ヤクルトの高津臣吾監督が就任時からよく言っている言葉がある。「選手たちにはいいことも悪いこともたくさん経験して、少しず…
ヤクルトの高津臣吾監督が就任時からよく言っている言葉がある。
「選手たちにはいいことも悪いこともたくさん経験して、少しずつ成長していってほしい」
どちらかといえば、「悪いことをたくさん経験して」の部分を強調しており、高津監督からしてみれば「失敗を恐れるな」という意味である。
「去年、チームは大きな失敗を経験しているので、そこが基礎・基盤ですよね。プレーする前にミスを怖がってほしくない、投げる前に打たれるイメージをしてほしくない、打席に入る前に打ち取られることをイメージしてほしくない、試合前に負けるイメージをしてほしくない。選手たちには、去年負けたことが当たり前じゃない、試合で失敗したことは当たり前じゃない。そう捉えて、考えてほしいんです」

今季、ヤクルトのセットアッパーとして好投を続ける清水昇
こうした高津監督の言葉を聞いて、真っ先に名前が浮かんだのが2年目の清水昇である。即戦力として期待された"ドライチ右腕"のルーキーイヤーの成績は、11試合に登板して0勝3敗、防御率7.27。
そんな清水が多くの失敗を糧に、今シーズン目覚ましいピッチングを続けている。
今年、春季キャンプで清水はこんなことを語っていた。
「1年目よりは、自分のなかで手応えはあると思っています。そういう意味でも、去年の経験はすごく大きかったですね。ある意味、中途半端な悔しい思いじゃなくてよかったと思っています。正直なところ、去年はどんなかたちでもいいから1勝したいという気持ちがありましたが、逆に0勝だったからこそ、新しい気持ちでスタートできている部分があります」
取材したのはキャンプ終盤で、その表情は充実感に満ち溢れていた。
「去年はプロ野球の厳しさと1球の怖さを感じました。『いい球だ』と思ったものが外野の頭を越えたり、フェンスオーバーになったり......僕はいいボールでアウトを取りたがっていた部分が強かったので、もっと視野を広くして"アウトが取れる球"をもっと知る必要があったと感じています。極論を言えば、どんなかたちでもアウトを取っていきたい。50点のボールでも100点のボールでも、どっちでもアウトを取れる投球をしたい」
ドラフト1位であることや、同期入団選手の活躍が与えた影響について聞くと、「いい刺激になりつつも......」と言って、こう続けた。
「それが焦りになったり、気持ちにぶれが生じたり、そういう部分はあったかもしれません。あと初登板が、チームが負けたら16連敗になるという試合で『そんな大事な試合に自分が先発でいいのかな』と、マイナスのイメージを持ってマウンドに上がってしまったんです」
昨年の6月1日のDeNA戦(横浜スタジアム)。清水は4回5失点で敗戦投手となり、16連敗はセ・リーグのワーストタイ記録となった。
「そのあと、野球だけでなく、ほかのスポーツの人やメンタルトレーニングの人など、いろいろな人に話をうかがったんです」
相談した人たちからは「どういう心理状態だったのか」と聞かれ、清水は「抑えられるか不安でした」と答えたという。
「教えてもらったのは『自分が連敗を止めるんだとプラスに考えなければ、1年目のプレッシャーもあるし、相手に太刀打ちできないよ』ということでした。なので、今年は気持ちの面でもプラスに考えてやっていこうと思っています」
キャンプ中のブルペンでは、新任の斎藤隆投手コーチの「ナイスボール! でも、それ以上求めるなよ。ボトムを上げていこう」という言葉が、何度も若手投手陣に投げかけられた。斎藤コーチはアドバイスの意味について、こう説明してくれた。
「その投手のいいボールを10とした場合、どうしても4か5のボールもあるんです。そういう状況で10ばかりを求めると、どうしても力んでしまったり、タイミングが合わなかったり、悪いボールになってしまいます。そうした状況でも常に8や9のボールを投げられるようにしようということです」
清水は、自分の思っている体の動きと、斎藤コーチの言う言葉のポイントが「すごく合っている」と言った。
