現在のアメリカで最大の話題は、人種差別問題である。5月下旬、46歳の黒人男性ジョージ・フロイド氏が白人警官に殺された事件に端を発し、以降は全米で抗議活動が行なわれ、社会問題になっている。新型コロナウイルスへの懸念すらも一時的に吹き飛ばしてしまった感がある。



近代メジャーリーグで初の黒人選手となったジャッキー・ロビンソン

“Black lives matter” (黒人の命は大切だ)を合言葉にしたムーブメントはスポーツ界にも広がり、すでに多くのチーム、選手、関係者が発言し、声明を発表してきた。同じメジャースポーツのNBAほど積極的ではないもののMLBの選手、関係者も例外ではない。

 昨季までヤンキースでプレーしたCC・サバシアは、ニューヨークで行なわれたデモに4人の子どもたちとともに参加したことを明かしている。現役時代からリーダーシップに定評があったサバシアは、6月15日にはツイッター上に55秒間のビデオメッセージを投稿。このビデオではアーロン・ジャッジ、ジャンカルロ・スタントン(ともにヤンキース)、デビッド・プライス(ドジャース)、今季からオリックスでプレーするアダム・ジョーンズといった著名選手が”Black lives matter”を呼びかけており、現地でも大きな話題になった。

 奴隷解放記念日だった19日には、元ヤンキースのスーパースターで、現在はマーリンズのCEOを務めるデレク・ジーターが「MLB TV」に出演。黒人の父親、白人の母親をもつジーターは、特別番組の中で「今こそ人種差別を終わらせる時だ。何かを変えなければいけない」と熱くメッセージを送った。

 その他、リーグ屈指の左腕クレイトン・カーショーもツイッター上で「黒人の仲間のために声をあげることから始めよう」と訴えている。全米を震撼させているムーブメントは、MLBにも確実に広がりを見せているように思える。

 草創期は有色人種排除の方針が確立されていたMLBだが、現在は多くの人種がプレーするリーグになった。そんな変化を可能にした功労者として、1940〜50年代に黒人初の近代メジャーリーガーとなったジャッキー・ロビンソンの功績が有名だ。当初はあからさまな差別に見舞われながらも、ロビンソンは人種の壁に風穴を開けることに成功。以降、黒人だけでなく、ラテンアメリカ、アジアからもメジャーに入団することが可能になった。その流れに乗って、多くの日本人選手が太平洋を渡ってきたのはご存知のとおりだ。

 MLBはロビンソンがメジャーデビューを果たした毎年4月15日を”ジャッキー・ロビンソン・デー”に制定。この日は全米各地でセレモニーが開催され、全選手がロビンソンの現役時代の背番号42を着用するのが恒例になっている。

 ただ……、こうした流れがあるからといって、MLBで人種差別がなくなったとは言い切れない。今回の一連の抗議活動の最中、現実をあらためて突きつけられるような残念なエピソードも明るみに出てきている。

 6月上旬、元スター選手のトリー・ハンターがESPNのラジオ番組に出演した際、現役時代にボストンで差別的な中傷を受けていたと告白した。黒人に対する蔑称(べっしょう)である”Nワード”で100回は呼ばれたのだという。

「ボストンは大好きだし、プレーしたかった。ただ、私の妻と家族をあの地域に住ませたくはなかった」

 そんな言葉どおり、ヤジがあまりにも悪質なため、ハンターは自身の契約にボストンへのトレード拒否権を盛り込んでいたのだという。この衝撃的な発言を受け、レッドソックスも目を背けてはいなかった。6月10日、本拠地のフェンウェイパークには人種差別が存在することを認め、「ハンターの経験は本当です。声を上げてくれたすべての人に感謝します」と声明を発表したのだった。

 フェンウェイではアダム・ジョーンズも2017年に人種差別的なヤジを浴び、ピーナッツの袋を投げつけられたことがあった。こういった差別はボストンに限った話ではなく、程度の差こそあれ、多くのマイノリティがさまざまな街で経験していることなのだろう。もちろんすべての街で日常的に起こっていると断定すべきではないが、ボストンだけに限定して考えるのはナイーブ過ぎる。

「高校、大学、プロと進む過程で、選手、コーチともに(黒人の)数が少なかったから、自分がまるで孤島にいるかのように感じた」

 6月16日、「MLB TV」の特別番組に出演したダイアモンドバックスの黒人投手、ジョン・ドゥプランティアの言葉にも重要な意味があるはずだ。

 近年のアメリカにおいて、黒人の野球人口の減少が問題視されているのは周知の事実だ。絶対数が少なければ、必然的に声を上げる選手も少なくなる。おかげで人種差別への抗議の声も、黒人の数が多いNBAやNFLと比べると、なかなか響かなくなっていたのではないか。

 そういった背景を考えれば、抗議活動が全米的に広がっている現在はMLBが人種問題を見直すチャンスと考えることもできる。今は若手からベテランまで誰でも発言しやすい環境になっており、より多くの人々が耳を傾けるはずだ。前述した「MLB TV」への出演時、ジーターもこう述べていた。

「私を楽観的な気持ちにさせているのは、アメリカのすべての州、そして他の国々に住む異なる人種の人たちが、今こそ変化が必要な時だと初めて同意していることだ」

 7月下旬に再開が予定されるNBAでは、多くの選手たちが自らの影響力とプラットフォームを生かし、差別への抗議の声を上げ続けるに違いない。試合後の記者会見などでも、人種問題へのアピールを続けるのだろう。

 日本時間で7月24日か25日の開幕が決まったメジャーリーグでも、抗議の声が大きくなっていくだろうか。ロビンソンの心を引き継ぐこの機会を逃すべきではないだろう。全米が騒然としている中で、シーズン開始後、MLBの対応、スター選手たちの発言にも大きな注目が集まる。