「成長できる部分はまだ山ほどある」――世界パラ水泳選手権の400m自由形と100mバタフライでともに銀メダルだった富田宇宙(S11/視覚障がい)は闊達な口調で語る。16歳で進行性の目の病気が発覚、宇宙関係の仕事がしたいという夢や学生時代に没…

「成長できる部分はまだ山ほどある」――世界パラ水泳選手権の400m自由形と100mバタフライでともに銀メダルだった富田宇宙(S11/視覚障がい)は闊達な口調で語る。16歳で進行性の目の病気が発覚、宇宙関係の仕事がしたいという夢や学生時代に没頭した競技活動を一度は断念、ひたすら自己ベストを追い求めて泳ぎ続けてきたパラ水泳では突然、障がいの重いクラスへの変更を告げられた。そしてメダル候補として期待されている東京2020パラリンピックは延期。幾度となく大きな変化を経験してきた遅咲きスイマーが伝えたいこととは?(インタビューは4月下旬にリモートで実施)

初めての世界選手権で得た教訓
400m自由形で2位に入った富田宇宙(左)と1位のロジャー・ドルフマン(中央)

世界選手権は初めての大舞台で、思うようなレースができなかったように思います。緊張感もこれまでにないものでした。以前の大会はあくまでトレーニングの一環という感覚で出場していたんですが、世界選手権は結果を出すことが最優先ですから、レース当日までのピーキングを、これまでになく長い期間行いました。その結果、経験したことがないくらい身体がよく動いて、泳ぎのコントロールがうまくできませんでした。銀メダル2つは及第点かもしれませんが、欲を言えば金メダルが欲しかったですね。

アスリートとしてだけでなく、1人の人間として魅力的な選手が多くて、彼らと競うことが純粋に楽しかったですね。海外のトップ選手たちは、競技を心からエンジョイしているように見えました。人生の中で水泳に重きを置きつつも、全体的に見ればひとつのアクティビティという位置づけで水泳をしているのか気負いがない。生活の充実と水泳選手としてのレベルアップを両立しているから、モチベーションを維持できるし、だからこそ、結果もついてくるんだなって。彼らの生き方を見て、こういう選手たちと競争していきたいという思いを強くしました。

世界選手権で活躍した富田の泳ぎ(=左、右は木村敬一)

泳ぎ方は、変えていない部分の方が少ないくらいですね。例えば、ストローク1回あたりの推進力を高めるための練習をしています。言い換えれば、これまで小さなギアでピッチを重視して泳いでいたのが、大きなギアでゆったりと進むフォームへの変更です。

結果的に、50mあたりのストローク数もかなり少なくなりました。感覚としては、体の末端で水をつかむのではなく、体幹で水を捉えていくイメージですね。外出自粛期間も自宅でチューブを引っ張ってストロークと同じ動きをしていますが、もちろんそのフォームを意識して行っています。

クラス変更で一躍「メダル候補」も、意志は不変

世界選手権の代表から漏れたことで、S13クラスでパラリンピックに出場するのは厳しいと思い始めていました。実はその頃、パラトライアスロンへの転向を検討していて、9月のパラ水泳の世界選手権に出場できなかったら、タイでトライアスロン合宿をしてから、日本でレースに出てみる計画でした。

S11クラスではブラックゴーグルを着けて泳ぐ

思っていたよりも早い時期のクラス変更で、正直戸惑いました。当時の日本代表監督から「明日からのレースで世界選手権の派遣標準記録を突破すれば、今からでも代表に追加招集される制度がある」と聞かされて。急に何を言っているんだろうと(笑)。

仲の良かった木村敬一選手(S11)からは、「これあげる。頑張ってね」とブラックゴーグル(※)をプレゼントされて、何も見えない状態でいきなりプールに飛び込むことになったんです。怖さなんて感じる間もなく、コースロープに何度もぶつかりながら、痛みに耐えて泳ぎました。体もアザだらけで、周りから同情されていましたね。

※ブラックゴーグル:S11クラスの選手が着用する光を通さないゴーグル。同じクラスでも選手によって見え方が異なるため、公平に競技を行うために使用する。

クラス変更後から一転して「メダル候補」と言われるようになりましたが、自分自身を見失わないように意識しています。常に向上し続けたいという思いは、クラス分けの前後で変わることはありません。

障がいが進行したことで、日常生活は着実に不便になっていますが、競技の面では幸運だったと言わざるを得ません。だからこそ、この機会を活かさなくてはいけない。恥ずかしい泳ぎはできない、という責任感を持って日々の練習に取り組んでいます。

オリンピックとは違う“パラリンピックの魅力”を伝えたい
世界選手権を経験し、「水泳が楽しくなった」という富田

オリンピックが“ゼロから100を目指す競技”だとすると、パラスポーツは“マイナス100から100を目指す競技”だと思っています。その道のりの中に、オリンピックとは全く違う魅力があるはずなんです。

ゼロから上の部分だけではなく、マイナス100からゼロの部分に焦点を当てることで、選手たちの“深み”に気づくことができるのではないかと僕は考えています。選手自身の苦労や、社会で味わってきた困難。そこにあえて目をつむることなく、本人の「人生の幅」として伝えることができれば、パラスポーツの面白みがより伝わるのではないか、と。

僕のモチベーションは、自分の成長を実感すること。水泳はそのための手段でもあります。例えば外出自粛でプールが思うように使えないときでも技術面で取り組むところはたくさんあるし、延期になった1年間で取り組んだことを、必ずプラスにしたいと思っています。東京パラリンピックは、自分の成長を確認する大会にしたい。その結果としてメダルがついてきたら、最高ですね。

text by TEAM A

photo by X-1