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 プロ、アマを問わず野球界に関わるさまざまな人々にスポットを当てる連載。今回は、『イップス研究家』として活動する谷口智哉氏に、イップスの原因と克服法を、自らが歩んだ野球人生とともに聞いた。

■1000件以上の相談を受けてきた

――イップスという言葉自体は最近よく耳にしますが、「イップス研究家」というのは、まだまだ聞き慣れないですね。

谷口 ハハハハ(笑)。はい、新キャラですね。

――実際に「イップス研究家」とは何をしている人なのでしょうか?

谷口 はい。イップスに悩んでいる人の相談に乗って、話を聞いて、実際に指導したりしています。でもイップスって「これで絶対に克服できます」っていうものは日本でも世界でも確立されていないですし、正体不明のものなので完璧な答えがある訳ではありません。

 でも僕自身が学生時代に克服できたという経験があるので、それを教えつつ、その上でいろんなサンプルデータも貯まって来るので、僕自身も現状に満足することなく常に研究していきたいということで「イップス研究家」と名乗っています。

――いつから「イップス研究家」として活動されて、今現在はどのぐらいの人たちの相談に乗っているのでしょうか?

谷口 今、僕が25歳なんですが、23歳の時からですね。途中、就職活動もしたので、実質的には2年ぐらい。実際に会って指導する方もいれば、遠方で直接会えない方は、電話でやり取りをしています。最初にLINEに友達追加してもらう形でやっているんですけど、今は1500人ぐらいの方と繋がっています。

――かなり多いですね。元々、それぐらいの人数から相談を受けると思っていたのですか?

谷口 いえ、予想よりもだいぶ多いですね。実感として1チームに1人、2人はイップスっぽい人がいた感じですけど、こんなに短期間に多くの方から相談が来るとは思っていなかったです。

 高校生や大学生の野球部、バリバリにやっている人からサークルなどでやっている人、軟式の方もソフトボールの方からも相談を受けます。社会人の方も多くて、意外だったのが、休みの日などに草野球とかをやっている方からの相談が多かったことですね。草野球で楽しくやっているんですけど「実はイップスが悩みで…」って方が多くて驚きましたね。

――具体的にはどういう風に、どのようなプロセスでイップスを克服していくのでしょうか?

谷口 大きく3つの段階に分けています。最初は、カウンセリングですね。その人の生まれた場所からどうやって育ったか、どういう野球人生を送って来たかを知ること。その人の価値観、性格を知ることから始まります。

 イップスというのは“できる人”が陥る。自分自身に成功体験があって、周りの期待も上がっている中で、ミスなどをキッカケに恐怖心が出て、以前のできていた自分が逆に敵になってしまう。

 投げるフォームというのはその人の性格、価値観が投影されているもの。そういうところからアプローチして行かないとイップスは克服できないし、単にコーチから「ちょっとフォームが違う」、「力が入っている」って目に見えているところだけ言われても、選手の性格が違えばフォームも違いますし、性格上、力みやすい選手に「力むな!」って言っても、余計に力んでします。

 そのため、まずは現状をできるだけ正確に把握することが大事になります。

――イップスに一度なってしまうとなかなか治らないと聞きますが?

谷口 そうですね。なので、現状把握の次は、イップスへの考え方を変えていくことですね。イップスって悪いもの、病気、みたいにネガティブな捉え方をされますけど、そこの認識を変えること。

 僕がよく伝えているのが、「イップスは才能」という言葉。投げる、という単純な動作がグチャグチャになるまで試行錯誤するというのは全員ができる訳じゃない。多くの人が「普通に投げろよ」って思うんですけど、それを細かく、深く考えて、執着心を持って取り組めるというのはすごいこと。

 イップスは悪いものではなく、「誰もがなれるものじゃない、才能だよ」という考えになってもらいたいです。その上で、最後に技術練習になる。最初から、克服できる技術練習を教えてください。直接指導してもらいたい。という方が多いんですけど、大事なのは、その前の2つ。

 自分自身を知って、イップスへの価値観を変えるというところがないと、なかなか克服できないですね。

――イップスを克服してしっかりと投げられるようになるには、やはり相当な時間がかかるものでしょうか?

谷口 はい。人によって、症状の軽さ、重さは変わりますが、重度の方の場合は、考え方を変えてから、「投げる」ということに関して、これまで積み上げて来たものを全部忘れて、初期化して、一から練習していく必要があるので、その場合、時間はかかりますね。

 どうしても悪いクセがついてしまっているので、ある意味、初心者よりも時間がかかってしまいますね。でも、それを乗り越えた時、以前の自分よりも確実に上に行けると思っています。

■人生最悪の試合から立ち直り、覚醒した大学4年の夏

――自身も高校時代にイップスになったそうですが?

谷口 まさに、ですね(苦笑)。小3から野球を始めて、中学時代は世田谷西シニアで、そこから慶應義塾高校に進んだんですけど、高校2年秋の公式戦でミスをしたことをキッカケに迷い込みました。

 その前から兆候はあって、2年夏のメンバーから外れた理由が「声が出てない。3年生からの信頼がない」ということで、自分の代になっても「お前が変わらないとレギュラーはないぞ」と監督に言われて、自分の中で焦りとか不安が生まれて、プレッシャーを感じるようになって、監督の顔色を気にしながらプレーするようになった。

 そして秋です。外野を守っていたんですけど、「自分のところに飛んでくるなよ…」と思っていたところに飛んできて、エラーして、さらに暴投。次のイニングで回って来た打席で、送りバントを決められず、結果的に2ストライクからヒットを打ったんですけど、塁上で監督のサインを見逃して、焦って勘違いして走塁ミス。

 もうそれで完全にダメになりましたね。練習の時でも思うように投げられなくて、打つ方も守る方も、全てができなくなってしまった。

――最後の夏はスタンドからだったと聞きましたが、大学でも野球を続けた理由は?

