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 プロ、アマを問わず野球界にかかわるさまざまな人々にスポットを当てる連載。今回は、昨オフに現役を引退し、今年から古巣の東芝野球部でコーチに就任した新垣勇人さん。プロ野球選手から指導者として新たな道をあるき出した彼に、プロ野球時代の思い出や、指導者としての意気込みなどを聞いてみた。

■雑誌で紹介されたことが意識改革の始まり

──新垣コーチが野球を始めたきっかけは何だったのでしょうか?

新垣 父親に無理やりやらされたというのがきっかけです。小さい頃は、サッカーをしたいと思っていたのですが、父親がサッカー嫌いだったらしく、絶対にやらせたくないと、野球をやるように仕向けたみたいです(笑)。

──無理やり始めたとはいえ、高校時代は春の甲子園にも出場し、最終的には夢のプロ野球選手にもたどり着きました。プロを狙えると現実的に思い始めたのはいつ頃でしたか?

新垣 高校のときに、ある雑誌にプロ注目の投手みたいな特集でページ部半分ぐらいのスペースで取り上げられたときからですかね。そうやって特集されるってことは、プロ野球選手になれるチャンスはあるんだなと、意識したんです。

 そこから、プロでやるには145km/h以上のストレートを投げないと通用しないと思って、朝5時に起きて10キロぐらいのランニングを始めました。でも3日ぐらいたったとき、目覚ましを止めずにランニングに行ってしまったんです。

 そのとき同室だった先輩が目覚ましを止めたらしく、後からこっぴどく怒られたのを覚えています(笑)。でも、プロになるには他の人より努力しないと行けないと思ったので、ランニング以外にも一人でいろんな練習を取り入れましたね。

──そんな努力が実を結び、2012年のドラフトで指名を受けましたが、そのときの心境を教えてください。

新垣 社会人になって5年目のシーズンを終えた時期だったので、正直指名はかからないと思っていて、一人で部屋にいてドラフトの中継を見ないようにしていました。案の定、ドラフトが始まって1時間以上たっても、誰も部屋に来なかったので、やっぱりダメかと思っていたら、チームメイトが部屋に入ってきて、「かかりましたよ!」と教えてくれました。

 でもすぐには信じられなくて、みんながテレビを見ている部屋に行ってテレビに自分の名前が出ているのを見て、小学校のときからの夢がかなったと、うれしさがこみ上げてきました。それと同時にプロでも活躍しなきゃという気持ちも湧いてきましたね。

■結果は残せなかったが、最高の環境で野球ができたのは財産に

──プロ野球生活の6年間を振り返って、印象に残っていることは?

新垣 僕のプロ野球生活は、苦しい思いしかなかったですね。二軍で成績を残しても一軍では結果を残せず、打たれてばかりでしたから。自分ではもっとできる、一軍でチームに貢献したいという気持ちを持ち続けましたが、それが叶わなかったことが心残りにはなっています。

 まあ、しいて楽しかったことを挙げるとすれば、一発芸やってみんなに喜んでもらったときぐらいかな(笑)。でもそれも苦しかったですね。勝っても負けてもやらなきゃいけなかったので、寝ずにネタを考えたときもありました。さすがに、俺は何をやってんだと思った時期もありましたから。

──在籍した、北海道日本ハムファイターズの印象はどうでしたか。また、刺激を受けたチームメイトはいましたか。

新垣 本当にすばらしい球団だったので、感謝しかありません。監督、コーチ、球団スタッフも含め、選手の自主性を重視してくれるのは本当にありがたかったです。刺激を受けたのはやっぱり(大谷)翔平ですね。翔平のポテンシャルの高さと、努力をしている姿を間近で見られたのは、僕の財産になっていますから。僕自身、翔平から学んだこともたくさんありますし、それをコーチとして後輩たちに伝えていきたいと思います。

■コーチとして選手と一緒に成長していきたい

──昨年、戦力外となりトライアウトへも参加しました。その後現役を退く決意をし、古巣でのコーチ就任となりましたが、その決断に至った理由を教えてください。

新垣 2017年オフに右肘の手術をしたときに、年齢も年齢だったので戦力外の可能性は充分に覚悟していました。それでも、トライアウトもあるから、一生懸命リハビリして絶対に復帰するんだという気持ちは持ち続けました。そして、戦力外を受けた後東芝の平馬(淳)監督から、「うちでコーチをやってほしい」と連絡があったんです。

 自分の中では現役へのこだわりがあったので、トライアウトを受けてその結果がでるまで待ってくださいと素直を気持ちを話しました。平馬監督もそれを理解してくれたのはありがたかったです。結果、トライアウトでNPBの球団から声はかからず、僕からお願いしますと監督に話をさせてもらいました。

──コーチ就任から数ヵ月立ちましたが、指導者として改めて感じたことはありますか。

新垣 選手は一人ひとり、性格も技術も考え方も捉え方も違うということ。だからコーチは、人によって言い方も教え方を変えなければいけないので、本当に大変な役割なだと実感しています。僕も現役時代は、コーチに失礼な態度をとった時期もあったなと、反省してます(笑)。

 あと、自分が投げているときより、ベンチで投手を見ているほうが緊張することですね。社会人は一発勝負も多いので。見ているしかできないので。緊張する。先日、ファイターズの高橋憲幸一軍投手コーチと話をする機会があり、「コーチをやっていると緊張するんですよ」って言ったら「俺もそうだよ」と返事があって。お世話になったコーチと、こういう話ができるっていうのは本当にありがたいことだなと思いました。

──今後、指導者としてどのように野球界に貢献したいですか?

新垣 今後のことは全く考えてないです。今は、とにかく指導者としてたくさんのことを勉強させてもらっているので、それを一生懸命にやるだけ。選手たちには野球でも社会でも当たり前のことを当たり前にできるような人としても成長してほしい。僕自身もまだまだ、未熟な面はいっぱいあるので、選手と一緒に成長していけたらいいと思っています。

▼プロフィール
新垣勇人(あらかき・はやと)/1985年10月21日生まれ、神奈川県相模原市出身。国士舘高校在学時は、2003年の選抜高校野球大会に出場。
高校卒業後は、横浜商科大学、東芝へと進み2012年の都市対抗野球では大会優秀選手に選出される。
この年のドラフト会議で、北海道日本ハムファイターズに5位指名を受け、プロ野球界入り。
一軍での成績は1勝に終わるも、ムードメーカーとしてチームメイトやファンに愛された。
2018年限りで現役を引退すると、古巣・東芝野球部のコーチに就任に、後進の指導に当たっている。

取材・文/松野友克