「You cannot be serious!(まさか本気で言ってないよな!)」ジョン・マッケンロー(アメリカ)が「ウィンブルドン」でこの言葉を叫んだのは、ほぼ40年前だ。マッケンローはグラン…

「You cannot be serious!(まさか本気で言ってないよな!)」ジョン・マッケンロー(アメリカ)が「ウィンブルドン」でこの言葉を叫んだのは、ほぼ40年前だ。マッケンローはグランドスラムで7回優勝した素晴らしい選手だが、その癇癪によってテニスファン以外の人々にも知られることとなった。テニス選手の怒りの爆発がなぜ観客に喜ばれるのか、BBCが分析している。【動画】テニススター達がキレる10選

だが当のマッケンローは、コート上で癇癪を起すことは必ずしも得策ではないと感じたこともあったらしい。マッケンローは2018年のインタビューで語っている。「どうしてもタバコをやめられない喫煙者のような気分だった。間違った理由で癇癪を起していると感じた」

コート上で怒りを爆発させる理由の一つは、エンターテイメントだ。

女子のプロテニスツアーは再開し、男子も間もなく再開の予定だが、観客数は大幅に減らされているか、無観客での開催だ。スポーツ心理学者らは、観客のいない試合では癇癪を起す選手は少ないだろうと考えている。

「怒りを表現することは欲求不満解消の戦略的な方法となり得ます。一方で、観客とのコミュニケーション及びエンターテイメントの手段でもあります」と30年以上トップアスリートたちを顧客にしているスポーツ心理学教授のアンディ・レイン氏は語る。

「無観客の試合では、大勢の人々の前で負けるわけではないので、フラストレーションも少ない。観客と怒りを分かち合うこともできないし、楽しませることもできません」

「期待に満ちた観客の前に出て行くのではないから、練習試合に出て行くようなものです。コートに出ても気持ちを盛り上げてくれる声援もありません。選手らはよりリラックスして試合に臨むことができます。だから多分、怒りが爆発するシーンも減るでしょう。もしそんなシーンがあるとすれば、選手は考えてやっているかもしれません。普通は、観客の盛り上がりが怒りを煽るものですから」

なぜ人は怒りの爆発を見て楽しむのか?

テニス選手がコート上で怒りを爆発させると、観客は大いに盛り上がる。選手が怒る理由は様々だが、最も多いのは日々練習しているショットを決めるのに失敗した時だろう。そしてもう一つは、審判に不当な扱いを受けたと感じた時だ。先に挙げたマッケンローの例もそうだし、2018年「全米オープン」決勝、大坂なおみ(日本/日清食品)と対戦していた時のセレナ・ウイリアムズ(アメリカ)もそうだ。

もちろんこうした振る舞いは許されておらず、選手たちは試合においても、金銭的にも罰則を科される。だが「怒りの爆発」が人々を楽しませていることも確かだ。

レイン氏は語る。「人は他人の強い感情や怒りに共感するものです。怒りで冷静さを失うというのは、誰もが共感できることです。才能あるプロテニス選手が怒りを爆発させると、人は親近感を覚え、多くの人はそれを見ることを楽しむのです」

中には、テニスの業績よりも怒りの爆発で、より多くの人々に知られている選手たちもいる。ダビド・ナルバンディアン(アルゼンチン)は、2012年「ATP250 ロンドン」で広告板を蹴り、線審を怪我させてしまったことで有名になった。

2008年の「ATP1000 マイアミ」で、白熱のラリーをネットにかけてしまったミカエル・ユーズニー(ロシア)は怒りのあまりラケットで自分の頭を強打。なんと血を流してしまったのだ。

もっと最近のアクシデントでは、2018年「イタリア国際」2回戦の試合中に主審ともめ、結局敗れてしまった元世界女王のカロリーナ・プリスコバ(チェコ)は、試合終了後にラケットを審判席の側面に何度も叩きつけて大きな穴をあけた。

2019年の「全豪オープン」4回戦で、アレクサンダー・ズべレフ(ドイツ)はこれでもかというほどラケットをフロアに叩きつけて破壊したが、後でそれをもらったファンはこの上なく嬉しそうだった。

ラケット破壊も一種のエンターテイメントと言える。2012年「全豪オープン」でスタン・ワウリンカ(スイス)に敗れたマルコス・バグダティス(キプロス)は、わずか1分の間に4本のラケットを破壊し、観客の大歓声を浴びた。

「怒りの爆発は幼稚な振舞いですが、共感できます。選手にとっては、感情を爆発させて冷静に戻るか、いやな気持をひきずったまま次のゲームに入るか、微妙なバランスです。だからラリーの途中で冷静さを失う選手はまずいません。みんな、ゲームの終わりに爆発します。集中し直すための戦略なのです」

「怒りの爆発はたいていラケット破壊という形をとります。それしか“責める”相手がいないからです。責任を押し付けられるチームメイトはいませんから」

観客は論争も好き?人はなぜテニス選手の怒りを見て楽しむのか(後編)に続く。

(テニスデイリー編集部)

※写真は2018年「レーバー・カップ」でのキリオス(左)とマッケンロー(右)

(Photo by Clive Brunskill/Getty Images for The Laver Cup)