こんな対決あったのか!高校野球レア勝負@甲子園第4回 2013年夏上林誠知(仙台育英)×小島和哉(浦和学院) 死闘が終わ…
こんな対決あったのか!
高校野球レア勝負@甲子園
第4回 2013年夏
上林誠知(仙台育英)×小島和哉(浦和学院)
死闘が終わり、帰路につくためにスタンドの通路に向かう観客たちは、みな一様に興奮が収まりきらないようだった。
ふいに30歳前後のサラリーマンとおぼしき男性の嘆き節が耳に入ってきた。
「かわいい売り子の名前を忘れたじゃねぇか〜!」
ぷっと吹き出すとともに、「それも無理はない」と納得してしまう試合だった。この日はプライベートでひとりの野球ファンとして観戦した私も、しばらく魂を抜かれたように呆けていた。

高校時代から天才的なバッティングを披露していた上林誠知
2013年8月10日、第95回全国高校野球選手権大会1回戦・仙台育英対浦和学院戦は、第4試合ということもあり、開始時刻は日が傾きかけた16時35分だった。
浦和学院は同年のセンバツ王者。仙台育英はセンバツベスト8。実力校同士の好カードとあって、4万2000人の大観衆が甲子園に詰めかけた。仙台育英には高校球界屈指の強打者・上林誠知(現・ソフトバンク)、浦和学院には安定感抜群の左腕・小島和哉(現・ロッテ)とドラフト候補の対決も注目ポイントだった。
とはいえ、朝8時からの第1試合から甲子園のスタンドに留まり、銀傘の日陰にならない炎天下で過ごした身としては、試合の最後まで集中力が持つか心配だった。試合前のシートノックはボーッと見て過ごし、「なぜ、仙台育英のライトは4人も入っているんだろう......」と、その時はどうでもいい疑問を抱いたことを覚えている。
だが、いざ試合が始まってみるといきなりショッキングな展開が待っていた。1回表に浦和学院が1点を先取すると、その裏に仙台育英が一挙6点を取り返したのだ。
春のセンバツ5試合で42回を投げてわずか3失点だった小島は、まさかの1イニング6失点。先頭の熊谷敬宥(現・阪神)に一二塁間を破られると、制球が定まらずに2暴投、5四死球と大乱調。3度の押し出し四死球と鈴木天斗(たかと)、熊谷の連続タイムリーでビッグイニングを作られてしまった。
これで仙台育英ペースになると思いきや、試合は落ち着くことなく、3回表にはさらなるビッグイニングが待っていた。浦和学院は打者13人、7安打3四死球の猛攻で8点を奪い返すのだ。
この回、イニング途中で仙台育英のライトは打球を後ろに逸らした阿部涼平から首藤大地に代わった。首藤はこの時点で3人目のライトだった。先発ライトは川島祐太だったのだが、第1打席で阿部が代打に送られていたのだ。私は「野球の歴史上、3回までにライトに3人もついた試合などあっただろうか......」と不思議でならなかった。
さらにこれだけでは終わらない。3回二死までたどり着いたものの、先発・鈴木天斗をあきらめた仙台育英陣営は、リリーフに馬場皐輔(こうすけ/現・阪神)を送る。鈴木はベンチに下がることなく、ライトへ......。つまり、3イニングで実に4人目のライトである。
試合前のシートノックの光景を思い出し、あらかじめ想定内なのだなと妙に感心した。また、これだけライトが代わっているのに、背番号9をつけた水間俊樹がファーストとして出場しているのが妙におかしかった。
浦和学院は4回表にも1点を加え、10対6とリードを広げる。小島は2回以降ノーヒットと立ち直っており、浦和学院の勝利は堅いと思われた。
ところが6回裏、仙台育英は馬場のヒットから連打でチャンスを作ると、浦和学院の外野守備のミスから2得点。さらに、連続長短打を浴びせて10対10の同点に追いつく。こんな展開になるとは誰も予想がつかなかっただろう。
空はすっかり暗くなり、照明が灯りナイトゲームになった。そして7回表、仙台育英にさらなるライトが登場する。6回裏の攻撃で鈴木に代打・小野寺俊之介を送っており、小野寺がファースト、ファーストの水間がライトに回った。背番号9の水間のライトでの登場に、「とうとう行き着くところまできたな......」という実感があった。
7回からの終盤戦は、意外な膠着状態になった。馬場、小島が立ち直り、お互いに0点が続く。
そして最大の見せ場は8回裏だった。仙台育英は先頭の熊谷がこの日3本目の安打で出塁すると、連続四死球で無死満塁。ここで千両役者・上林が登場する。
上林は春のセンバツ・創成館戦でワンバウンドの変化球をバットに当て、2点タイムリー二塁打を放つという伝説的なバットコントロールを見せていた。ちなみに、プロ入り後の上林に「ワンバウンド二塁打」について聞いてみたことがあるが、「調子がよかったら、あんなボール球に手を出していないですから」と笑っていた。不本意な打撃なのに大きく取り上げられ、複雑な心境だったという。
そんな超人的な打撃センスを持つ上林も、この日は小島の前に完璧に抑え込まれていた。第1打席から三振、三振、ライトフライ、ファーストフライ。小島は上林に対してスイッチが入るのか、大乱調だった1回裏も上林の前後2人ずつ四死球を与えているのに、上林だけは三振に抑えている。
そしてこの場面、小島は上林を2ストライクに追い込むと、最後は低めのボールを振らせて空振り三振。マウンドで雄叫びをあげた。さらに続く2者も三振、つまり三者連続三振に抑えて大ピンチを乗り切った。
すでに12時間以上を甲子園球場で過ごしている観戦者としては、もはや冷静に野球を見ることなど不可能である。ただただ「うぉ〜!」と叫ぶことしかできなかった。
しかし、この時点で小島は限界を超えていたのだろう。9回裏に入ると、早々に左足を伸ばす仕草を見せる。足がつっていたのだ。すると、三塁側ベンチから長身右腕の山口瑠偉が飛び出し、ブルペンに向かった。立ち投げから始めようとするブルペン捕手にすぐ座るようジェスチャーを送り、1球目から全力投球。ストレートの走り、変化球のコントロールもまとまっており、気持ちが入っていることがうかがえた。

2013年春のセンバツで優勝した小島和哉
小島は二死までこぎつけたものの、9番・小野寺に安打を打たれたところで交代。球数は182球に達していた。ブルペンから山口が気合十分でマウンドに駆けつけた。
だが、ブルペンと本番のマウンドは、やはり別物なのだろう。そして、いきなり対峙する相手が、この日ことごとく得点に絡む活躍をしていた1番・熊谷という巡り合わせも悪かった。熊谷は山口の高めに浮いたストレートをレフト後方に運び、一塁走者が生還。仙台育英が11対10と激戦をサヨナラで制したのだった。
最初から最後まで、息つく間もないスリリングな展開。ひとりの野球ファンとして、抱えきれないくらい土産物を持たされたような気分で甲子園球場をあとにした。
仙台育英は続く2回戦で、常総学院に1対4と完敗する。活発だった打線も力尽きたのか、常総学院の先発・飯田晴海(現・日本製鉄鹿島)に4安打に封じ込まれた。ちなみに、この試合でも仙台育英はライトとして4人の選手を起用している。