昨年春まで、ヴィッセル神戸を率いていたフアン・マヌエル・リージョ監督が、ジョゼップ・グアルディオラ監督が率いるマンチェスター・シティのアシスタントコーチに就任することが発表された。”参謀役”ミケル・アルテタがア…

 昨年春まで、ヴィッセル神戸を率いていたフアン・マヌエル・リージョ監督が、ジョゼップ・グアルディオラ監督が率いるマンチェスター・シティのアシスタントコーチに就任することが発表された。”参謀役”ミケル・アルテタがアーセナルの監督に就任し、不在になっていたポスト。契約はグアルディオラと同じ期間で、2021年夏までになるという。



マンチェスター・シティのアシスタントコーチに就任したフアン・マヌエル・リージョ

 2019年4月、リージョは神戸の監督を”辞任”した後、中国2部リーグの青島黄海をシーズン途中から率いている。見事な手腕で優勝に導き、1部リーグへ昇格させたが、シティからの打診を受けて辞任。新たな戦いに挑むことになった。

「練習が終わると、ペップ(グアルディオラ)が寄ってきて、毎日のようにサッカー談義になるんだ。とにかく、時間を忘れてしゃべり続けたよ。サッカーに答えなんてないけれども、たどり着こうとするのが楽しいんだ」

 リージョはそう話していたことがある。

 グアルディオラとリージョのふたりには、師弟以上の引力があった――。

 ふたりが初めて対面したのは、1996-97シーズンのことである。当時、リーガ・エスパニョーラ1部のオビエドを率いていたリージョは、バルサの選手だったグアルディオラの訪問を受けている。バルサに2-4で撃ち負けた試合直後で、リージョが監督室で怒りと悔しさを持て余していた時だったという。

「すばらしいサッカーでした! どうしたら、このようなサッカーが成立するんですか?」

 部屋に通されたグアルディオラは、リージョのチームを激賞したという。

 この試合、リージョのオビエドはバルサを圧倒していた。高い位置でボールをつなぎ、ゴールに迫り、奪われたら奪い返し、ショートカウンターを発動させ、得点も奪った。ポジション的優位を常に保っているため、悉くボールを拾い、つなげ、相手の攻撃にも的確に守れていた。フリスト・ストイチコフの決定力やセットプレーで失点し、敗れはしたが、サッカーでは上回っていた。

 しかし、プロは勝ち負けがすべてと語られる世界である。勝者グアルディオラがわざわざ敗者リージョに頭を垂れ、教えを乞う情景というのは珍しい。以後、ペップはリージョの熱狂的シンパになった。

 2003年の夏、グアルディオラはバルサの会長選で、ルイス・バサット候補を支持した。引退してバルサのスポーツディレクターとして再出発するという予定だった。そしてその時、グアルディオラがバルサの監督として招聘することになっていたのが、リージョだったのだ。

 しかし当時、最有力候補だったバサットは、選挙戦のロビー活動で後手に回る。ジョアン・ラポルタ候補がデイビッド・ベッカム獲得(実際はロナウジーニョになった)というド派手な公約を打ち出し、自身が個人弁護士を務めていたヨハン・クライフの支持も得て、積極的にメディアに出て味方を増やし、バサットは敗れることになった。グアルディオラSD、リージョ監督の線は幻と消えた(ラポルタはフランク・ライカールト監督を招聘した)。

 2005年9月から、リージョはメキシコ1部リーグ、ドラードス・デ・シナロアで監督を務めている。そこに、まだ現役を続行していたペップが、”指導者としての助走”のため、最後のクラブとしてやってきた。冒頭のリージョのコメントは、当時の風景を描写したものである。約半年間、ふたりのサッカー談義は毎日のように繰り返された。

 2008-09シーズンから、グアルディオラはバルサの監督としてトップチームを率い、伝説的な強さを発揮している。そのサッカーの原型は、リージョ・オビエドの戦いにあった。ポジション的優位を保ち、ボールプレーを鍛え上げ、ボールを失ったら敵陣で奪い返し、圧倒的に攻撃を続ける。オビエドにはいなかったリオネル・メッシのような超級選手の力を引き出し、無双のサッカーを繰り広げた。

 英国プレミアリーグでの仕事は初めてとなるリージョは、英語が流ちょうというわけではないが、本質はそこにはないだろう。彼の指導は、選手の腹の底まで響く。

「リージョの教えが忘れられない」

 多くの神戸の選手たちが今も言うように、その教えは言葉を越え、特別なものである。

 10代からスタートさせた指導者人生のほとんどを、監督として過ごしてきたリージョだが、チリ代表、セビージャでは、ホルヘ・サンパオリのヘッドコーチをした経験がある。ペップとは絆と信頼があるだけに、問題が生じる可能性は低いだろう。リージョは監督のポストを狙うような打算や姑息さがなく、サッカーそのものへのリスペクトで動く人物だからだ。

 巡り巡って、リージョは”弟子”であるグアルディオラの懐刀となる。はたして、シティでどんな化学反応が起きるのか? どのような結果になっても、見ものである。