-Baseball Job Fileの記事一覧はこちら- 野球界にかかわるさまざまな人々にスポットを当てる連載。今回は、プロ野球の実況でお馴染みのフリーアナウンサー・大前一樹氏が登場。 阪急小僧だった少年時代から、アナウンサーとして就職し、…

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 野球界にかかわるさまざまな人々にスポットを当てる連載。今回は、プロ野球の実況でお馴染みのフリーアナウンサー・大前一樹氏が登場。

 阪急小僧だった少年時代から、アナウンサーとして就職し、そこからオリックス球団職員として神戸移転プロジェクトに携わった道のりと、その中で心がけていること、“しゃべり手”として大切にしていることを聞いた。

<前編はこちら>
野球の面白さと選手の魅力を“しゃべり”で伝える!アナウンサー・大前一樹氏が歩んだ道と実況する上で大切なこと<前編>【Baseball Job File vol.23】

■試合前の準備と選手へのリスペクト

――再びアナウンサーとして野球に携わることになり、これまで数多くの試合を実況して来られました。その中で、どのようなことを大切にしていますか?

大前 準備ですね。放送席に座る前の準備。きっと、何も準備をしなくても目の前で起こっているプレーを伝えることで、それなりにはしゃべれるんだろうけど、例え放送の中では使うことがなくても、試合のデータや取材した選手の言葉とかを自分の中に常に持った状態でしゃべりたいと思っています。

おそらく聞いている人にとっては変わらないと思いますし、話すネタを10個用意していたとしても、実際には2つか3つを話せれば良い方。試合の場面や状況とまったく関係ないことを話しても意味がないですから。

でも、例え使わなくても準備だけはしておきたい。解説者の方からも不意に質問されたりしますから、その時にパッと答えられるにしておかないといけない。「この選手、アルトゥーベとどっちが背が高いですかね?」って聞かれた時は、「ちょ、ちょっと待ってくださいね、調べますね」って…(苦笑)。「僕も何でも知ってる訳じゃないんで、いきなり聞かんといてくれる?」ってなりましたけど、できるだけそういう風にならないように心がけています。

――普段、放送前の準備というのはいつ、どれくらい時間をかけてしているのですか?

大前 各選手の成績は各球団、全部つけていますね。何番を打って、どこを守って、何打数何安打で、どういう活躍をしたか…。これが大変です。夜中、家に帰ってきて、それからの作業です。だからスポーツアナウンサーって誰もやりたがらないんですよ。

普通に番組で用意された台本を読んでいる方が楽ですからね。そういうデータをつけるのが好きな人、野球を好きな人じゃないとできないかも知れないですね。

――放送中、どのようなことを心がけて話していますか?

大前 僕も子供の頃に野球をやっていて実感しましたけど、普通の子供では絶対に打てないボールを投げていた奴ら、その街で一番上手な奴らが集まった中の頂点がプロ野球選手ですから、その“すごさ”というものを伝えたいとは思っています。

エラーをして「何やってんねん!」では終わりたくない。プロなんでミスをしたらダメなんでしょうけど、それで選手をけなしたり、上から目線でしゃべるんじゃなくて、「でも、この選手ってすごいんだよ!」っていうことを伝えたい。

ミスをしたり調子が悪い日はあるけど、それには何か原因があるはず。そこを取材して伝えられればいいですし、やっぱり選手へのリスペクトを忘れてはいけない。それは、どの競技でも同じだと思います。

■アナウンサーの「役割」と「勝負」

――野球を取り巻く環境というのは、ここ数年で随分と変わってきたのではないかと思います。その中でアナウンサーが果たす役割とは?

大前 昔はテレビかラジオ、新聞だけで取り上げられていたのが、今はネットで見られるし、1球速報とかもある。いろいろな方法で野球を見ることができるようになりましたし、中にはテレビの音声を流さずに見ている人もいます。

でも映像だけじゃなくて、感動的なシーンにどんな言葉をつけられるか。それがアナウンサーとしての勝負になるし、必要な部分になる。このプレー、この選手って「こんなにすごいんですよ」というのを付け加えられたらと思っています。

昔と違って今は、どの試合もテレビで見ることができるようになった。なので、その選手の家族、親御さんも見ている。そこは意識してしゃべってあげないといけないと思います。

――試合が流れている中で瞬時に「言葉」を付け加えないといけないのは大変だと思いますが?

