「東北『夢』応援プログラム」のオンラインイベントに登場 競泳で北京、ロンドンと五輪に2大会連続出場した伊藤華英さんが14日、公益財団法人東日本大震災復興支援財団が立ち上げた「東北『夢』応援プログラム」のオンラインイベントに登場。1年間に渡っ…
「東北『夢』応援プログラム」のオンラインイベントに登場
競泳で北京、ロンドンと五輪に2大会連続出場した伊藤華英さんが14日、公益財団法人東日本大震災復興支援財団が立ち上げた「東北『夢』応援プログラム」のオンラインイベントに登場。1年間に渡って遠隔指導ツール「スマートコーチ」を活用し、指導してきた岩手・大船渡の子供たちと“再会”し、交流した。
スポーツの指導は、物理的な距離を超える。被災地の子供たちに各競技のトップランナーが指導するプログラムで、先生役の「夢応援マイスター」を務める伊藤さん。この日参加したのは、1年間の成果発表イベントだ。昨年7月に大船渡のプールで対面指導を行って以来、月1回「スマートコーチ」を使い、指導してきた取り組みの集大成の場だった。
本来は初対面以来となる大船渡訪問で成果発表を見守る予定だったが、新型コロナウイルス感染拡大により、オンライン方式に変更。それでも、伊藤さんが登場し、「皆さん、お久しぶりです。みんなが送ってくれる動画を毎月、見てきました。今日は楽しんでいい時間にしましょう」と挨拶すると、画面の向こう側にいる参加者8人は目を輝かせた。
イベントは家でできる練習法の指導からスタートした。「泳ぎには肩が大切です。肩にある肩甲骨をスムーズに回すためにはどうしたらいいでしょうか? 肩甲骨の前にある大胸筋を伸ばしてあげると、大きく回せますよ」と伊藤さん。壁に手をかけ、肘を90度にして前に体重をかけるなど、泳ぎをスムーズにするストレッチを3種類教え、子供たちも家の中で一生懸命に取り組んだ。
続けて行われたのが、この日のメインとなる1年間の成果発表。今回はそれぞれが取り組みを振り返り、「この1年間で成長したこと」「まだ上手くできないこと」「1年間の感想」について、画面の前で1人ずつ発表した。
1年前に「クロールのタイムを速くすること」を目標に挙げていた松田成世さん(小6)は「腕を大きく回せるようになったし、キックが強くなった」と成長を実感。「教えてもらう前まで、自分でこうすれば速く泳げると思っていても違うことがたくさんあった。華英さんに毎月、細かく教えてもらって勉強になった1年でした」と振り返った。
これに対し、伊藤さんは「息継ぎで上を見がちだったけど、横を見る意識ができて上手に泳げるようにった」と認めた上で「身長が伸びているので、今頑張ればいっぱい伸びるチャンス。水泳以外もいろんな能力が伸びていく時期。自分にはできないと思っていたことも『できる』と思って、何事もチャレンジしてほしい」と水泳で掴んだ自信を日常生活に生かしてほしいと願った。
子供たちに送った言葉「人の話をちゃんと聞けて、自分の意見を持てる人になって」
ほかにも「最初は泳げなかった25メートルが泳げるようになった良かった」「もっと息継ぎを上手くできるようにして、速く泳げるようになりたい」などと各自が発表し、画面越しに温かく見守った伊藤さんも「最初から上手だったけど、もっともっと上手になりました」「背泳ぎは前が見えないので怖いけど、よくチャレンジした。自分を褒めてあげて」と一人一人に声をかけた。
伊藤さんに対して「出身地はどこですか?」「好きな食べ物は何ですか?」などと子供たちが素朴な疑問をぶつけ、笑いも起こった質問コーナーを含め、1時間に渡ったイベント。参加者を代表し、鈴木星哉君(小4)は「オンラインでも楽しく話すことができて良かったです」と感想を語り、充実した表情を浮かべた。
最後に行われた閉会式。東京と大船渡の距離を超え、時間を共にしてきた伊藤さんは1年間を振り返り、メッセージを送った。
「今回は会う機会が少なかったけど、毎月ちゃんと動画を送ってくれて、みんながどう泳いでいるか、普段どう練習しているか、遠隔でも感じ取ることができました。私が言ったことをしっかりと聞いて再現してくれていたと思います。みんなが素直に頑張ってくれたことが、みんなが伸びた一番の理由だと思います。
人に言われたことを素直に聞けないこともあるけど、素直に聞ける人が最後に伸びると思います。プールだけじゃなくても一緒。人の話をちゃんと聞きながら、自分の意見を持てる人になってほしいし、なれると思います。毎月、ちょっとずつでも良くなっていて、有意義な1年でした。みんなが頑張ってくれたことが本当にうれしかったです」
締めくくりには、子供たちとオンライン上で“集合写真”を撮影した伊藤さん。互いに手を振り、笑顔で画面からの退出を見守った。その後、この日の感想を語ってくれた。
「すでにオンラインがスタンダードにありつつある中で、今日のような指導も(このプログラムで)普段から遠隔でやっていたのである意味、違和感なくやることができました。もちろん、できることなら大船渡に行きたかったですが、オンラインであっても、みんなと会えるし、リアルを感じられました。子供たちが真剣になっていて良かったと思います」
このプログラムでは「スマートコーチ」で月に1度、実際に泳いでいる映像を送ってもらい、伊藤さんが音声を載せて返信し、アドバイスするという形式で実施。その過程で子供の成長はもちろん、絆も感じられたという。
コロナ時代に先駆けた「教える」の形「これからは遠隔指導が一つの選択肢に」
「子供たちの性格が分かるようになり、『今日は集中してないな』『ごはん食べすぎたな』などと感じたことを伝えると、一度しか会ってないのに、ずっと会っているかのように仲間として受け入れてくれた」と伊藤さん。「だんだんと友達のようになっていく感覚を動画を通じて感じられたし、遠隔であってもコミュニケーションは取れました」と振り返る。
その中で感じたのが、遠隔指導の価値だった。1年前には想像すらしなかったコロナ禍。今でこそ「オンライン」「リモート」などの言葉が一般化しているが、物理的な距離を超えたコミュニケーションの形を実践し、「教える」の形を作っていたのが、このプログラムだった。参加4年目になる伊藤さんも、その意義を感じている。
「今までのスポーツの醍醐味はみんなが同じ場所で、一体感と熱を感じることがスタンダードでしたが、こういう時代になり、新たな定義が作られていることを感じます。それを先駆けて、このプログラムが遠隔指導でやっていました。こうしたツールがあったから、今回は『会えない』ということが不安にならなかったと思います」
だからこそ「遠隔指導というスタイルが特別なものじゃない」と感じたという伊藤さん。「これからは一つの選択肢になっていくと私は思っています。今の時代に合っているし、今後は技術も5Gも出てきて、どんどん変わってくる。その中で遠隔でもできることは増えてくると思います」と遠隔によるスポーツ指導の可能性を実感した。
最後に、指導した子供たちに向けて「どうしても暗い気持ちになったり、人と会えなかったり、つまらなかったりするかもしれませんが、いつか朝は来るし、雨は止みます」と呼びかけ、さらに「私はその時を待ち望んで、また早く大船渡に行ける日が戻ってくるといいなと思います」と語った。
時代とともに進歩するスポーツの指導の形がある。しかし、肌と肌で触れ合うから、生まれる価値もある。その両方を感じられるこのプログラムで、伊藤さんは子供たちと大船渡のプールで再会できる日を待っている。(THE ANSWER編集部)