サッカースターの技術・戦術解剖 連載一覧第17回 ブルーノ・フェルナンデス<すぐ効き、よく効いている> サッカーに特…

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第17回 ブルーノ・フェルナンデス

<すぐ効き、よく効いている>

 サッカーに特効薬はなかなかないものだが、たまに劇的な効果をもたらす補強もある。マンチェスター・ユナイテッドのMFブルーノ・フェルナンデス(ポルトガル)は、近年でも最高の大当たりだろう。



今年1月の移籍以降、マンチェスター・ユナイテッドで大活躍のブルーノ・フェルナンデス

 即効性がすごい。1月のマーケットでスポルティングから移籍すると、リーグデビューした第25節から、チームは12戦負けなし(第36節終了時点)。新型コロナウイルス感染拡大によるリーグ中断もなんのその。むしろチームは勢いを増している。2月と6月の月間MVPも”連続”受賞した。

 ひとりの選手の加入でチームが変貌する例は、ユナイテッドでも過去にエリック・カントナ(フランス)のケースがあるが、大物の加入は必ずしも即効性があるとはかぎらない。むしろ数カ月を経過しないとフィットしないほうが普通で、ジネディーヌ・ジダン(フランス)やネイマール(ブラジル)でも、それぞれレアル・マドリード、バルセロナで本領を発揮するまでは少し時間がかかっていた。

 補強に即効性を期待できるのは、むしろチームにとって必要なのに欠けていたポジションが埋まった時だ。マンチェスター・シティにエデルソン(ブラジル)が加入した時がそうで、戦術上不可欠だったフィード力とビルドアップに長けた待望のGKだった。リバプールにおけるDFフィルジル・ファン・ダイク(オランダ)も同様のケースといえる。

 ただ、欠けていたピースの穴埋めは即効性こそあるものの、インパクトの面ではそれほどでもない。チーム全体を変貌させたカントナのケースは、ユナイテッドに欠けていたインスピレーションをもたらしただけでなく、彼のキャラクターが本来クラブにあった性格と一致したのが大きかった。自信満々のカントナに引っ張られ、周囲も自信に溢れたプレーをするようになっていた。

 ブルーノ・フェルナンデスのケースはカントナと似ていて、もともと個人技に優れていた周囲のアタッカーを触発して好循環をつくっている。決め手はコミットする能力だ。

 ブルーノ・フェルナンデスは、技術レベルの高さだけでなく、運動量がすばらしい。単純に守備力があり、しかも精力的に守るので、彼が加入してのマイナスが全くない。大物選手が加入すると、守備面の負担を周囲が軽減してあげる必要が出てきて、チームのバランスが一時的に崩れることがある。だが、ブルーノ・フェルナンデスの場合はそれが全くなかった。

 攻撃面でも運動量を生かして、さまざまな局面に顔を出す。シュートも打つし、アシストもある。少し下りてポール・ポグバ(フランス)と連係しながら組み立てを整えるプレーもある。あらゆる場面に顔を出して解決していく仕事量の多さは、チーム全体の機能をひとりで格上げする効果があった。介入する分野が広いので、それだけ影響力が大きくなるわけだ。

<芯を食ったキック>

 技術、戦術眼、運動量でチームを変えたスーパー補強としては、古くはアルフレッド・ディ・ステファノの例がある。1953年にディ・ステファノが来てからのレアル・マドリードは、一躍ヨーロッパ最強クラブにのし上がった。彼がいなければチャンピオンズカップ(現チャンピオンズリーグ)5連覇もなかったし、現在のレアルもなかっただろう。

 ディ・ステファノがレアルに来たのは27歳、ブルーノ・フェルナンデスは現在25歳。選手として脂の乗りきった時期での移籍といえる。

 点が取れてアシストができて、守備面でも貢献できる。万能のブルーノ・フェルナンデスだが、得点力を伸ばしたのはスポルティング時代だったようだ。ポルトガルリーグの年間MVPを2年連続で受賞している。

 右足のシュートのコントロールがすばらしい。もっと強烈なシュートを打つ選手はほかにもいるが、狙ったところにピシャリと命中させているのが得点力の源だろう。芯を食ったキックなので、無回転気味に飛んでいる。中心を外さないキックができるので、逆に中心を外すこともできる。FKでは縦回転をかけて壁を越して落とすシュートを打っている。

 キックの能力は当然アシストでも発揮されていて、ゴール前にフリーで走り込む味方を見つけてピタリと届けるパスが秀逸。味方がチラッと目に入った時には、もう正確なロブを合わせている。

 立ち足を動かさないまま蹴っていることもあるぐらいで、これは蹴り足のボールの中心をとらえる能力がないと、そもそもボールが思うように飛ばない。20~30メートルの距離なら、立ち足の踏み替えなしに蹴り足だけで合わせられるので、タイミングを逃さないのだ。

 得点力があってアシスト力もある。ゴールへ直結するプレーのレベルが高いブルーノ・フェルナンデスは、目に見える形での貢献が大きく、すぐ効くだけでなく、よく効くわけだ。

<コミュニケーション能力>

 01年に当時イングランド史上最高額(約50億円)でマンチェスター・ユナイテッドへやって来たフアン・セバスティアン・ベロン(アルゼンチン)は、クラブ史上最悪の失敗補強と言われている。

 2シーズン在籍して51試合出場8得点。当時は世界最高クラスのMFで、ユナイテッドでのプレーぶりもそこまで酷いとは思わなかった。だが、獲得資金の大きさ、期待との落差でガッカリ度ナンバーワンなのだ。

 ベロンはブルーノ・フェルナンデスとわりと似たタイプだった。ポジションはトップ下、パスワークの技術、ゲームを読む能力、運動量も十分。同じではないが比較的似ている選手のひとりが大成功、もうひとりが大失敗というのが不思議である。

 ベロンは抜群の技量の持ち主だったが、当時のユナイテッドのプレースタイルに合わないところはあったかもしれない。香川真司の場合もそうだったが、異分子としてチームに放り込まれている。カントナやブルーノ・フェルナンデスのように、逆にそれが効果をもたらしてチームに革命を起こすこともあるが、埋没してしまうケースもある。

 ベロンは自分のリズムでチームを動かそうとしていたがうまく機能せず、そのうちに苛立ってしまってミスが増える悪循環が見られた。負傷の影響や英国の生活に馴染めなかったなど、さまざまな要因はあっただろうが、フィールド上のベロンはいつも少し浮いた存在だった。

 それを本人の力不足とするのは気の毒だろう。カントナはほかのチームで常に浮きっぱなしだった。最後のチームだったユナイテッドにやっと居場所を見つけている。

 ベロンはキャプテンのロイ・キーン(アイルランド)と主導権争いがあった。一方、ブルーノ・フェルナンデスはポグバと協調できている。コミュニケーション能力の差はあるかもしれない。

 ポルトガルとイングランドは共に欧州内で時差のある西の端だが、アルゼンチンは地球の裏側。いや、もしかしたら、キーンとポグバの違いのほうが大きかったのかもしれない。いずれにしても、ほんの少しのきっかけや巡り合わせで、違う結果になるのだろう。