馬場雄大を見るのが、楽しい。 スピード感あふれるダイナミックなプレーを見るのが、というだけではない。彼の成長課程を見るのが楽しいのだ。今季テキサス・レジェンズでプレーした馬場雄大 今季、馬場はNBAの下部リーグであるGリーグで初めての…

 馬場雄大を見るのが、楽しい。

 スピード感あふれるダイナミックなプレーを見るのが、というだけではない。彼の成長課程を見るのが楽しいのだ。



今季テキサス・レジェンズでプレーした馬場雄大

 今季、馬場はNBAの下部リーグであるGリーグで初めてのシーズンを送った。新型コロナウイルスの影響で、3月中旬にリーグは終了。3月下旬、馬場は日本に帰国した。

 今季テキサス・レジェンズでプレーした馬場は、選手としての技量を伸ばした。とりわけ目を引いたのが、スリーポイントシュート(3PT)の向上だ。沈めた3PTは95本の試投のうち39本。成功率は41.1パーセントと見事だった。

 2シーズン所属したアルバルク東京時代、3PTの平均成功率は29.0%だった。ただ、関係者に言わせれば下手だったわけではなく、練習ではよく決められていたという。

 では今季、3PTを向上させた要因は何なのだろうか。

 ひとつは、ほんのちょっと「ふわっ」とした動きを見直したことが挙げられる。

 そう語ったのは、伊藤拓摩氏。今季と昨季、レジェンズでアシスタントコーチを務め、それ以前はアルバルクでヘッドコーチとしてチームを率いるなど、馬場を最も間近で見てきた人物のひとりだ。

 馬場の3PTにおける課題について、伊藤氏は「フットワークだけだった」と言う。馬場が昨夏参加したラスベガスでのNBAサマーリーグが終わると、伊藤氏はアルバルクのアシスタント兼スキルコーチである森高大氏に、その点の改善を言(こと)づけた。

 サマーリーグが終わってほどなく、馬場は中国でのワールドカップを控える日本男子代表チームの合宿に参加。同大会で代表のアシスタントコーチだった森氏は、そこで馬場と課題に取り組んだ。足さばきを改善し、ボールを受け取って素早くシュートへ移行できるようにすることが主眼だった。

 アルバルクでの2年間、馬場は「確実にシュートを決めることを重視していた」と森氏は振り返る。サマーリーグの時点でも、まずはNBAの3PTレンジに慣れることを先決した。そこから、アメリカへの本格参戦を念頭に置き、今度は「確率を落とさずに速く打つ作業」が必要だということになった。

 どのようにして「速く打てる」ようにしたか——。

 森氏は「一歩分を削る作業」だったと言う。代表合宿中の限られた時間での話だ。ふたりが取り組んだのは案外、単純と言えば単純な練習だった。

 森氏が使ったのは「ホームコート」というバスケットボール界隈ではよく知られるアプリ。このアプリでは、選手のシューティング時のリリースタイムが表示される。iPadに入ったこのアプリを使って馬場を撮影し、リリーススピードの時間を短縮する試みに着手した。

 改善前、馬場はボールをキャッチしてからシュートへ移るまでの間に、一瞬だけ「ふわっ」と身体が浮く動作を伴っていた。それはおそらく、0コンマ数秒でしかないものだ。だが、その時間を削れるかどうかで、ディフェンダーのブロックをかわせるか、かわせないかが違ってくるという。

「(伊藤)拓摩さんの分析では『(シュートを)打つまでのワンタイミングが遅いから、ここをどれだけ改善できるか。とくに雄大の場合は、クローズアウト(ディフェンダーがオフェンス選手との間合いを一気に詰める動き)でどれだけ効率よく貢献できるかが生命線になる』ということだったので、シュートの成功率を落とさずにその部分をワンテンポ速く、と考えました」(森氏)

 この修正を加える前の馬場のリリーススピードは「1.2から1.4(秒)」で、「ゲームのなかで彼が打っていたシュートだったら、たぶん1.0(秒)とかだった」と森氏は記憶する。ところがこの取り組みを通して、最終的には「0.5か0.6」にまで時間を縮めることができたという。

 現代の「NBAの3PT王」といえばステフィン・カリー(ゴールデンステート・ウォリアーズ)だが、同選手のリリーススピードは0.4秒程度だと言われている。そこだけを見ると、馬場のシューティングの速さも遜色がなくなっているのがわかる。

 メンフィス・グリズリーズの2ウェイ契約選手としてプレーする渡邊雄太は、パスを受け取ってからボールを下げる動作をなくしたことで、より素早く3PTをリリースできるようになったという。馬場も同様の試みをしており、その点もシューティングスピードの向上につながった。