谷口 高校に入る前の自分のイメージと実際の結果が、全くかけ離れていて、本当に酷かった。中3の時よりも高3の時の方が下手になった感じで、自分に全く満足できずに「これで終われるかよ」って思った。

 元々、高校に入った時から大学まで続けたいと思っていましたし、野球を続けることに迷いはなかったです。でも大学の方が、レベルが高くなるので、そこで試合に出るのはさらに難しくなる。このままやっていても絶対に無理なので、まずはイップスをどうにかするしかない、と。

 高校野球を引退してから少し時間ができたこともあって、そこでいろいろ調べた時に、専門家の方を見つけて相談しに行きました。そこで「イップスは才能」という言葉をもらって価値観が一変しました。
 
 高校時代のリベンジをするのはもちろんですけど、せっかくイップスになったんだから「イップスになってよかった」、「イップスに勝った」と思えるようにしたいと思ったんです。

――どのようにイップスを克服して、いつ「勝った」と思えたのですか?

谷口 とにかくまずはネットスローですね。ボールの握りから腕の動かし方、本当にいろいろと試行錯誤しながら、新しい投げ方、投球フォームも変えて、ひたすら投げ続けました。

 それである程度、前までのレベルで投げられるようになって大学に入学することができました。でも「勝った」と思えたのは4年の時ですね。大学入学後もネットスローはずっと続けていたんですけど、そうしたら大学4年の夏に「これだ!」、「掴んだ!」っていう感覚があって、夏の合宿の外野ノックでレーザービームを連発して、周りから「覚醒だ!」って言われた。

 元々、投げるのはそこまで得意じゃなかったですけど、イップスになったおかげで、もう一度再構築して「イップスになる前の自分よりも上に行けた」と思えて、自分の中でむちゃくちゃ感動した。

 結局、試合には出られず、表面上は高校も大学も同じ結果だったんですけど、自分の中での感覚は全く違った。やり切ったという感覚を持って終えることができました。

――その後、就職活動もして内定ももらったと聞きましたが?

谷口 はい。面接では、イップスの話ばかりをして、無事に内定をもらいました。でも、野球を辞めるからには、野球以上に燃えるものを仕事にしたいと思っていたんです。だけど、そういう基準だとやっぱりなかなか見つからない。

 それでも最終的に、1社決まったんですけど、その後に「イップス研究家」としての活動を始めて、悩んでいる人が予想以上に多くて、反響もあって、その中で一定の売り上げも上がるようになって、これを続けたいと思ったんです。

 親には反対されましたし、内定を辞退した会社にもすごく迷惑をかけたんですけど、野球以上に燃えるものを見つけることができたので、この活動に人生をかけて、このまま続けていきたいと思っています。

■より多くの悩みを解決するために

――YouTubeの方にも動画をアップしていますが?

谷口 はい。一応、毎日上げるようにしているので、本数でいうと300本ぐらいは上がっています。正直、万人受けするジャンルじゃないので、そこまで再生回数は多くないですけど、悩んでいる人に届けばいいかなと思っています。

――野球以外の競技の方からも相談は来ますか?

谷口 来ますね。イップスは野球だけじゃないですから。テニスや卓球などのラケット型の競技が多いですね。中にはスキーのジャンプの方からも相談を受けましたね。

 イップスはトラウマと近いものがありますから、どの競技にも同じような感覚、悩みがあると思います。程度の大小もありますから、小さいものも数えると、本当に多くの人がイップスや、イップスに近い悩みがあると思います。

――明確な答えはないと思いますが、イップスを克服するために一番大事なことは何だと思いますか?

谷口 やっぱり、考え方が大事だと思います。自分の現状をしっかりと理解して、それをどうしていくか。いろいろ投球フォームを変えても、考え方が変わらないと結局続かない。目に見えるところだけをいじっても効果は持続しないですね。

 そのためには指導者の方にも理解が必要になる。そもそも「失敗したらどうしよう」、「ミスしたら怒られる」という精神的なものがイップスになる始まりなので、指導者の方にも、問題意識を持って取り組んでもらいたいと思っています。

――これから「イップス研究家」としてやって行きたいことは?

谷口 イップスを撲滅するのは難しいですが、「なったからといって悪いものではない」ということは伝え続けていきたい。イップスを乗り越えられればさらに上に行ける、イップスになったことで上に行くための特殊ルートがあるということを知ってもらいたいですね。

 これから僕自身の発言力も高めて行って、より多くの人が救われたら嬉しいです。

▼プロフィール
谷口智哉(たにぐち・ともや)/1994年生まれ。神奈川県出身。小学3年から野球を始め、中学時代は世田谷西シニアに所属して全国優勝も経験。

主に「2番・センター」として活躍する。慶應義塾高校に進学し、2年春に代走として公式戦初出場するも2年夏はベンチ外。

2年秋の試合をキッカケにイップスに。大学4年時に克服。「イップス研究家」として活動する。講演会なども積極的に行っている。

YouTubeチャンネル「トモヤ@イップス研究家」

公式LINE@アカウント
https://line.me/R/ti/p/%40ywa7730f

取材・写真・構成=三和直樹