100メートルハードル日本記録保持者が「オンラインエール授業」で“夢授業” 陸上女子100メートル障害日本記録保持者の寺田明日香(パソナグループ)が6日、「インハイ.tv」と全国高体連が「明日へのエールプロジェクト」の一環として展開する「オ…

100メートルハードル日本記録保持者が「オンラインエール授業」で“夢授業”

 陸上女子100メートル障害日本記録保持者の寺田明日香(パソナグループ)が6日、「インハイ.tv」と全国高体連が「明日へのエールプロジェクト」の一環として展開する「オンラインエール授業」に登場。インターハイが中止となった全国の陸上部員に向けて授業を行った。一度は引退し、結婚・出産、他競技転向を経た異色のスプリンターの言葉は、高校生の心を動かした。

 寺田が登場した「オンラインエール授業」はインターハイ実施30競技の部活に励む高校生をトップ選手らが激励し、「いまとこれから」を話し合おうという企画。ボクシングの村田諒太、バドミントンの福島由紀と廣田彩花、バレーボールの大山加奈さん、サッカーの仲川輝人、長谷川唯、テニスの杉山愛さんら、現役、OBのアスリートが各部活の生徒たちを対象に講師を務めてきた。

 第14回の“夢授業”に登壇したのが、陸上の現役日本記録保持者だった。「みんな、今日は学校終わった? 部活は休み? 私も緊張しているけど、ぜひ仲良くなって、いろんなことを話せたらいいなと思います」。授業開始の午後5時過ぎ。オンライン上に現れた寺田が持ち前の明るさで声をかけると、画面に並んでいた少し硬かった高校生の顔が自然と和らいだ。

「私の高校時代は部活の仲間と衝突することもありました。リレーメンバーと『ここは何足長(そくちょう)で出てよ』とか『みんな、練習手を抜いてるんじゃない?』とか。でも、ぶつかり合う時はあったけど、高校生の時に力を合わせた仲間とは仲良しになれて、私も今は家庭を持っているけど、集まるとインターハイとか高校時代の話で盛り上がったりしています」

 冒頭で語ったのは、恵庭北(北海道)時代の思い出。当時の目標は「インターハイで、みんなと優勝すること」。それだけ、本気で陸上と向き合っていたから、絆が芽生えた。仲間と切磋琢磨し、インターハイでは100メートルハードル3連覇、3年時は100メートル、100メートルハードル、400メートルリレーの3冠を達成し、高校陸上界で一躍、その名を轟かせた。

 しかし、卒業後の人生に生きているのは結果ばかりじゃない。寺田は懐かしそうに当時を振り返る。

「仲間と過ごす中で、この子はどういう風に思っているのか、私はどういう声かけしたらいいのかという、一緒に努力するから分かる人とのつながり、コミュニケーションの取り方はもちろん、自分が苦しい時にどう頑張るかというのは陸上競技を通して得たもの。あとは陸上を通じていろんな場所に行けたので、その地域でできたつながりは今も大切な宝物になっています」

「0.01秒でも速く」を求め、努力した過程で手にしたのは、30歳になってもかけがえのない財産だった。

高校生に問いかけ「モチベーションが下がることを悪いことだと思ってない?」

 続いて行われたのが、質問コーナー。「技術」「メンタル」「将来」の3つの項目に分け、高校生から次々と声が上がった。ハードリングのテクニック、レースの組み立てなど、実践的な質問が挙がった「技術」に続き、「メンタル」については今の高校生ならではの切実な声が届けられた。象徴的だったのが、こんな質問だ。

「今は大会がなくなって、目標もなく、モチベーションが下がってしまっています。その中でも、自分なりのベストを出すために気持ちをどう保てばいいですか?」

 すると、頷きながら聞いていた寺田は「モチベーションが下がることを悪いことだと思ってない?」と問いかけ、自身の体験も引き合いに出しながら、優しく声をかけた。

「私もオリンピックが来年に延期になり、ずっと高かったモチベーションがそのままかというと、下がる時はあります。みんなも部活、大会がなくなって、モチベーションが下がると思う。でも、人間だからモチベーションが下がることはある。それを悪いことだと思わないでほしい。いつか努力の成果を出せる機会は、きっとやってくるから。

 モチベーションが下がっている中でも、栄養管理とか課題克服とか、絶対に続けておかなきゃいけないことがあるよね? そういうことは、続けておかないと(本格的に練習再開した時に)感覚が戻らなくなる。だから、大事なことはモチベーションが下がっている中でも『これは一つ、守っておこう』と大切にすることじゃないかな」

 多くのことを求めすぎてネガティブになるのではなく、今の自分にできることを絞り、ポジティブに考えること。それは試合に向けた気持ちのアプローチも一緒だった。

 試合前に不安になりがちな気持ちを高める方法について質問が挙がると「私は、その日にできることを大切にしている」と強調。「練習していないことを出すのは難しい。だから、大会までに一番大切にしてきたこと、これだけは守って走りたいことを決めておくといい」と話した上で「120%を出そうと思って力が入りすぎると、タイムが伸びないこともあるけど、そう考えると不安になることがあっても『95%くらいで走ればいいんだ』とちょっと余裕が出るから」と説いた。

