リーガに挑んだ日本人(16)

 2019年10月27日。バルセロナ市の郊外にあるヨハン・クライフスタジアムでは、交代出場した日本代表MF安部裕葵が決然とした表情でボールを追っていた。

 安部が所属するバルサBは、名門バルセロナのセカンドチームにあたる。バルサでは下部組織全体が「ラ・マシア」と呼ばれるが、憧れのトップチームに昇格するための最後の関門であり、登竜門である。かつて、リオネル・メッシやアンドレス・イニエスタも在籍した。

 この日、リーガ・エスパニョーラ2部B(実質3部)に所属するバルサBは、サバデルと対戦している。最近まで2部にいたチームで、昇格を争う直接対決という触れ込みで、シーズン最高の4092人の観客を集めていた。サバデルのファンも数多く駆けつけ、試合前からスタンドは盛り上がった。

 交代でピッチに入った安部はボールを持ち上がり、左サイドで1人をするりとかわす。軽やかな抜き方に、会場の各所でため息が洩れる。サッカー通を唸らせる技量だった。

 すると、安部にボールが集まり始める。右サイドを崩した後、折り返しのクロスに対し、安部はエリア内のインサイドに入り、強烈な右足ダイレクトボレーでゴールを狙う。GKに弾かれるが、どっと拍手が湧いた。

 青とえんじのユニフォームで躍動する日本人は現実に存在し、夢の中ではない――。

 2019年7月、スペインのスポーツ紙『エル・ムンド・デポルティーボ』は、バルサが鹿島アントラーズの安部と契約を結んだことを伝えている。年俸は110万ユーロ(約1億4000万円)で、3年契約プラス2年延長のオプション付き。

「ホセ・マリア・バケーロ(バルサ強化部長)は個人的に、久保建英より先に安部を追っていた。今年の1月からだ」

 記事は獲得の経緯を説明していた。レアル・マドリードに久保を奪われたのは強化部の失態だが、安部に関心を抱いていたのは間違いない。

 そして安部はバルサBで、着実に試合経験を積み重ねている。今年2月のプラッツ戦でハムストリングを痛めるまで、20試合に出場。16試合が先発で、4得点を記録している。1年目としては、十分に及第点が与えられるだろう。

 昨年11月からは、左右のサイドアタッカーだけでなく、「Falso 9」(偽9番)でポジションを確保。リオネル・メッシ、セスク・ファブレガスなどが与えられた役目だが、本来はストライカーがいるべき最前線で、プレーメーカーとして攻撃をけん引する。俊敏でスキルが高く、コンビネーションに長け、そして得点センスもあるアタッカーが担当し、ポゼッションの高さを生かすのだ。

 安部は、スペインU-17代表史上最多得点のFWアベル・ルイス、U-19欧州選手権で優勝したFWアレハンドロ・マルケスをも押しのけ、ポジションを得ている。これは、簡単なことではない。「ルイス・スアレス2世」と目されたアベル・ルイスはポルトガル1部のブラガへ期限付き移籍、マルケスは820万ユーロ(約9億8000万円)でイタリアの名門ユベントスに完全移籍した。単純にこのふたり以上の価値を示したと言える。

 バルサBは今季、2部Bの第28節終了時点で2位(首位カステジョンとは1ポイント差)。プレーオフ出場権の4位以内を争っていた。

 コロナ禍による中断を経て、2部Bは現時点での順位で昇格プレーオフを開催する予定になっている。プレーオフはムルシアのピナタールにおいて、16チーム(2部Bは地域別に4つのリーグからなり、各リーグ1位から4位までが参加。このうち計4チームが昇格する)で集中開催。6月8日に組み合わせ抽選会が行なわれ、2位のバルサBも出場する予定だ(ただし、政府の試合開催基準を満たす必要があるだけに、まだスケジュールは予断を許さない)。

 しかし、安部はこのプレーオフには出る予定はないという。ハムストリングを痛めた後はフィンランドで手術を受け、日本国内で治療、リハビリに専念していた。完全復帰に向け、あとひと息のところまで来ているという。

「2020-21シーズンに再び合流する」

 地元紙は、クラブのホームページの内容を引用し、安部についてそう報道している。

 今は、安部抜きでのバルサBの健闘を祈るしかないのだろう。
 
 いずれにせよ、来季も安部は厳しい競争を戦う。トップ昇格を目指す一方、下のカテゴリーからも続々と新鋭選手が上がってきている。

 たとえば、ポール・ポグバと比較されるMFイライス・モリバ(17歳)、アメリカの天才アタッカー、コンラド・デ・ラ・フエンテ(18歳)、スペインU-18代表の新鋭FWニルス・モルティメル(18歳)。3人ともすでにバルサBでの出場経験を積みつつある。

 冒頭のサバデル戦の会場には、17歳でトップデビューを飾ったアンス・ファティが、バルサBの仲間を応援に来ていた。すでに一種のオーラがあった。カンプノウで数万の歓声を浴びた選手はやはり違う。

 安部は、バルサでその扉に手をかけるところまではきている。ドアノブをつかみ、足を踏み込めるか。いつか日本人がバルサのユニフォームを着て、カンプノウに立つ――それは宿願だと言っていい。
(つづく)