 シューティング技術が向上した手応えについて、帰国した馬場に話を聞いた。

 馬場はまず、Gリーグの練習環境がよかったと語る。レジェンズでは通常のチーム練習の合間に、しばしばシューティング練習の時間が設けられたという。ただ、各々がまったくフリーで打つだけではなく、実践を意識した形式でも行なわれていた。

「全選手をグループに分けて競争させたり、個人と個人を戦わせたり、いくつかの(シューティング練習)パターンはありましたね」

 また、技術面を改善したことに加えて、メンタリティの持ちようを積極的な「アメリカ式」にしたことで、思い切ってシュートを打つことができた点も大きかった。

 NBA入りを狙っているGリーグの選手たちは皆、「ボールを持ったらシュートを打ってやる。俺がやってやる」(馬場)という気持ちでプレーしている。そのなかで馬場は最初「パスを考えて、躊躇して」いた。だが、それではダメだと感じた。

「技術も大事だとは思うんですけど、フットワークを改善できても決めないことには意味がないじゃないですか。僕はやっぱりメンタルのところが大きかったと思います」

 成果は数字にも表れた。

 馬場の2019−20シーズンのスタッツは、平均6.3得点、2.5リバウンド、1.3アシスト。序盤は出番が少なく(11月と12月の平均出場時間は14.4分)数字は伸びなかったが、徐々に信頼を得ると(1月、2月は26.0分)本来の実力を発揮。1月31日からは5試合連続で先発し、この期間は平均33.8分出場して13.4得点、4.2リバウンドを記録した。

 20分以上の出場時間があった試合は計11試合、30分以上は計5試合あったが、それぞれ平均得点は10.9得点と12.4得点。3PTの成功率はそれぞれ46.5%、52.6%と、日本人選手という贔屓目を抜きにしても素晴らしく、このレベルでプレーできることを証明した。

 無論、馬場が見据えるのはNBAだ。ここで到底、満足などしない。

 普段から馬場は、バスケットボールのパフォーマンスにつながるような生活を心がけている。アルバルク時代はグルテンフリー(小麦粉等に含まれるたんぱく質をグルテンといい、植物アレルギーや腸の炎症を引き起こして体調不良となる場合もある。グルテンフリーとこうした植物を摂取しない行為)に取り組んでいた時期もあったと、馬場は言う。

 今シーズンは、肉や牛乳・乳製品等に含まれる動物性脂肪を採らない試みを始めた。これを行なうと一般的に血液の循環がよくなり、疲労の回復の促進に役立つと言われている。

「アメリカは移動等もあって、すごくスケジュールがタイト。何か身体・消化にアプローチができないかなと思っていた時、お肉を消化するのに大きなエネルギーがかかるという情報を見つけた。

 なので、ちょっと肉をやめてみようと。(プレーによって)ダメージを受けたり、ケガをしたところにエネルギーがどうしても回らなくなるから。それから疲労も残らなくなりましたし、ストレスも感じないので、今も継続して行なっています」

 ほかにも、ディフェンス力の向上など、馬場の総合力はこの1シーズンで大きく上がったように思える。事実、馬場のNBA入りの話も可能性として浮上しつつある。

「NBA球団は、馬場のような2ウェイ(オフェンスとディフェンスの両方ともが高いレベル)でプレーできる選手を欲している。彼のディフェンダーとしての能力はエリートレベル。右利きのマヌ・ジノビリのような選手だ」

 あるNBA関係者は、馬場をこう評する。

 だが、そうした声も馬場にとっては、さして意味がない。彼は「信じていない」とすら言った。

「『(NBA選手に)なるだろう』という世界観をあまり信じていないので、『なった』時に認められるものだと思います」

 仲がいいからこそ、冗談を込めて言えたのだろう。高校卒業後に渡米してまだ間もない頃の渡邊雄太に取材をした際、彼が馬場についてこんなことを言っていたのを覚えている。

「あいつも早くこっち(アメリカ)に来ればいいのに」

 馬場はその当時から将来的に海外でのプレーを希望していたが、富山第一高校卒業後は筑波大学に進学した。そこから時が経ち、今はBリーグを経てNBA選手となる初めてのケースになる可能性がある。

 高校卒業時など、以前は自らの進路について「迷いだらけ」だったという馬場。しかし今は、自分が辿ってきた道が正しかったと、愚直に信じる。

 驚くべき成長スピード。

 外野の我々は、彼がここからまだどれほど伸びていくのか、見届けるのがひたすら楽しい。