「斎藤コーチのちょっとしたささやきとか、擬音がスッと耳に入ってくるんです。そういうときは、『あっ、この感覚!』といいボールが続くのですが、10球、20球と重ねていくと、『もっといいボールを投げてやろう』とか、『今のボールはシュート回転したかな』とか考えはじめてしまい、ちょっとしたズレが生じるんです。もちろん、投げる前はしっかり考えますが、マウンドに上がり、足を上げてからは何も考えない。今年はそういう気持ちでマウンドに立ちたいと思っています」
また、今シーズンの目標についてはこう話していた。
「開幕ローテーションとは言えませんが、先発のチャンスをいただいたときにしっかり結果を残して投げられるように。でも、投げる機会があればポジションはどこでも構わないです。
僕にとって去年いちばん大きかったことは館山(昌平)さんの引退試合を経験できたことで、グラウンドで最後にハイタッチしたのは僕なんです。どうにか館山さんの気持ちを受け継いで、スワローズの先発投手陣の一角として残れるように頑張りたいと思います」
約3カ月遅れでスタートした今シーズン、開幕ローテーション入りはならなかったが、中継ぎ投手陣のひとりとして一軍スタートを果たした。
当初はリードされた展開での登板だったが、そのなかで11試合連続無失点を記録すると、今では勝ち試合の8回を任される"セットアッパー"となった。清水の魅力は投げっぷりのよさと、低め真っすぐの強さと安定したコントロールだ。
"ここぞ"という場面で迷いなく外角低めに投げ込み、見逃し三振に打ち取るシーンは何度見ても唸ってしまう。
ここまで(8月11日現在)成績こそ0勝2敗だが、チーム最多の21試合に登板し、14ホールドはリーグ1位である。
清水はここまでの結果についてこう話す。
「今年は自分をリフレッシュして、"中継ぎ1年目"という新鮮な気持ちでやっているので疲れはありません。自分のなかでは、球速よりもコントロールよく投げたいとやってきたことが、うまくハマっていると思います」
ブルペンでは、先輩である石山泰稚、近藤一樹、五十嵐亮太からの助言も参考になっているという。
「体、心のケアの大事さを教えていただきました。打たれることもあるけど、そこで切り替えて、次にどういう気持ちで臨むのかということや、球場に早く来て体を動かしたり、ほぐしたりなど、毎日の準備についても教わりました」
7月23日の阪神戦(甲子園)。清水は1点リードの8回裏に登板したが、サンズに同点本塁打を浴び、福留孝介には逆転2ランを被弾した。敗戦投手になるとともに、連続無失点も11試合で途切れたが、すぐに気持ちを切り替えることができた。
「いずれ打たれるかなと思っていたのですが、ああいう厳しい場面で投げて打たれたからこそ悔しかったですし、『次こそは......』という気持ちになれました。あの試合で打たれたことが、いま自分が頑張れているポイントでもあります」
清水への信頼感は、投げるたびに増している。カウントを悪くしても、ランナーを背負っても、自分の役割をしっかりと果たしマウンドを降りる。
「一番は低めに投げる意識だと思います。ボールが高めに浮いてしまっても、低めに意識がある分、相手も打ち損じしてくれます。低めに投げ続けることは、自信になりました」
今シーズン、寺島成輝、長谷川宙輝、ルーキーの吉田大喜がプロ初勝利を飾ったが、清水はまだ手にしていない。去年は「どんなかたちでも1勝したかった」と語っていたが、今はどんな心境なのだろうか。
「気持ちとして、1勝したいのはあります。でも、やっぱり自分に勝ちがつくということは、点を取られることですから。自分の勝ちよりも0点に抑えること、もしくは点差を縮められないことを意識したいと思います。大事な場面で投げさせてもらえることに感謝して、これからも投げていきたいです」
清水について、高津監督は「ひとつひとつのボールに意図が感じられますね」と評価する。
「去年は『いい球を投げたい』という気持ちが強すぎて、それが空回りしてしまいました。今はキャンプから課題にしていたどんなボールでもアウトを取ろうと、1球1球を意識して投げています」(清水)
いいことも悪いことも経験しながら、清水はものすごいスピードで成長を続けている。