追憶の欧州スタジアム紀行(11)
ヌーボ・スタッド・ド・ボルドー(ボルドー)

 4年に1度、選ばれた32の代表チームが一堂に会する舞台。W杯には1カ月にわたり繰り広げられる、サッカーの品評会的な趣がある。さらにその現地観戦には、スタジアムを訪れるお楽しみが加わる。その多くは新築か改築。品評会という視点は舞台となるスタジアムにもあてはまるのだ。



ユーロ2016の会場となったヌーボ・スタッド・ド・ボルドー。夜になると、より幻想的に映る

 2018年のロシアW杯は、そうした意味でとても優れた大会だった。いいスタジアムぞろいで、到着すると旅の疲れはたちどころに消えた。観戦気分の向上に大きな役割を果たしていた。対照的だったのは2002年日韓共催W杯における日本のスタジアムだ。作品として、日本代表のサッカーより見劣りした。

 2014年ブラジルW杯も、スタジアムの品評会という視点で眺めると物足りなかった。開幕戦を行なったアレーナ・コリンチャンス、決勝戦を行なったマラカナンともに、平凡というか新鮮味に欠けるというか、メッセージ性に乏しいスタジアムだった。

 そうしたなかで、最優秀と言いたくなる断トツの輝きを放っていたスタジアムがあった。ブラジリアのナシオナルだ。アテネのパルテノン神殿を彷彿させる無数の円柱がスタンドの屋根を支える構造に、まず目は奪われた。厳かさと斬新さという異なるイメージを共存させているところに、インパクトがあった。

 ユーロも新しいスタジアムが誕生する機会になる。ブラジルW杯の2年後。フランスで開催されたユーロ2016で最もよかった新スタジアムはどこかと問われれば、ボルドーのヌーボ・スタッド・ド・ボルドー(スタッド・マトミュット・アトランティック)と答えたくなる。

 筆者が観戦に出かけた試合は準々決勝ドイツ対イタリアだった。それまでジロンダン・ボルドーが本拠地にしていたスタジアム(スタッド・シャバン・デルマ)は街の中心に近い場所にあったが、新スタジアムが建っているのはトラムの終着駅。TGV(フランス新幹線)が停車する国鉄駅(ボルドー・サンジャン駅)から、終着駅(パルク・デ・エクスポジシオン)まで、トラムで優に30~40分はかかる。

 ドイツ対イタリアのキックオフは21時。終着駅に着いた瞬間、TGVの最終でボルドーからパリに戻る試合後の予定を心配した。試合後、トラムという脆弱な輸送システムに満員の観客が群がれば行列となり、1時間やそこらは乗車できない可能性がある。とすれば、パリに戻るTGVの最終に乗り遅れてしまう。憂鬱な気持ちになりながら、駅からスタジアムへの道を歩き始めたものだ。

 ところが、スタジアムの姿が大きくなるにつれ、気分はV字回復していく。スタジアムの外観に目が奪われたからだ。

 無数の円柱形のポールにスタンドが支えられたスタジアム。まさにアテネのパルテノン神殿をモチーフにしたような荘厳で斬新な外観だった。2年前、ブラジルW杯で最も感激したスタジアムが頭をよぎるのは当然だった。

 ブラジリアのナシオナルが、ラウンド感を帯びていたのに対し、ボルドーの新スタジアムはスクエア。「丸形」対「箱形」の違いはあれど、外観のコンセプトは同じ。エドゥアルド・カストロ・メロというブラジル人が設計したナシオナルの竣工が2013年5月であるのに対し、ボルドーの新スタジアムは着工が2012年11月で開場が2015年5月。アイデアを真似るのは時間的にいささか厳しいだろう。

 ボルドーの新スタジアムの設計者はヘルツォーク&ドゥ・ムーロン。競技場部門では、バーゼルのスタジアムを皮切りに、ミュンヘンのアリアンツ・アレーナ、北京五輪のメイン会場となった「鳥の巣」を設計したバーゼル出身の2人組ユニットといえば、スタジアム好きには知られた名前だ。

 パルテノン神殿のイメージにより近いのは、ボルドーのほうだ。スタジアムへの入場の仕方とそれは大きな関係がある。パルテノン神殿はアクロポリスという小高い丘の上に建立されている。観光客は丘を登りながら神殿に近づいていくわけだが、このイメージがボルドーの新スタジアムにも適用されているのだ。観客は丘を登るような感覚で円柱形のポールが林立する神殿(スタジアム)の中に入場していく。ワクワク感を高揚させながら。

 スタンド下のコンコースも魅惑的なスペースだ。スタンドの段々が剥き出しになっている天井部と、それを脇から支える、無数の円柱状のポールが描き出す陰影が、デザイン性の高い独特の雰囲気を醸し出している。色はすべて白。だが影の部分が黒くなるので、白黒のコントラストが効いた、どこかケミカルでスペーシーなビジュアルになっている。

 スタンドは2層式で、1階と2階の間はVIP席、スポンサー席になっている。記者席があるのは2階席。そこからの眺望は抜群だ。なんといっても急傾斜。もちろん球技専用なので、ピッチも近い。攻撃的な3バック(3-4-3)を敷くドイツが、守備的な3バック(3-5-2)を敷くイタリアに対し、終始押し気味で試合を進める展開が、手に取るように伝わってきた。

 だが、サッカーはわからない。先制したドイツの勝利で終わるかと思いきや、78分、ドイツDFジェローム・ボアテングがエリア内でハンド。レオナルド・ボヌッチがPKを決め、試合は1-1のまま延長、さらにはPK戦へともつれ込んだ。

 PK戦の結果は6-5。ドイツが判定勝ちしたような格好になったが、PK戦は9人目で決着する大乱戦だった。

 試合終了は深夜の12時近かった。試合後の取材もそこそこに、ドイツ、イタリアサポーターとともに、トラムの停車場を目指した。トラムは次から次へと現れ、30分以内には乗車することができた。パリ行きTGVの最終に間に合うかどうか、手に汗握る展開になった。

 トラムは線路上で何台も詰まっていた。まさに渋滞を起こしていた。半分諦めながら、ボルドー・サンジャン駅に到着すれば、なんとパリ行きのTGVはホームでしっかりと待っていた。後に聞けば、筆者より後ろのトラムに乗った人も、無事にパリまで戻ることができたという。

 積み残しはゼロだった。フランス国鉄は98年フランスW杯でもこの精神で臨んでいた。各試合後、すべての開催都市からパリに戻る列車が用意されていて、積み残しがないように、臨時便を可能な限り増発していた。2018年ロシアW杯しかり。しかもロシアの場合は無料。どんなに距離が長くても。公共交通機関は無料だった。

 話を戻せば、ボルドーの新スタジアム、現在名スタッド・マトミュット・アトランティックは、スタジアム専用サイト「StadiumDB.com」が主催する2015年に完成したスタジアムの優劣を競う投票で、審査委員部門1位に輝いている(同年に完成した吹田スタジアムは10位だった)。収容人員42052人という小ぶりなスタジアムながら、さっそくUEFAから最高位を意味する4つ星スタジアムの称号が与えられている。

 ただし、現状において使用はフランスリーグに限られている。もったいないとはこのことだ。思わずホームチーム、ジロンダン・ボルドーに欧州の大会での奮起を期待したくなる、世界屈指のスタジアムである。