連載「Sports From USA」―世界に先駆けて“ヘディングルール”を作った米国

「THE ANSWER」がお届けする、在米スポーツジャーナリスト・谷口輝世子氏の連載「Sports From USA」。米国ならではのスポーツ文化を紹介し、日本のスポーツの未来を考える上で新たな視点を探る。今回のテーマは「サッカーの『10歳以下のヘディング禁止ルール』のその後」について。

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 今年2月、イングランドサッカー協会は、子どもがヘディングを繰り返すことは発達中の脳に悪影響を及ぼす危険があるとして、11歳以下の子どもがヘディングすることを禁止した。年齢ごとにヘディング制限を設定。11歳以下は練習禁止、12歳以下は最大5回の練習を月1回などと定めている。

 3月末の朝日新聞の報道によると、英グラスゴー大が昨秋発表した調査結果が導入のきっかけになったようだ。直接的な因果関係は証明されていないものの「元選手は一般の人より認知症などを患う可能性が約3.5倍高い」と指摘されたからだ。

 イングランドサッカー協会がヘディング制限を設定したのは、2016年1月に米サッカー協会がガイドラインを作った影響もあったのではないか。米サッカー協会のガイドラインは10歳以下は試合でも、練習でもヘディングは推奨されず、試合でヘディングした場合にはフリーキックになるというものだ。

 なぜ、米サッカー協会はガイドラインを作ったのか。元ユースサッカー選手や保護者らが米サッカー協会などを相手に集団訴訟を起こしたことが絡んでいる。原告側は、将来的に脳へ悪影響を及ぼすリスクを訴え、育成プログラムなどを変更するように求めた。

 米国では、2005年頃から、脳震盪を繰り返してきた元プロアメリカンフットボール選手たちが、深刻な後遺症に悩まされていることが明らかになった。2010年代には元選手らがNFL(米アメリカンプロフットボールリーグ)を相手取り、補償を求めてきた。米サッカー協会に対する集団訴訟は、アメリカンフットボール選手と脳震盪の問題に触発されてのものだろう。

 米サッカー協会は原告側の育成プログラムの変更という要求を受け入れて和解に達し、10歳以下のヘディングを禁止(または推奨しない)というガイドラインができたのだ。

 2016年時点では、10歳以下のヘディング禁止は、米サッカー協会のユース代表チームとMLS傘下のユースアカデミーなどで適用され、それ以外の各組織では推奨されるにとどまっていた。しかし、全米各地の多くの協会やリーグもこれに追随し、10歳以下のヘディングを禁止とするところが増えている。

 危ないかどうかははっきりと分からなくても、子どもの安全に関することだけに、もしかしたらという心配があれば、やめておいたほうがよい、と考えるのは自然なことかもしれない。リーグやチームを運営する側には、保護者から訴えられるのを避けるために、ヘディングをさせないという雰囲気にもなる。

ある指導者は「ヘディングの指導の情報が少なすぎる」と嘆き

 しかし、リスクがあるかもしれないヘディングを禁止したことで、すべて丸くおさまったかといえば、そうではない。

 ヘディングそのものよりも、相手選手の頭やひじと衝突する衝撃のほうが大きいのではという意見もある。

 ヘディングは11歳以上、中学生、高校生年代の試合では制限がない。それなのに、10歳以下のヘディング禁止から、ヘディングを試合で使う10代半ばにかけての移行期に、どのようにしてヘディングを身につけていくのか、という指導者向けの情報も少ない。

 米ミシガン州デトロイト郊外で、ユースサッカーチームの運営・指導をするFC Brilliant代表の高橋亮さんは「ヘディングの指導についての情報が少なすぎる、ほとんどない」と話す。高橋さんは、小さいうちにできるだけ衝撃の少ない方法を体で学ぶという方法もとれない、という。

 米サッカー協会は世界に先駆けて、子どものヘディングを禁止した。しかし、そのルールを完全に咀嚼できていないように見受ける。

 12歳や13歳以下では、練習の回数を制限しているのに、なぜ、試合では使ってもよいのか。練習で衝撃を受ける回数を減らしても、試合で何度も使うのはよいのか。うまく咀嚼できないのは、サッカーのヘディングが選手の脳にどのような影響があるのかがはっきり分からないことや、悪影響があるかもしれないとしても、現時点では大人のサッカーの試合からヘディングをなくすことは考えられないからだろう。前述したように米国では11歳以上の子どもにどのようにヘディングを指導するかという移行期のプログラムも十分とはいえない。

 後から子どものヘディングを制限したイングランドサッカー協会のコーチングが、今度は、米国の指導法に何らかの変化をもたらすのか。子どものヘディング禁止は英米以外の国にも広がり、ヘディングの指導法にどのような変化があらわれるのか。注目したい。(谷口 輝世子 / Kiyoko Taniguchi)

谷口 輝世子
 デイリースポーツ紙で日本のプロ野球を担当。98年から米国に拠点を移しメジャーリーグを担当。2001年からフリーランスのスポーツライターに。現地に住んでいるからこそ見えてくる米国のプロスポーツ、学生スポーツ、子どものスポーツ事情を深く取材。著書『帝国化するメジャーリーグ』(明石書店)『子どもがひとりで遊べない国、アメリカ』(生活書院)。分担執筆『21世紀スポーツ大事典』(大修館書店)分担執筆『運動部活動の理論と実践』(大修館書店)。