大前 慣れの部分はあります。でも、テレビというのは絵が先なので、ディレクターが流した映像に対して、どれだけの言葉を付けられるかが勝負なんです。ディレクターの意図を汲んで、その思い通りの言葉を付けられたら合格ですけど、それよりも「そんな風に言うのか、こいつ!」ってディレクターに思わせたら勝ちかな、と。そことの勝負もあるんです。

一番ダメなのは、映像の通りの言葉をしゃべること。例えば稲葉監督がカメラで抜かれたとして、その時に「稲葉監督です」というような、誰が見てもわかる言葉は要らない。そこで必要なのは、稲葉監督が今何を考えているのか、試合前に話していたことは何なのか、今日のどういう作戦で臨んでいるのか、ということ。そこが勝負だと思っています。

――他のアナウンサーの実況を参考にしたりすることは?

大前 尊敬する先輩アナウンサーには「大前さん、しゃべりすぎ」って言われるんです。「もっと黙る勇気を持って、テレビでは黙って映像を見せるというのが大切なんだよ」って言われる。それはその通りだと思うんですけど、その一方で僕は黙りたくない。自分の信念としてしゃべり続けたい。

黙って歓声を聞かせる、選手の表情を見せるというのは一つの大切な技術ですけど、もしそこに気の利いたコメントを付けられたらもっと格好いいんじゃないかと思うんです。だから僕は「しゃべり続けてやろう」と思っています。聞いている方に好き嫌いはあるでしょうけど、アナウンサーにも個性があっていい。その方が面白いと思います。

でも最近は、前もって文言を用意しておいて、その決めていたフレーズを放送の中で当てはめていく人が増えました。でも僕は、そのやり方は嫌なんですよね。聞いていてわかりますから。「あ、これはあらかじめ用意していた言葉だな」っていうのは…。そういうのは、僕はやりたくないんです。

■発展する野球界の中で

――昭和から平成、そして令和の時代を迎えて、野球を取り巻く環境も変わって来ましたし、これからも変わっていくと思います。今後の日本野球についてはどう思っていますか?

大前 事実として日本の人口が減ってきて、子供の数が減ってきている。その中で、どれだけのレベルを維持していけるか。ただ、今の選手って、僕が子供の頃なんかと比べると球速だけでも20キロぐらい違う。僕が西宮球場で見た佐藤義則さんの球って136キロでしたからね。それでもみんな振り遅れていた。

でも今は156キロ投げる。一人一人の身体能力が上がってきているし、専門的なトレーニングの知識も増えて、競技者のレベルは間違いなく上がっていると思います。そのレベルは今後もまだまだ上がって行くと思うので、そこは楽しみにして今後も見ていきたいですね。

球場もどんどん進化していますし、勝ち負けだけではなくて球場全体の演出を楽しむこともできるようになってきた。やり過ぎかなと思う部分もありますが、野球の楽しみ方というのはこれからもっと多様化して行くんだろうなと思います。

――その中で、アナウンサーというのはこれからどうなっていく、どうあるべきでしょうか?

大前 昔は局アナじゃないとしゃべれなかった。でも今は、スポーツ専門チャンネルがあるし、インターネット放送もある。アナウンサーになる方法は格段に増えましたし、広がった。これからアナウンサーの数は増えていくと思います。

今までは局ごとに教育して、それぞれの局ごとのカラーというものはあったけれど、これからはもっと違った個性を持ったアナウンサーが出てくると思います。それは楽しみですね。

ただ、数が増えると、上手い人から下手な人までレベルの差も広がりますし、しっかりとした指導を受けていない人も出てくる。それではダメですし、伝える側として間違った日本語を使わないようにしないといけない。自分が発する言葉に責任を持たないといけないと思います。

――現在、野球以外のスポーツの実況もされていますが、これから先、チャレンジしてみたいことなどはありますか?

大前 僕ね、相撲の実況をやりたいんですよ。なかなか難しいかも知れませんが…。それとやっぱり、これからは自分の後輩を育てていきたいですね。若い、新しい人が、ちゃんとしゃべれるように指導していきたい。

でも僕自身、年間百何試合しゃべっていますけど、「よし!完璧!」という試合は1試合もない。「なんやねん…もう最悪や…」と思うことの方が圧倒的に多い。ため息をつくことばかりです。やっぱり100点というのはなかなか取れないですね…。ですので、「完璧!」と言える実況ができるように、これからも頑張りたいと思います。

■プロフィール
大前一樹(おおまえ・かずき)
1961年6月13日生まれ。兵庫県出身。
関西学院大学卒業後、1984年に和歌山放送にアナウンサーとして入社。
1990年にオリックス野球クラブに入社。
その後、アナウンサーに復帰して実況を担当。
オリックス戦を中心としたプロ野球を始め、ラグビーやサッカー、バスケットボール、MLB中継も担当。
球団広報業務として記者会見やイベントの司会なども数多く務める。
有限会社オールコレクト代表取締役、関西メディアアカデミー代表。

取材・写真:三和直樹