【写真提供=久野朗大】

-Global Baseball Bizの記事一覧はこちら-

 今回は東京ヤクルトスワローズで通訳として働く、久野朗大(ひさの・あきひろ)さんを紹介したい。「夢」というと幼少期の頃から温め続けているものというイメージが強いが、彼は社会人になってから本格的に夢を追って叶えた青年だ。

■小中高は海外育ち 帰国子女が日本社会に出てから見つけた夢

 久野さんは、福岡県出身の27歳。野球は「やるより見る派」、福岡に暮らす祖母は熱心な鷹党で、会話はいつも野球のことばかり。野球好きのルーツは、祖母の影響が強いそうだ。父親の仕事の関係で4歳でインドネシアへ渡り、小学校はジャカルタ、中学校は中国の大連、高校は韓国のソウルへ通った。

大学は、悩んだ末日本の上智大学へ進学。将来を視野に入れ、スポーツビジネスに強いアメリカの大学も受験したものの「日本人であるアイデンティティを失うことへの恐怖を感じた」という。大学ではスポーツビジネスだけに特化せず、経営学などを広く学んだ。卒業後は、団野村氏が代表を務める株式会社KDNスポーツジャパンへ入社する。

KDN時代 ロッテ・チェン選手と【写真提供=久野朗大】

外国人スポーツ選手のサポート業務などを行う中で、次第に「選手ともっと近い距離で仕事をしたい」という気持ちと、自身の持つ語学力や海外生活で得た経験を仕事に活用していきたいという願望を抱くようになる。

そこで志したのが「球団通訳」だった。とはいえ、英語と日本語だけでは正直”強み”に欠けるという点は否めない。近年は中南米出身の選手が多数来日しており、スペイン語の重要性を感じていた久野さんは、スペイン語の習得を決意。新卒で入った会社を退職して、メキシコシティにある大学の附属語学学校に一年間留学した。

 その年のオフ、通訳の募集があったNPB球団に複数応募するも、残念ながら採用には至らなかった。就活のため、アメリカで行われているウインターミーティングにも足を運んでみたが、自分がアメリカの球団で働くというイメージは湧かなかったそうだ。縁あって四国アイランドリーグplus・高知ファイティングドッグスで一年ほど球団職員を勤めたが、やはり通訳になりたいという夢は簡単には諦められない。「今なれなくても、いつか必ず」という想いは常にあり、アンテナは張り続けていたという。

 そんな久野さんに吉報が訪れた。知人経由で「ヤクルトが通訳を募集している」という情報を得たのだ。もちろん応募し、ついに採用を勝ち取った。大学を卒業してから3年、社会に出てから見つかった”自分の夢”を叶えたのだった。

■球団通訳ってどんな仕事?

久野さん【写真提供=久野朗大】

 ところで球団通訳とは、実際にどのような仕事をしているのだろうか? 2019年シーズンの様子を教えてもらった。

「2019年は通訳が3名おり、うち2名が一軍で野手と投手を担当、1名は二軍に帯同していました。私は一軍野手を担当し、主にバレンティン選手とシーズンを共に過ごしました。ミーティング時や取材対応はもちろん、連絡事項があれば随時伝えます。選手に迷惑がかかってしまうので、伝え忘れやミスがないよう、ダブルチェックやトリプルチェックを常に心がけています」

バレンティン選手【写真提供:共同通信社】

「バレンティン選手は対外的には英語を話しますが、日常会話ではスペイン語でのやり取りもありました。実際にメキシコで一年生活したことにより、言語だけでなく風習や文化を体感できたのは相互理解の上で重要なことだったと思います。とはいえバレンティン選手は日本生活が長いため、時々”日本人以上に日本人らしい”所作をしては周りを驚かせていましたが……」

2019年の大型連敗中、バレンティン選手はベンチに清めの塩を撒いてまわり、ロッカーでも自身の体に威勢よく塩を掛けていたという。チーム内では特に村上宗隆選手を気にかけ、よき兄貴分として相談に乗る姿も多く見かけたそうだ。こういった光景を目にできるのも、通訳になるという夢を叶えた特権の一つだろう。

「ヤクルトはとてもアットホームな雰囲気のチームで、選手だけでなくチームスタッフも含めて大きなファミリーという感じです。私も神宮での試合前に”声出し”を二度やらせてもらいました。通訳として一年目のシーズンだったので、大変だったこともありましたが、苦労よりもやりがいや仕事の楽しさが上回ったというのが素直な感想です」

【声出しをする久野さん】

「通訳は、言葉を変換するだけではありません。相手がどう受け止めるかを考えた言葉選び、物事を伝える順番やタイミングなどの試行錯誤は常にありましたが、チームと共に過ごした時間は非常に素晴らしいものだったと感じています」

 久野さんは2020年もチームの通訳を務める。新外国人選手の獲得も発表されており、ますます忙しくなりそうだ。 若き球団通訳にも是非注目してみてほしい。

※取材日は2020年1月

文:戸嶋ルミ