-Future Heroes 一覧はこちら- 中森俊介(明石商)、藤本竜輝(社)を筆頭に好投手が林立した今年の兵庫高校野球界。球速140キロを超える投手を数えれば、両手では足りないほどハイレベルな年だった。そんな兵庫県で異彩を放っていた好投…

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 中森俊介(明石商)、藤本竜輝(社)を筆頭に好投手が林立した今年の兵庫高校野球界。球速140キロを超える投手を数えれば、両手では足りないほどハイレベルな年だった。そんな兵庫県で異彩を放っていた好投手がいる。それが川合慎磨(高砂南)だ。

 168センチ60キロ。試合前後の整列では小柄に見える川合。しかし、侮ることなかれ。マウンドに立てば、全身をいっぱいに使ったフォームで140キロを超えるストレートを投げ込んでくる快速投手だ。

【川合慎磨(かわい・しんま)・・・2002年生まれ。兵庫県高砂市出身。高砂南3年。168cm60kg。右投左打。投手。】

 昨秋の播淡地区大会初戦では、今夏、報徳学園を下した加古川西と対戦。7回コールドながら、無四球・被安打1の準パーフェクトを達成し、地区大会決勝では東播磨と延長12回完投で0対1。最後の最後に1点を失ったが、「死闘」と呼ぶに相応しい投球だった。

 そして今度は秋季兵庫大会初戦、姫路を相手に10四死球を出しながらもノーヒットノーランを果たした。

 一気に名を上げた川合だったが、表立った注目は薄いままだった。確かに秋の時点では制球にやや難があったが、一番の要因は「小柄」だったからではないだろうか。

「中学生の頃は150センチ台。本当にチビで、控えのセカンドでした」

 小学校に上がる前から野球をはじめ、小学生の頃はエースでキャプテンを務めたが、中学で待っていたのは“成長の壁”だった。硬式のクラブチームに入ったが、身長はなかなか伸びず、グングンと背を伸ばす同級生に差を付けられた。

 2月生まれという不利もあっただろう。実力に自信はあったが、体格差は開くばかり。控えのセカンド、敗戦処理投手というポジションに収まり、焦りは募っていった。

「食べて大きくなろうとしたんですが、当時は無理に食べても吐いてしまうぐらい胃腸が弱くて…」

 昨今の野球界では「脱・食トレ」が進みつつある。中学・高校を問わず、「1日5合」などの厳しいノルマをこなすチームもあるが、食欲旺盛な選手もいれば、なかなか食べられず苦痛に感じる選手もいる。中学時代の川合は間違いなく後者だった。普通の食事もなかなかのどを通らない。当然、徐々に自信を失っていった。

「親としても焦っていましたね。食べろ、食べろと言っていました。中3の夏に引退したあと、高校のオープンスクールに行かなかったぐらいです」

 父・竜也さんはこう回顧する。通常、高校のオープンスクールではセレクションを兼ねた部活動体験が実施されている。川合自身は野球を辞めるつもりでいたのだ。それでも元高校球児の竜也さんの「野球人生で高校野球が一番楽しかったで」という言葉に促され、地元の公立校であり、父の母校でもある高砂南で野球を続けることを決めた。

 しかし、野球が嫌いだったわけではない。やるからにはやる。ハートは強かった。高校に入学し、川合は勝負に出た。「ピッチャーがやりたい」と宣言したのだ。当時は身長158センチ50キロ。もちろん、小兵の川合の志願に周りは耳を疑った。先輩からは笑われたという。しかし、川合には武器があった。抜群の強肩だ。小さな体から大遠投を繰り出すと、「すごいな」と評価は一変した。

 高校入学時の球速は125キロ程度。硬式クラブチームでは埋もれていたが、高砂南・礒野仁志監督(現総監督)はそのギャップと才能を見逃さなかった。

「小さいけど肩が強いし、球もビシッと来る。これは伸びるぞと直感しました」

 そして、1年の秋、川合はマウンドを任されるようになった。ちょうどその頃、ついに成長期がやってきた。投げれば投げるほど、力は増し、球速は2年春には130キロ台に、夏には一気に140キロ台に到達した。身長は約10センチ増の168センチになった。礒野監督が投手陣に課す「ラントレ」(ランニングメニュー)も成長期の体にピタリとハマった。

「練習はきつかったんですけど、不思議とご飯も食べられるようになりました」

 今、必要なことは体が一番分かっている。「あまりご飯が食べられない、体の小さい中学生には、『焦らなくてもそのうち食べられるときは必ず来るよ』と伝えたいです」と川合は言う。

「中学の頃はどこにいてもずっとチビ、チビと言われてきました。言い返したい気持ちもあったんですけど、本当にチビだったんで『やられる』と思って黙っていました(笑)」

 悩みの種だった「チビ」も今は誇りだ。筆者が恐る恐る「『チビの星』って冠を付けたいんやけど…」と聞くと、「それメチャクチャいいですね!」と川合は目を輝かせた。

「小さくても球は速くなります。体の使い方を考えたり、走り込んでおけば、成果は必ずついてくると思います。自分も走り込んだ量が自信になりました。体が小さい中学生も焦らず、いつか追いつく日に備えてほしいです」

 昨秋から今春にかけてはコンディション不良もあったが、その間も整骨院に通い、上半身と下半身のバランスを見直した。ほとんどの人は無意識のうちに背が伸びていき、成長期が終わってしまうが、川合の場合、遅れた分だけ成長を意識できたのかもしれない。メンタルも知識も成熟した状態で身長が伸びたのは、今後のアドバンテージになるはずだ。

 そして、今夏はさらに一皮剥けた投球を見せた。勢いのあるストレートに加え、変化球も冴えた。ブレーキの効いたシンカーが左打者の外角にスカッと沈み、三振の山を築く。内野手の匂いが残っていたフォームも一段と投手らしくなった。

 惜しむらくは初戦の相手が昨夏、西兵庫大会でベスト4、今夏兵庫大会でベスト8に入った小野だったことだ。8回まで1失点、同点の接戦だったが、最後は1対2のサヨナラ負けを喫した。しかし、課題の制球を乱すこともなく、率直に「もっと見たい」と唸らせる快投だった。

 中学で野球を辞めるつもりだった少年は、いまや複数の大学から声がかかる好投手になった。もちろん大学でも野球を続けるつもりだ。夏休み中もテレビで甲子園を観て、モチベーションを上げてからトレーニングに励んでいるという。

「甲子園を観ていると、中学生の頃に大きくなっていれば、強豪でやれたのかなぁと思うこともあります。そこだけはちょっと悔しいですが、やっぱり高校野球は最高でした!」

 168センチ。今でも小柄であることに変わりはないが、野球の実力で同級生に追いつき、追い越した。次なる夢は「150キロ&大学日本代表」。大学生ともなれば、周りはさらに大柄になるが、「遠投は誰にも負けない」と闘志を燃やす。

 急成長中の「チビの星」。伸びしろは十分だ。試合を見るたびに身長が伸びているように見える。筋力面もフォーム面も、まだ発展途上と言ってもいいのかもしれない。次は結果で“川合慎磨”の名を世に轟かせてほしい。

【持ち球はスライダー、カーブ、チェンジアップ、シンカー。特に左打者の外角低めに沈むシンカーは光るものがある。ストレートにもこだわりがあり、則本昂大(楽天)の体の使い方、藤川球児(阪神)の火の玉ストレートに憧れている】

文・写真=落合初春