 また、大きな大会に出ると緊張して体が動かないという悩みについては、これも「緊張って悪いことだと思ってませんか?」と問いかけ、「私は思ってないんです」と明かした。「緊張は頑張ろうと思っている証拠。私は『おお、緊張してきた。今日の私、頑張ろうとしている。頑張れ頑張れ』と自分の体に思うようにしている。大きな大会になると勝ちたいし、いい記録を出したいし、いい姿を見せたいと思うけど、まずは『自分』にフォーカスして、頑張ろうとしている自分を褒めてあげてほしい」と語った。

 そして、最も印象的だったのは、最後の「将来」にまつわる質問だった。

23歳で引退、結婚&出産、他競技挑戦を経て、陸上に帰ってきた思いとは

 度重なる怪我もあり、23歳で一度、陸上競技を引退。その後は企業で会社員として働く傍ら、大学院進学、結婚、出産を経て、26歳で東京五輪を目指すラグビーで競技復帰した。大きな怪我を負ったこともあり、昨年、陸上界に帰ってきた。そして9月、29歳になって100メートルハードルで日本記録を更新する12秒97を記録し、世間を驚かせたことも記憶に新しい。

 そんな異色のキャリアを歩むスプリンターに「陸上から一度離れ、違うスポーツをしていましたが、離れた時に後悔しなかったですか? 陸上を一度離れて良かったと思うことはありますか?」との質問が挙がった。

「23歳で一度、陸上競技を引退して4年くらい競技を離れ、普通のお母さんとして過ごしていた。もちろん、最初、後悔は少しあった。ただ、23歳で辞めているので、陸上以外で何が向いているか、何に興味があるか、何をしたいかを見つけるにはちょうどいいと思った。新しい道を見つけるのも、これからの人生に必要なことだった。実際、陸上しかしてこなかったので、他の世界を見るのも新鮮で楽しかった。後悔を消すくらい、とても楽しい思いもしたし、すごくいろんな勉強をさせてもらった。

 ラグビーを2年間やって戻ってきたけど、陸上競技から6年間離れていたので、すごく陸上の見方が変わった。走ることがそもそも好きなんだなと思ったし、1回目に陸上していた時にいろんな人に迷惑をかけた分、戻ってきた時にいろんな人に力をあげられるようになりたいと持った。何より、今は結果がどうあれ楽しんで陸上競技をやりたいというのが一番。結果だけを見ていた以前と、練習から一回一回楽しむ今で、大きく変わった。辞めることはネガティブだけど、新たな経験をして戻ってこられて良かった」

 そして、「高校まで」と決めていた陸上を大学で続けようか迷っているという質問者に対し、寺田は「何事もそうだけど、『今、やりたい』と思った時が一番純粋に取り組める時だから」と言い、アドバイスを送った。

「大学は他のことやりたいと思って、何かを見つけて充実していたら、すごくいいこと。でも、また陸上やりたいと思って、もし戻ってきたら少し競技の見え方は違って、もっと楽しく取り組めるかもしれない。なので、そんなに心配しなくていいと思う。やりたいと思ったら、いつでもできるのが陸上競技のいいところ。大学に入って、世の中にはいろんな世界があるので、いろんな経験をして興味があることを見つけてほしい。そして、やっぱり陸上やりたいと思ったら戻ってきたらいいと思う」

 寺田だからできる答えに質問者も勇気づけられた様子だった。その明るさに引っ張られるように、オンライン上が笑顔であふれた1時間。最後に参加者を代表し、1人の女子部員が感謝を述べた。こんな言葉だった。

「今回の授業までは競技に対していろんな不安があったけど、今日、寺田さんの話を聞いて、もう一度、気持ちを引き締めて目標に向かって頑張ろうという気持ちになりました。この時期はモチベーションが下がったり、大会が決まらず、目標を見失ったりする人も多いけど、寺田さんが話してくださったように、モチベーションは下がる時は下がるものと思うと、気持ちが楽になりました。今回、学んだことを他の部員にも伝えて、自分のメンタル、技術の向上につなげていきたいと思います」

 大切な夏を失った高校生の心を確かに動かした寺田。最後は「皆さんが今まで頑張ってきたことが一番の財産だと思う。結果だけを見るのではなく、これまでやってきたことを大切にして頑張ってほしい」と語った上で「私もオリンピックに向けて頑張ります。皆さん、一緒に頑張りましょう!」と締めくくり、ともに前を向いた。

■オンラインエール授業 「インハイ.tv」と全国高体連がインターハイ全30競技の部活生に向けた「明日へのエールプロジェクト」の一環。アスリート、指導者らが高校生の「いまとこれから」をオンラインで話し合う。今後はバドミントン・小椋久美子さん、卓球・水谷隼らも登場する。授業は「インハイ.tv」で全国生配信され、誰でも視聴できる。(THE ANSWER編集部・神原 英彰 / Hideaki Kanbara)