東北福祉大が同点の2回に2死からチャンスを作ると吉田隼外野手(4年・国士舘)らの3連続適時打で3点を勝ち越すと、6回にもダメ押しの1点を奪って6対2で勝利。2年連続の決勝進出で悲願の初優勝を狙った国際武道大を破って14年ぶり3回目の優勝を決めた。

優勝決定の瞬間、終盤3イニングを抑えた津森を中心として歓喜の輪ができた

「ついに俺らを超えられたなあ」

優勝記者会見の前、大塚光二監督は選手たちより先に会見場に入り、用意された椅子に腰掛けると、そう呟いた。

自身は外野手として東北福祉大に2度、全日本大学野球選手権に準優勝。あと一歩で栄冠には届かなかったが、4年時には主将を務めるなど、1991年の初優勝に繋がる礎を築いた。当時を振り返り、大塚監督は現在の選手たちとの置かれた立場の違いを強調する。

「僕らの頃は、まだチームを作っているところで、周囲も“東北福祉大ってどこ?”という感じでした。でも今は、強い大学として認識され期待され、全国で1つ2つ勝っても当たり前という状況。当時とは全然違います」

西武で外野手として12年間の選手生活、日本ハムでの2年間のコーチ生活などを経て2015年秋に母校の監督に就任。選手たちのプレーには「勝って当たり前」という硬さが感じられた。昨年は楠本泰史外野手(現DeNA)を主軸に据えて優勝候補の一角にも挙げられていたが、初戦で四国学院大に0対1と敗戦。監督としての準備が足りていなかったと猛省した。今年は対戦校の研究や選手の起用法などを綿密に準備すると同時に、選手たちをいかにのびのびとプレーさせるかにも心を砕いた。

1番を打つ吉田隼外野手(4年・国士舘)は1度重心を深く沈ませてから打つ上下動の多いフォームではあるが、大塚監督は「打撃はその子の感性とタイミング」と特にフォームをいじることなく見守ってきた。そして、今大会で吉田は準々決勝で先制本塁打とサヨナラ犠飛、準決勝で3ラン本塁打、決勝では勝ち越し打を含む3安打の大活躍で最高殊勲選手を獲得した。

エースの津森宥紀投手(3年・和歌山東)は、3月に折りたたみの椅子に右手中指を挟み剥離骨折。リーグ戦は2試合で4イニングの登板にとどまったが、今大会前に「(合計で)なんとか18イニングを抑えてくれ」と、できる限りの活躍に期待を込めた。すると、津森は今大会4試合18回3分の2を投げて防御率0.00、2勝を挙げる活躍で優勝に大きく貢献。最優秀投手賞を獲得し、優勝会見の席では座るやいなや、大塚監督から「椅子には気をつけろよ」と突っ込まれ表情を崩した。

西武時代を含めたくさんの栄光を味わってきた大塚監督だが、頼もしくなっていく教え子たちの成長をまざまざと感じ、「今回の方が1000倍くらい嬉しい」と目を細めた。また自身の大学時代と比較し「僕らの“勢いの準優勝”と、地に足のついた今回の優勝は違う」と、あらためて今回勝ち取った栄冠の価値を語り、選手たちを大いに称えた。

表彰式で選手たちを見つめる大塚光二監督


★決勝・国際武道大vs東北福祉大
武道大 020000000=2
福祉大 23000100X=6
【武】●青野、林、伊藤将、吉田、北村-鮎ヶ瀬
【祉】藤川、○三浦、椋木、津森-岩崎、笹谷
本塁打:福祉大・深江《1回2ラン》


2回に吉田の決勝打で主将の古川澄也が二塁から生還。これが決勝点となった


文・写真=高木遊