選手、スタッフとして12年目、チームの屋台骨を支え続ける強化担当の思い

 サッカーJリーグは6月27日にJ2が再開、J3が開幕、7月4日にJ1が再開する。サポーターにとっては待ちに待った瞬間を目前に、複数のメディアによって構成される「DAZN Jリーグ推進委員会」はJリーグ全56クラブの主力選手、クラブ幹部、スタッフをインタビュー。「THIS IS MY CLUB – FOR RESTART WITH LOVE -」と題した企画で、開幕、再開を熱く盛り上げる。

 THE ANSWERではJ2からJ1への返り咲きを目指す松本山雅FCの強化担当、鐡戸裕史氏を直撃。現役、スタッフとして山雅を知り尽くす男が愛するクラブへの思いを語った。

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 鐡戸裕史が松本の地を初めて踏んで、今年で12年目になる。

 熊本県で生まれ育ち、大学からは同じ九州の佐賀県へ。社会人リーグでのプレーを経て、サガン鳥栖でアマチュア契約からプロ契約を勝ち取った努力の人だ。

 2009年に松本山雅FCに加入。当時、クラブは北信越リーグ1部に所属していた。以降、カテゴリーが上がり、クラブの規模が大きくなっていく過程を体感してきた。

 2016シーズン限りで現役を退き、翌年からはクラブアンバサダーに就任する。ホームタウン活動や広報活動、あるいは地域の活動にも積極的に顔を出し、今年からは兼任していたチーム統括本部の仕事に選任する形で『強化担当』の肩書きに。

 山雅サポーターで鐡戸を知らない人はいないだろう。168cmの小兵ながらガッツ溢れるプレーが持ち味で、サイドバックやウイングバックとしてプレー。勝利への飽くなき欲求で長きにわたってチームを支えた。

 あらためて現役当時を自己分析してもらうと、照れ臭そうに笑いながらもこんな話をしてくれた。

「自分は技術や上手さが持ち味というタイプではなかったですね。体は小さくても、泥臭くあきらめずにプレーするのが特徴だったと思います。ポジション的にも守備の役割が多かったですし。現役時代、最後の3年間くらいはスタメンでの出場機会が減り、ベンチを温める時間やメンバー外の機会が増えました。選手である以上は試合に出場してチームの勝利に貢献したいのは当たり前。でも11人だけでチームが勝てるわけではない。約30人いるチームの中で、もし試合に出られなくても必ず役割があります。一人ひとりの働きかけや存在に価値があるはず。それを考えて行動に移すことが、自分自身のアイデンティティだったのかもしれません」

 引退してアンバサダーに就任した鐡戸は、初めて観客席に立ってピッチに視線を向けた。緑色の芝生の絨毯は美しく、ウォーミングアップから真剣な目つきの選手の姿に時間を忘れた。

 我に返ったのは、サポーターからの大音量の声援が響き渡った瞬間だった。

「初めて山雅サポーターが陣取るゴール裏に行った時の光景は忘れません。スタンドから見える選手は輝いていて、声を枯らして応援する人たちはみんな真剣で、それでいてものすごく楽しそう。それから、みんなが飛び跳ねるから本当に地響きがするんですよ。鳥肌が立ちました。現役時代から応援してくれる方々の存在に励まされてきましたが、引退して立場が変わらないと分からないこともありました。それ以来、アルウィンで開催されるホームゲームでは毎試合コンコースを歩いて、スタンドから見える景色と、応援してくれている人たちの表情を見るようにしています」

 現在は裏方としてクラブを支える立場になった。契約関係の書類作成など事務仕事をこなし、期限付き移籍している選手の現況確認を担当する。さらに時間を見つけてはトップチームやユースの練習グラウンドにも足を運ぶようにしている。

再開後のチームへ「勇気を与えるようなプレーを」

 最近、ふと寂しさを感じる出来事があった。

 松本山雅は通常時ならば週2回程度は練習を一般公開し、平日でも約100人のファン・サポーターが練習に訪れて賑わいを見せる。しかしコロナ禍の昨今、感染拡大防止策として非公開練習にせざるをえない。応援する者にとっては選手を身近に感じられる他愛もない会話機会はなくなり、お気に入りの選手との写真撮影もできなくなってしまった。

 現状を目の当たりにした鐡戸は、リーグ戦再開後のチームへの期待を口にする。

「応援に来てくれる人たちが元気になって、勇気を与えるようなプレーを見せてほしい。強化を担当している僕がこんなことを言うのは語弊があるかもしれないけれど、もし試合に勝てなくても足を運んでくれた方々が『また応援したい』と思えるようなクラブで在り続けなければいけない。

 ハードワークや最後まであきらめない姿勢をいつでもできるチームでいなければいけない。相手に関係なく、雨や雪が降っていたとしても、そしてホームでもアウェイでも、誰が試合に出場しても変わらない姿勢が松本山雅FCなんです。それがスタジアムに来てくれる方々や、DAZN中継で応援してくれる人に勇気を届けるはずだから」

 だから鐡戸はもうすぐ再開するリーグ戦に向け、今日も裏方として汗を流す。

 松本で過ごす12年目は、変わらず寒い冬だった。それを忘れさせてくれるサポーターの熱をさらに盛り上げるために。鐡戸にはやるべきことがある。

「山雅のサポーターは、チームが勝っても負けても励ましてくれます。特に、負けた時にポジティブな声をかけてくれるんです。時間とお金を割いて足を運んでくれているわけだから、不甲斐ない試合なら文句の一つでも言いたくなってもおかしくないのに、次の試合に向けて背中を押してくれる。

 僕が引退してからも山雅で仕事を続けているのは、選手時代に支えてくれたサポーターや地域の人に恩返しをしたかったから。昨年まではアンバサダーとして貢献し、今年からは強化担当に選任することでどの時代、どんな選手、監督になっても応援されるクラブを作っていきたいと思っています」

 鐡戸裕史の松本山雅FCライフはこれからも続いていく。

(敬称略)(藤井雅彦 / Masahiko Fujii)