フィギュアスケートファンなら誰もがあるお気に入りのプログラム。ときにはそれが人生を変えることも--そんな素敵なプログラムを、「この人」が教えてくれた。

私が愛したプログラム(1)
中野友加里(解説者)
『白鳥の湖~ヒップホップバージョン』髙橋大輔



『白鳥の湖~ヒップホップバージョン』を演技する髙橋大輔

 お気に入りプログラムはいくつもありますが、とりあえず3つに絞ったので紹介させていただきます。

 1位は髙橋大輔くんの2007-2008シーズンのショートプログラム(SP)、『白鳥の湖~ヒップホップバージョン』(振付/ニコライ・モロゾフ)。2位はアレクセイ・ヤグディンのソルトレークシティ五輪(2001-2002シーズン)のフリー『仮面の男』(振付/ニコライ・モロゾフ)。3位が中国のペア選手で申雪、趙宏博組が2001-2002から2シーズン滑ったフリー『トゥーランドット』(振付/リー=アン・ミラー)です。

 フィギュアスケートは芸術を兼ね備えたスポーツ。美しさを競うためにクラシック音楽を使う傾向が強く、そういう曲を選んでプログラムを作る選手が多いと思います。そんな中で『白鳥の湖~ヒップホップバージョン』はフィギュアスケートの歴史を変えたプログラムだと思います。フィギュアスケートの概念を覆したと思えるほど革命的なプログラムとして、私の中では印象に残っています。

 曲を聞いたときは驚きました。こんな編曲があるんだ、と。その前に荒川静香さんのポップスバージョンの『白鳥の湖』(2002-2003から2シーズンのSP)を見たときも驚きましたが、それ以上に衝撃を受けたのが『ヒップホップバージョン』でした。

『白鳥の湖』は古典バレエの音楽ですから、ヒップホップにアレンジすることがすごいことでしたし、さらにスケーターのプログラムの選曲として勝ちに行くという挑戦が、やっぱりニコライ(・モロゾフ)さんならでは、なのかなと思いました。

 ヒップホップを氷上で表現するのはすごく難しいと思うんです。けれども、アレンジされた『白鳥の湖』をヒップホップ調に振付して髙橋大輔という担い手が踊りこなし、みんなに印象に残す。ちゃんとヒップホップというつなぎを見せてくれることがすばらしいですし、才能だと思います。

 このプログラムで一番目を引いたのは、終盤のステップです。私もそれを見た後、ビデオを見返したりして何度か真似をしようとしたんですけれども、あれは髙橋大輔にしか踊れない、踊りこなせない。そして髙橋大輔だからこそ格好いいプログラムなんだなと、あらためて認識しました(笑)。

 大ちゃんとは同い年で、小学校3、4年のときから知っている長いつきあいです。初めて会ったときから、陸上でも普通に踊っていた面白い子でしたが(笑)、髙橋大輔だからこそ許されるし、大輔だから様になっているんです。とにかく、音楽が鳴るとずっと踊っているし、鏡があるとポーズをとっていたり、ということもありました。陸上でそれだけ踊っていたら、氷上でもアクターになれる。小さい頃から培われた表現に磨きが掛かって、あのヒップホップバージョンが誕生したんだと思います。

 でも、あるとき「私、『白鳥の湖~ヒップホップバージョン』が好きなんだよね」と話したら、大ちゃん自身は「あれは自分の中で未完成だから気に入っていない」と言っていました。本人としてはまだ満足していなかったようです。そうだとしても、あのプログラムはインパクトがあり、後世に残るほどの印象をみんなに植え付けたという点で、彼が持っている素質、才能の賜物なのかなと、いまでも思っています。

『白鳥の湖~ヒップホップバージョン』という2分50秒のプログラムは、すごく疲れると思います。踊りながらジャンプを跳んで、スピンを回るのは、並大抵のことではない。スタミナもいりますし、呼吸や間の取り方など細部にまで神経を使うプログラムになっていました。もともとダンスの面で長けていないと踊りこなせないプログラムだと思うので、私がやろうとしてもできなかった。やはり髙橋大輔というスケーターは、フィギュアスケートの常識を覆した選手のひとりじゃないかなと思います。

 それまでのフィギュアスケート界では、クラシック音楽を中心に、みなさんが知っている名曲やなじみのある音楽を選ぶスケーターが多かったと思います。しかし大ちゃんがヒップホップをプログラムにして以降は、珍しい楽曲を選ぶ選手が増えてきました。ひとつのきっかけを作ったのが『白鳥の湖~ヒップホップバージョン』でした。

 いまでも覚えていますが、あのプログラムを初めて見たときに鳥肌が立ちました。

 おそらく大ちゃんのファンもみんな感じたことだと思いますが、ステップが印象的。そのステップは、私のお手本なり、目指したいと思うようになった。髙橋大輔がより高いレベルのトップスケーターになってしまったなと思うぐらい、私にとっては完成度の高いプログラムに見えました。

 ニコライ・モロゾフさんには、話題になったプログラムがいくつかあります。ソルトレークシティ五輪王者のアレクセイ・ヤグディンが演技してインパクトを残した『ウインター』や『仮面の男』もそうです。これらのプログラムの振付師として、「ニコライ・モロゾフ」という名前が有名になり、誰もが知っている振付師になっていったように思います。

 私自身もすごく憧れて、現役を辞める前に一回はニコライ・モロゾフさんに振り付けてもらいたいなと思うことがあったくらいです。この選手はニコライ・モロゾフさんに振り付けているというだけで、そのプログラムを見たくなる。選手に新たな道を与えてあげる振付師、新たな道に導く振付師だと思いました。

中野友加里(なかの・ゆかり)
1985年8月25日、愛知県生まれ。現役時代の成績は2005年GPファイナル3位、2006年四大陸選手権2位、2008年世界選手権4位など。2010年に現役引退後はテレビ局に入社。昨年、退社して再びフィギュアスケート界での活動を始めた。