったばかりの場面であり、チームを救うビッグプレーだった。

 だが、宇多村はニッコリと笑って「瀬尾なら普通のプレーですから」と語った。その言葉に瀬尾への信頼と、自分たちが築いてきたものへの自信がにじんでいた。

 宇多村の人柄を聞かれた瀬尾は、「優しいです」と答えた。

「ノック中でも自分から声を出して盛り上げてくれて、すごくいい雰囲気をつくってくれます」

 宇多村のノックについての感想を尋ねると、瀬尾の表情が途端に明るくなった。

「普段の練習で監督がすごくギリギリの打球を打ってくれて、球際を鍛えられているので。今日も捕れたのは監督のおかげかなと思います」

 交流試合では存在感を見せられた。だが、宇多村の監督としての真価が問われるのは、これからだ。宇多村は「また新しいチームで甲子園に来て、またノックを打たせてもらいたい」と意気込む。

 宇多村に迫田から受け継いだものは何かと聞くと、こう答えた。

「みんなの心をひとつにして戦えば、力以上のものが発揮されるということを言われてきました。粘り強く、しぶとく。迫田前監督は私の恩師ですし、この部分を引き継ぐのも大事だと思っています」

 迫田は74歳と高齢のため、甲子園には来ずに自宅のテレビで観戦したという。教え子の戦いぶりをどのような思いで見つめたのだろうか。

 時代は急速な勢いで変わっていく。変化についていけない者は淘汰されていく厳しい世界かもしれない。だが、受け継がれていくことで強くなれるものもある。新生・広島新庄の戦いは、それを教えてくれた。

(文中敬称略)